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07.悪役令嬢は見抜く

 腰のラインだ。

 レステーアが近付いてくれたことで、より鮮明に確認できた。

 立っている状態だと上着で隠されてしまうけれど、動くと服のシワから見えてくるものがある。


 男女の違いは色々あれど、肉付き以外でわかりやすいのは、骨盤の形だった。


 男性は幅が狭く、女性は広い。

 正確には骨盤に繋がる太ももの骨にも違いがあって、男性は直線的、女性は曲線的に体のアウトラインが変わってくる。

 それは腰のくびれや、パンツの形になって現れた。

 普段から魅力的なくびれを作ろうと努力し、観察しているクラウディアだからこその気付きだった。

 特に娼婦時代の経験から、クラウディアは男女の体に精通している。


 レステーアは、ラウルと一緒に来た令息ではなく、令嬢だったのだ。


 女性がパーティーで、ドレスではなく、パンツスタイルを選ぶことはまずない。

 だから服装で青年だと思い込んでいた。

 その齟齬が、違和感の正体だった。

 合点のいったクラウディアに、レステーアは淡い碧眼を細めて優しく笑う。


「ぼくの男装を見破ったのは、ハーランド王国であなたがはじめてです。とても良い目をお持ちですね」


 レステーアの言葉に、周囲が大きくざわめく。

 バーリ王国側では、よく見抜いたな、という驚きが。

 そしてハーランド王国側では、レステーアが女性であることに驚きが広がった。

 一際近くで上がった声にクラウディアが顔を向けると、トリスタンがいた。


(あら、いつの間に仲良くなったのかしら?)


 トリスタンはいつも通りシルヴェスターの後ろで控えているものの、すぐ隣にはルイーゼの姿があった。

 二人とも驚きを隠せないまま顔を見合わせている。

 仲睦まじい二人の様子に、目が瞬いた。


(そういえばヘレンも、お兄様の好みを把握していたわね)


 卒業記念の贈りものを選んでいるときも、その前からもヘレンは淀みなく相談にのってくれる。

 クラウディアと同じくらい、ヘレンもヴァージルの好みを知っているからできることだ。

 雇い主である公爵家の人間の好みを調べていたところで、不思議はないけれど。

 ちなみにパーティー直前に贈ったブローチは、とても喜ばれた。

 それはもう砂糖も溶けてしまいそうな表情を返されて、どこが氷の貴公子なのかと周囲に問いたくなったほどだ。


 相関図が身近で更新されていたことに心の中でメモを取っていると、視線を感じて顔を戻す。

 ラウルが目を大きく開けてクラウディアを見つめていた。

 ビターチョコレートの瞳が、驚きに染められている。


「これは凄い! バーリ王国でも初見で気付いた人間は、片手で数えられるほどだっていうのに!」


「お恥ずかしいです。わざわざ指摘することでは、ありませんわよね」


 バーリ王国側の反応を見れば、これがレステーアの普通だとわかる。

 珍しくはあるものの、見逃すのが正解だったのではないだろうか。

 余計なことをしてしまったのではないかと不安に駆られた。

 しかしそんな心情は、ラウルに指先を持ち上げられたことで霧散する。


「先回りして白状したのはレステーアなのに、クラウディア嬢は奥ゆかしいな。それでいてバラの花を咲かせたように華々しいあなたが、どんなダンスを踊るのか興味が湧いた。どうかオレと一曲踊ってもらえないだろうか」


 奇しくもバラに例えたラウルから、同じように例えられて、触れた指先が熱を持つ。

 立場にかかわらず、社交のためのダンスに制限はない。

 相手が隣国の王弟ともなれば、シルヴェスターですら止めようがなかった。


「喜んで、お相手を務めさせていただきます」


 定型句を返して、ダンスホールへ向かう。

 平静を装いながらも、予想外のことに心臓は暴れ回っていた。

 てっきりラウルは、誰ともダンスを踊らないと思っていたからだ。


(女性が、それもわたくしのような外見が、苦手じゃなかったの!?)


 社交の建前にしても、あの場にはルイーゼだっていた。

 体型や雰囲気を考えれば、ルイーゼのほうが好ましく映ったはずだ。


(公爵令嬢の身分を重んじられたのかしら?)


 さり気なくラウルを伺う。

 彼が何を考えているのか知りたかった。

 けれど見えた横顔に思い出が重なり、懐かしさに切なさが入り交じる。

 こんな形で再会するとは、夢にも思わなくて。

 答えることなく別れたのが、申し訳なくて。


(落ち着きなさい、今日が初対面よ)


 涙が浮かびそうになるのを堪える。

 今できるのは、失礼にならない程度で、早くダンスを切り上げるぐらいだ。

 それがラウルのためになることを、クラウディアはよく知っていた。



◆◆◆◆◆◆



「お兄様ったら、いつまで待たせる気かしら?」


 馬車の中で独りごちる。

 王弟が留学するという、ハーランド王国の貴族にとっては衝撃的な発表があったものの、卒業パーティーはつつがなく終わった。

 一度ヴァージルは、クラウディアと馬車に乗ったのだが、忘れものを思いだして会場へ引き返した。


「誰かにつかまっているのでしょうけど」


 公爵家の嫡男。

 社交界でも氷の貴公子と呼ばれ、人気の兄を思えば、引き留める人がいてもおかしくはない。

 けれどクラウディアが溜息をこぼすぐらいには、時間がかかっていた。

 一人でいると、どうしてもラウルの顔が頭にちらつく。

 考えても詮無きことだとわかっているのに。


「わたくしに出会うまでに何があったの……?」


 王族ではなく、上級貴族だと言っていた彼。

 そもそも王族に連なるものが、娼婦の身請けをできるとは思えない。

 だとすれば、やはり出会った頃には臣籍降下していたのだろう。

 一貴族に下ったあとなら、平民を娶る抜け道はある。

 よく耳にするのが、相手を縁深い貴族の養子にし、表面上の身分を整える方法だ。 

 実際ラウルからも、バーリ王国の貴族との養子縁組みを提案されていた。

 愛人としてではなく、正式な妻として求められていると、クラウディアはそこで知った。


「バカよね……」


 身請けは、娼館に大金さえ払えばいい。

 もちろん娼婦が納得しているのが前提だけれど、クラウディアは正妻の座なんて望んではいなかった。


「見かけによらず、責任感が強いんだから」


 今のラウルはどうだろう。

 娼婦時代より、若い彼は。

 少なくとも接する中で、不快感はなかった。

 他人行儀なのは当たり前だ。

 けどそれすらも、親密になる前の――カウチで一人寝ていた――記憶を刺激するぐらいには、違いがない。


「また仲良くなれるかしら?」


「誰と仲良くなるつもりだ?」


 今度は友人として付き合えたらと、何気なく呟いた言葉に返事があって、体が固まる。

 馬車の出入り口から姿を現したのは、待っていた兄ではなく――。


「君はすぐに人の垣根を越えてしまうから困る」


 銀糸の髪が麗しい、思い人だった。

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