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13.悪役令嬢はお茶会を開く

 他国の王族をもてなすお茶会ということで、屋敷では老年の執事と侍女長のマーサが、先頭に立って張り切っていた。

 執事は腕の見せどころだと、マーサに至っては、お嬢様の素晴らしさを広める良い機会です、と言ってはばからない。

 お茶会当日も、早朝から屋敷は慌ただしい雰囲気に包まれた。


「今日は冷え込むわね」


 まだ寒さが残る会場で白い息を吐く。

 お茶会がはじまるのは昼前だが、クラウディアも早くに目が覚めてしまい、会場となる広間を見回っていた。

 つま先が冷気に触れ、底冷えを実感する。


「侍女長の指示で、膝掛けは多めに用意されています。他に気になることはございますか?」


「いいえ、大丈夫よ。ヘレンも付き合わせてしまって悪いわね」


「何を仰います! クラウディア様のおそばで控えるのが、わたしの本望ですのに」


「どのみち、会場の手伝いに呼ばれるし?」


「このヘレン、どこまでもお供いたします」


 わざと仰々しく答えるヘレンに笑いが漏れる。

 雑用を任せられるより、クラウディアのそばにいたほうが居心地が良いのは確かなようだった。


「昼には暖かくなってくれたらいいのだけど」


 窓から空を見上げる。

 天気は悪くなさそうだが、季節柄、無理な相談だろう。

 この分では庭の花々を楽しむ機会はなさそうだ。


「招待客は、お庭からこちらへ入られるんですよね?」


「えぇ、庭師の方々が揃えてくださった、冬に咲く花をみなさんにも楽しんでいただきたくて」


 広間は庭に面し、外から直接出入りできる構造になっていた。

 窓からも庭を楽しめる位置ではあるものの、今日の冷え込みを考えると、結露ができて誰も窓には近付きたがらないに違いない。


「でも出入りは制限したほうがよさそうね。バーリ王国の一団だけに変更しましょう」


 外気が入れば、折角温まった部屋が冷えてしまう。

 マーサを呼んで変更を伝えれば、彼女も同じことを考えていた。


「そのほうがよろしいでしょう。できればソファも一人掛けのものより、複数人で座れたほうがよろしいかと愚考いたします」


 密着していなくても、人が集まるだけで暖かみは増す。

 しかしクラウディアは、あえて一人掛けのソファを用意していた。


「マーサの言いたいことはわかるわ。けれどソファはこのままでお願い。考えがあるの」


「かしこまりました」


「無理を言うわね」


「クラウディア様のお考えとあれば、異存はございません」


 普段のお茶会を鑑みれば、今回の設営はだいぶ型破りなものに見えるだろう。

 ハーランド王国では、基本的に長いテーブルを用意し、そこへ椅子を並べて場を整える。

 会食と同じ形式でお茶を楽しむのだ。

 お茶会は既知の親交を深めるためのもので、特にガーデンパーティーをしにくい冬は、この傾向が強い。

 そのため、あえてクラウディアは、本来のやり方を踏襲しなかった。


(卒業パーティーで紹介されたとはいえ、バーリ王国の方々とは初対面に近いですもの)


 知己と言えるほどの間柄じゃない。

 ラウルに関しては、一方的に知っているけれど。


「あとはマーサに任せておけば大丈夫そうね。そろそろわたくしも自分の準備をしないといけないかしら?」


「入浴の準備は整っております」


 ヘレンに促されて目を向ければ、広間の入口でクラウディア担当の侍女たちが待機していた。

 普段なら朝は入浴しないのだけれど、今日に限っては違うようだ。


(昨夜も入念に磨かれたわよね……?)


 クラウディアの想定以上に、身支度には時間がかかりそうだった。



◆◆◆◆◆◆



「リンジー公爵家の庭は素晴らしいな! この寒さの中でも、目を楽しませてくれる」


 シンビジウムの鮮やかな黄色を目にして、ラウルは感嘆した。

 他にも淡いピンク色のシクラメンなど、冬であっても公爵家の庭は彩りに満ちている。

 これも全て庭師の努力の賜物で、霜に弱い鉢植えなどは日が暮れると、屋根のある場所へ移動させられた。

 人目のない場所で、せっせと重い鉢植えを運ぶ彼らこそ、蔭の立役者だ。


「お褒めにあずかり光栄です。春先まで咲くものも多いですから、また暖かくなりましたら、時間をかけてご案内させていただきますわ」


「クラウディア嬢を独占できるなら、寒さなんて忘れてしまいそうだが、ワガママは言えないな」


「そうですよ。ラウルと違って、リンジー公爵令嬢は繊細なんですから気を使ってください」


 ダークブラウンの隣で、青い色がさらりと揺れる。

 二人とも温暖なバーリ王国の出身だが、こうして冬空の下で並ぶと、季節に合った色合いに思えた。

 特にレステーアは、その肌の白さから冬の妖精と言われても違和感がない。貴公子然としている彼女を、妖精に例える人はいないかもしれないが。

 長身の二人が並ぶと、クラウディアは自然と見上げる形になった。


「バーリ王国の方は、寒さには慣れておられないでしょう? 今日はいつもより冷え込みますから、温かい飲みもので体を癒やしてくださいませ」


 王都はハーランド王国の中部に位置するため、北部に比べれば寒さはマシだ。

 だとしても山脈を挟んで、更に南に住むものからしたら、厳しいに違いない。

 雪は降っていないものの、凍った水辺の氷が溶ける気配はなかった。


 一団を会場に案内すると、挨拶ラッシュがはじまる。

 シルヴェスターの婚約者候補を含む、他の招待客たちは既に揃っていた。

 クラウディア自身は、バーリ王国の一団が到着する前に挨拶を終えている。

 そしてここにきて招待客たちは、クラウディアがどういう意図で会場を設営したのか理解した。


 この場は、既知の親交を深める従来のものではなく、新しい知己を得る場なのだと。

 だからお茶会であっても、立食パーティーに近い形式が取られているのだと。


 招待を受けたハーランド王国の令息令嬢たちは、まず広間を陣取る、見慣れた長いテーブルがないことに驚いた。

 替わりに置かれているのは、立食用の背の高い丸テーブルだ。

 ソファもあるが全て一人掛け用で、十人未満が輪になって話せるよう、複数のグループに分かれて設置されている。

 すぐに招待客たちは、いかにして王弟へ近付こうか算段をはじめた。

 王弟が座るソファのグループに入れるかが、運命の分かれ目だ。

 それと並行して、クラウディアの意図を汲み、挨拶の列を作る。


 一方バーリ王国の令息令嬢たちは、挨拶が一段落するまで気ままに飲食をはじめた。

 従来のお茶会では一同に席へ着くため、こうはいかない。

 てっきり机を囲んで、堅苦しい時間を過ごすと思っていた彼らは大いに喜んだ。

 加えて、紅茶に馴染むのが趣旨であるのに、コーヒーも用意されている。それも飲み慣れた深煎りだ。


「折角の機会ですから、わたくしたちもコーヒーを嗜めたらと思いまして」


 別途、飲みやすい中煎りも用意されていた。

 クラウディアの答えを聞いたバーリ王国側は感銘を受け、抵抗なく紅茶とコーヒーの違いを楽しむ。

 ハーランド王国側もそれに倣い、双方の紅茶談義、コーヒー談義に花が咲くまで時間はかからなかった。

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