06.悪役令嬢は動揺する
年相応に若くはあるものの、ダークブラウンの髪と褐色の肌、そして人を甘く誘う桃花眼は見間違えようがない。
全身から色気が溢れているようで、瞳だけはビターチョコレートのように理性を刺激してくるところも。
「これで一晩過ごしたことにしてくれ」
客として、はじめてクラウディアの元を訪れた彼は、札束を渡すなり一人カウチで眠った。
仕事で疲れているのかと思いきや、次も同じだった。
回数を重ねるにつれ、軟派な見た目とは裏腹に、女性が苦手だと知った。
ただ体面を保つためだけに、高級娼婦であるクラウディアを買っていたのだ。
それでも一緒に過ごす時間が長くなれば、自然と会話が増える。
「ディーは美人だし可愛いし、欠点が見つからなくて困る」
「ウルは男前だし可愛いものね?」
「……」
「ちょっと、照れないでよ」
いつしか愛称で呼び合うようになり、ただカウチで寝るだけだった彼は、次第に起きているようになった。
「オウラー、なぁ、一緒にバーリ王国へ行かないか」
「オウラー、顔を見せるなり、何なの?」
身請けの話は、普段の会話と変わらない調子で持ちかけられた。
――嬉しかった。
クラウディアも、ウルとは相性の良さを感じていたから。
けれど、すぐに答えは出せなかった。
クラウディアにとって、娼館にいることは罪の償いだった。
娼婦として稼げる間に、娼館を去るのは許されない気がした。
(本当に、あのウルなの? 王弟だなんて、聞いてないわよ!?)
娼館では、客の詮索は御法度とされるが、噂は流れる。
客が王族ともなれば、どこかしらから情報が入るはずだった。
あえて伏せられていたのかもしれないけれど。
(伏せる理由がある? それか、もしかして……王族じゃなくなっていたの?)
現在、王弟は王太子の誕生によって、微妙な位置にいる。
王太子の基盤を盤石にするため、臣籍降下していてもおかしい話ではない。
しかし、王弟がそこまでする必要もないように思えた。
既に国王によって国外へ出されている身の上だ。
国王が、王太子への王位継承を確固たるものとしている以上、王弟が王族を抜ける必要性を感じられない。
「王族」というネームバリューは、国内、国外双方に通用し、外交のカードにもなる。
バーリ王国としても、臣下に下るとはいえ、貴重な王族を手放したくはないだろう。
(今となっては確かめようがないわね。でも今後、動きがあるなら見逃せないわ)
懐かしい顔に感情が揺さぶられるけれど、クラウディアには今の人生がある。
いつまでも娼婦時代を引きずってはいられない。
壇上で留学の発表が終わると、今度は個人間でシルヴェスターから王弟ラウルを紹介される。
気づいたら、兄のヴァージルも合流していた。
「ラウル、こちらが私の婚約者候補であるクラウディア・リンジー公爵令嬢とルイーゼ・サヴィル侯爵令嬢だ。そしてクラウディア嬢、ルイーゼ嬢、先ほど壇上でも紹介されたラウル殿下だ」
紹介されるままに挨拶を交わすと、早速ラウルが人好きする笑顔を見せる。
「シルヴェスターとは子どものときから面識があるんだが、ハーランド王国は酷なことを強いるな。これほど美しいご令嬢方から、婚約者を一人に絞るなんて。オレには到底無理だ」
(女性が苦手なクセに、よく言うわね)
彼なりのリップサービスだと理解しているものの、心の中では早く退散したいと思われているのを知っているだけに、手を抓りたい衝動にかられる。
しかし改めて至近距離で見るラウルは、中々に刺激が強かった。
バーリ王国では緩やかな服装が好まれるため、正装であっても首元のボタンは外されることが多い。
鎖骨から筋肉質な胸までが、僅かに覗く姿は目に毒だった。
それが下品にならないよう着こなしているのだから凄い。
(歩くフェロモンは、伊達じゃないわ)
先輩娼婦が、たまたまラウルを見かけたときに、つけたあだ名だ。
色気に関してはシルヴェスターも負けていないが、二人は系統が違った。
ハーランド王国では、細部にまでこだわった意匠が好まれるため、ラウルとは対照的に、シルヴェスターは第一ボタンまでしっかり留めている。
(例えるならシルは白百合で、ラウルはバラかしら)
白百合は上品に見えて、近付くと強い芳香に晒される。
片やバラは、ガーデニングでも好まれる通り、見た目にも華やかで、香りも申し分がない。
そんな二人が立ち並ぶと、相乗効果なのか色香で頭がくらくらしてきた。
にこやかな表情を保ちながらも、それとなく視線を外す。
しかし気になる人物が、ラウルの背後にいた。
学園に留学するのはラウルだけではなく、王弟派の令息や令嬢たちもいる。
中でも際立ったのが、肌の白さが印象的な青髪の青年だった。
すらっとした肢体に、装いは他の令息たちと変わらないものの、どこか違和感を覚える。
温暖な気候のバーリ王国では、褐色の肌が一般的だからだろうか。
クラウディアの視線を追ったラウルが、おや、と笑みを濃くする。
「クラウディア嬢は、レステーアみたいなのがお好みかな?」
「ほう、それは興味深い」
続くシルヴェスターの黄金の瞳に、剣呑な光が宿る。
そういう意味で気になったのではないけれど、ここで否定しては、相手に悪かった。
シルヴェスターの視線を受けて、背中で冷や汗を流しながらも、何事もないように微笑む。
「レステーア様と仰るのね。とても綺麗なお顔立ちだから、見惚れてしまいました」
事実、レステーアの目鼻立ちは整っていた。
ラウルに比べると線が細く、淡い碧眼と合わさって繊細なイメージが勝つ。
クラウディアが和やかに答えると、レステーアはお辞儀をし、一歩前へ歩み出た。
「レステーア・デガーニと申します。お心遣い、ありがとうございます。リンジー公爵令嬢が感じられた違和感は、正解ですよ」
何が、どう、正解なのか。
尋ねる前に、違和感の正体に納得がいった。




