12.悪役令嬢は侯爵令嬢と情報を共有する
「わたし、コーヒー専門のカフェがあるなんて、知りませんでしたわ」
「わたくしも最近知りましたの。お店のオーナーはバーリ王国出身の方で、外交官が通われるほど、本場の味が楽しめるそうですわ」
ルイーゼと二人、店内がほど良く見渡せるカウンター席に腰を下ろす。
カウンターから見て奥にはテーブル席が、手前には立ち飲み用の背の高い丸テーブルが並んでいた。
(仕事の合間に来ている人も多そうね)
職人と思しき人や、パリッとしたスーツを着た人など職種は様々だが、思いの外立ち飲み席が埋まっている。
そんな中、店の中心ともいえるカウンターに、華やかなご令嬢が二人もいれば注目を集めてしまうが、今日の目的は市場調査のため、視野が広いほうが良かった。
加えてカウンター席なら、オーナーともお喋りできる。
念のため、店の落ち着いた雰囲気を壊さないよう、服装には気を使っていた。
クラウディアは深緑色のワンピースを、ルイーゼはベージュのワンピースをメインカラーに、派手な色合いは避けている。
「前もって服装の指定があって助かりました。いつもの感覚で利用したら、悪目立ちもいいところです」
「紳士服店と趣が似た、シックな内装ですものね。店の利用客も男性が多いようですし」
娼婦時代、店にはラウルと何度か来たことがあった。
十年ほど後の未来、といったら不思議な感じがするけれど、以前と変わらない様子に感銘を受ける。
オーナーも若く見えるはずなのに、相変わらず白髪に白髭と、褐色の肌にはたくさんのシワを蓄えていた。
どうもオーナーだけは、ずっと時が止まっているようだ。
元船乗りだけあって、どっしりとした体格からは威圧感を覚えるものの、若いご令嬢たちを前に表情は優しくとろけている。
他の男性客もお近付きになりたそうだったが、二人が連れている侍女と護衛に睨まれてすごすごと退散した。
(ヘレンはゆっくり休んでいるかしら)
今日もヘレンの当番だったけれど、最近目の下にクマができているので無理矢理休ませていた。
クラウディアの命令にヘレンは絶望を顔に浮かべたが、寝不足である自覚はあったらしく、最後には何かミスをする前にと受け入れた。
(悩みがあるっていう風でもなかったから、これまでの疲れが一気に出たのかしらね……)
心配ではあるものの、今は目の前のことに意識を切り替える。
顔を上げれば和やかなオーナーと目が合った。
出身国の王弟が訪れるくらいだ。
オーナーは上級貴族相手にも物怖じしない。
けれど気さくな人柄は嫌味がなく、親切な対応には笑みがこぼれる。
「お二人とも、コーヒーははじめてかな?」
「わたしは、はじめてです」
「わたくしは、何度か。中煎りのものがいいですわ」
「おっ、よく知ってるなぁ!」
ルイーゼが首を傾げるのを見て、焙煎について説明する。
全部ラウルからの受け売りとは言えない。
「紅茶も茶葉の扱いによって種類が分かれるでしょう? コーヒーも焙煎の度合いによって風味が変わりますの」
「風味は豆の産地でも変わるがな。バーリ王国では深煎りが好まれるよ」
手を動かしながら、オーナーが補足してくれる。
ルイーゼは目の前で淹れられるコーヒーに、興味津々だった。
(ルイーゼ様が乗り気で良かったわ)
横目で様子を窺いながら、サイドメニューにあるお菓子を注文していく。
カフェにルイーゼを誘ったのは、情報を共有するためだった。
お茶会の開催順は、一番はクラウディアのリンジー公爵家、二番はルイーゼのサヴィル侯爵家と続く。
婚約者候補たちも各お茶会に出席するので、後半の二人は先の二家が開催したお茶会の反応を見て修正を加えられた。
クラウディアにとって、都合四回開催される今回のお茶会は、他家で競い合うのではなく、協力し合いたいものだった。
何せハーランド王国の貴族が、バーリ王国の貴族をもてなす、という構図なのだから。
(といっても、素直に協力し合える間柄じゃないものね)
婚約者候補として、シルヴェスターの婚約者の座を争うもの同士。
協力を提案したところで、何か裏があるのではと疑心を招くのがオチだ。
内定の件はルイーゼも知らない。ただ彼女の場合、シルヴェスターの気持ちがどこにあるのかを理解していた。
一方的にクラウディアが情報を提供することもできるが、それでは情報源を怪しまれてしまう。
そこで思いついたのが、ルイーゼをこの店に誘うことだった。
先ほどのように、詳細についてはオーナーから説明してもらえば、クラウディアは持っている情報の出所を偽れる。
あとの二人は、開催したお茶会で知ってもらえばいい。
コーヒーとお菓子を楽しみつつ、ルイーゼとの情報共有は順調に進んだ。
「お菓子は甘みの強いものも好まれるなんて驚きましたわ」
「コーヒーの苦みやコクが強い分、濃厚な味付けが好かれるみたいね」
ラウルは深煎りのコーヒーを好み、甘味も大好きだった。
お酒が似合う風貌からか、甘味よりも塩辛いものを出されるのをグチっていた記憶がある。
(甘いマスクに甘いお菓子の組み合わせだと、女性のほうが胸焼けしてしまうのかしら?)
手っ取り早く酔わせて、寝所に連れ込む算段だったとは思いたくない。ラウルが可哀想過ぎる。
「とても勉強になりましたわ。今日は誘っていただいて、ありがとうございます」
「気分転換にもなったかしら?」
ルイーゼは質問の意図がわからなかったらしく、えぇ、と頷きながらも目を瞬かせる。
「トリスタン様も、シルヴェスター様と一緒に旅立ってしまわれたでしょう? 寂しく思われているのではなくて?」
「えっ!? あ……そう、ですわね……」
合点がいったルイーゼは、目元を染めると両頬に手を当てた。
ちらりと翠色の瞳が、上目遣いでクラウディアを窺う。
「ふしだらだと思われていますわよね?」
「ふし……はい?」
聞き間違いかと、今度はクラウディアが首を傾げる番だった。
ルイーゼと、彼女の口から出た単語が結びつかない。
「殿下に思いを寄せておきながら、望みがないとわかるなり、別の殿方に目を向けるなんて……」
それのどこが「ふしだら」なのか。
元娼婦だった自分の価値観が間違っているのか一瞬不安になるものの、そんなわけがないと思い直す。
「ルイーゼ様の姿勢は、前向きだとは評せても、ふしだらとは言いませんわ」
同時に二人と関係を持っていたら別だけれど。
厳格なルイーゼに至って、それはあり得ない。
にもかかわらず、更にルイーゼは早口で言い募る。
「あの、でもまだトリスタン様への気持ちもはっきりしていないんです。少なくとも殿下の婚約者候補でいる間は、友人として付き合えたらと思っているぐらいですから!」
「そ、そうですのね……」
いつにない勢いに、クラウディアのほうが押し負けた。
しかしそれではトリスタンが気の毒に思える。
(あの雰囲気から察するに、トリスタン様もルイーゼ様に気があるわよね?)
シルヴェスターの婚約者候補だと考えると二の足を踏むかもしれないが、トリスタンは婚約が内定していることを知っている。
いっそ自分もルイーゼに打ち明けるべきか、クラウディアは悩んだ。
「あ! もちろん、殿下のお気持ちがクラウディア様にあることは知っています。だから婚約者候補だと居直るつもりはありません!」
「え、えぇ。なら、トリスタン様と距離を縮めても、大丈夫だと思うのですけれど……」
主従揃って「待て」を言われるとか、何の冗談だろうか。
「わたしなりのケジメです。クラウディア様だって一線を越えられていないでしょう?」
「それでもわたくしの気持ちはシルヴェスター様に届いていますわ。ルイーゼ様は、まだその段階ではないのですよね?」
「はい……あの、相談にのっていただけるかしら?」
「わたくしでよければ、いくらでも」
その後、クラウディアはお茶会の準備も忘れて、たくさんのアドバイスを送ることになった。
けれど。
(これだけルイーゼ様を悩ませるなんて、トリスタン様は何をやっているのかしら?)
それが全てトリスタンを援護するものだったかは、わからない。




