05.悪役令嬢は断罪された場に立つ
「ごきげんよう。黒髪なんて地味だと思ってましたけど、あなたを見ていると認識が覆されますわね。その銀の髪飾り、よく似合ってましてよ」
扇で口元を隠しながら近付いてくるルイーゼに、にこりと笑う。
ヴァージルの卒業パーティーに華を添えられるよう、着飾ってきた姿を褒められるのは嬉しい。前と違って、宝石を使った装飾は少なめだけれど。
今日はアップにした髪を、真珠があつらえられた銀のコームで彩っていた。
ドレスも青みがかった白色で、いつになく黒髪との対比が目立つ。
「ごきげんよう。ルイーゼ様の水色のドレスも素敵だわ。澄んだ水辺に陽光が降り注いでいるようで」
ルイーゼは愛用者が多いAラインのドレスに、肩口を丸く膨らませたパフスリーブの袖を併せていた。
それが凜としたルイーゼの姿勢を崩さない程度に、可愛らしさを演出している。
ドレスに彼女のクセのない金髪が落ちる様子は、木漏れ日そのものだ。
素直に褒めると、照れたのか、目元を朱に染めたルイーゼの視線が泳ぐ。
「あ、ありがとうございます。そ、その、あなただって素敵なんですからねっ」
何故か語気を強めて言われ、笑いが漏れた。
「ルイーゼ様も、褒められ慣れているでしょうに」
「社交辞令なら慣れていますけど、あなたの場合、本気だから対処に困るのよ」
「本気で褒めてはダメなのかしら?」
「えぇっと……もういいわ」
小首を傾げると、反論するのがバカらしくなってきたのか、ルイーゼが観念する。
談笑しながらも、クラウディアは不思議な気持ちで胸がいっぱいだった。
(ここで、前は断罪されたのよね)
天井を見上げれば、シャンデリアの輝きが目に眩しい。
周囲は自分たちも含めて、華やかな人で溢れていた。
入場してからヴァージルとは別れたので近くにはいないけれど、記憶にある光景がフラッシュバックする。
愚かだった自分。
愚かでも、正しい道を歩めるとわかった自分。
それぞれの幻影が交差し、一つになる。
明晰夢を見ているような心地だった。
これが現実で間違いないのに、違う世界に立っているような気になる。
どこかぼんやりとした視界の中、ルイーゼに視線で促されたことで我に返る。
顔を向けると、自分より頭一つ分ほど小さな令嬢と目が合った。
それが誰か理解するよりも早く、挨拶が口をついて出る。
「シャーロット様、ごきげんよう」
「く、クラウディア様、ごきげんよう」
ピンク色の髪に、飴色の瞳を持つ彼女の容姿は、砂糖菓子のように甘い。
けれどそれが些事に思えるほど、際立つ部分があった。
緊張しているのか、カーテシーはたどたどしい。その胸元で、大きな果実――というよりは、ボールが揺れる。
生地に押し潰された胸は、窮屈そうだ。
(もっと似合うデザインがあるでしょうに)
クラウディアにとって、体型も社交界で生き残るための武器の一つだ。
その観点でいえば、シャーロットはとても強い武器を有しているのに、生かしきれていない。
デコルテの露出を控えたボートネックは、上品なデザインであるものの、完全に彼女の武器を殺していた。
あえて生地で締め付けることで、大きさを見せるやり方もあるけれど、シャーロットの場合は、単に押し潰されて胸のラインが歪にさえなっている。
正直に言って、残念でならない。
「今日はシャーロット様も招待されていたのね」
「だ、大事な発表があるとのことで、招待されたんですの」
クラウディアより一つ年下の彼女は、まだ学園に入学していない。
しかしシルヴェスターの婚約者候補ということで、今日は招待されたのだろう。
大事な発表とは、王弟の留学についてだ。
同時期に学園へ通うことになるのだから、来期の新入生であっても主要な貴族の招待は頷けた。
「ではシャーロット様も楽しんでらしてね」
「はい、失礼いたします……」
シャーロットはルイーゼにも挨拶してから、この場をあとにする。
実は着いて早々、年上の婚約者候補にも会ったので、これで婚約者候補への挨拶は一通り終わった。
それにしても、とシャーロットの態度を振り返る。
あれはまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
「わたくし、恐がられるようなことをしたかしら?」
「あなたが、というより、貴族派としての負い目があるのではなくて? 貴族派とは、学園で色々あったでしょう?」
「でもシャーロット様のロジャー伯爵家は、貴族派の中でも穏健派だと伺ってますわ」
異母妹であるフェルミナと結託していた貴族派の令嬢は、言うなれば過激派だ。
同じ派閥でも立ち位置が違う。だからシルヴェスターの婚約者候補にも選ばれた。
「あなたがそう思っていることを、シャーロット様は知らないんじゃないかしら?」
「言われてみれば……そうね」
未だにパーティーとなれば、クラウディアの周囲は王族派で固められる。
学園では貴族派の生徒と話す機会もあるが、その学園に彼女はまだ入学していなかった。
話す機会がない以上、シャーロットにクラウディアの考えは伝わらないだろう。
「でもあの態度なら、何かしでかすこともないでしょう。あなたが気にする必要はないわよ」
「だからといって、可愛い女の子に怯えられ続けるのも堪えるわ」
「わたしは苦手よ。彼女、あざとく見えて仕方ないもの」
ルイーゼは、シャーロットの間延びしたような口調が気に入らないという。
一方クラウディアは、体型に合っていないドレスといい、あざとさより不器用さを感じていた。
「ルイーゼ様は、はつらつとした方が好きそうですものね」
「芯が通っている方を好ましいと思うわ。……そろそろ発表の時間かしら」
揃って、会場に設けられた壇上へ視線を移す。
そこには卒業パーティーの進行を務める司会の姿があった。
人の目が壇上に集まるにつれ、自然とパーティーの喧騒も治まっていく。
ただ、みんな発表が気になるのか、囁き声だけはなくならなかった。
シルヴェスターが姿を見せると、一斉に招待客が頭を下げる。婚約者に内定しているクラウディアも例に漏れない。
顔を上げたときには、シルヴェスターの隣に人影があった。
彼が王弟だろう。
焦点が合うと、愕然とした呟きがこぼれる。
「うそでしょ……」
幸い、隣にいるルイーゼに、声が届くことはなかったけれど。
クラウディアの視線の先にいたのは、娼婦時代、身請けを申し出てくれた青年だった。




