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04.悪役令嬢はもの思いに耽る

「いたっ」


「クラウディア様、大丈夫ですか!?」


「えぇ、少し針で突いただけだから気にしないで」


 あれから、父親に刺繍でも贈ってはどうかと言われ、ハンカチに新しく刺繍することにした。

 以前、出来映えが良かったのを覚えてくれていたらしい。

 図柄は王家の紋章がいいかとも考えたけれど、自分のことを思いだして欲しくて、黒い花と青い鳥の絵柄にした。


「パンジーにしたのは狙い過ぎかしら?」


 花言葉は、「もの思い」「わたしを思って」だ。

 シルヴェスターが花言葉に詳しいかはわからないけれど、文通をしていた頃、毎回花が添えられていたので知っている気もする。


「良いと思います。男性には直球過ぎるくらいで、ちょうどいいですよ。それに青い鳥には『幸福』の意味がありますから」


「そう? 自己主張が激しいと笑われないかしら……」


 やはり無難に王家の紋章が良かったのではないかと手が止まる。もしくは公爵家の紋章にするか。

 悩んでいると、手元に影が落ちた。

 何だろうと顔を上げれば、ヘレンが真剣な表情で目の前に立っている。


「クラウディア様、よろしいですか?」


 そのまま前のめりで両肩に手を置かれ、宣言された。


「クラウディア様が手がけられたハンカチを受け取って、喜ばない人はいません。もしいるなら、それは人ですらありません!」


「へ、ヘレン?」


「仮に相手をけなす内容だったとしても、贈られたほうは意識してもらえているんだと感激するでしょう」


「でも相手はシルよ?」


「殿下はビスクドールのように美しくはありますが、『人』です。それも思春期真っ只中の男性です。これに関しては、身分は関係ありません! 絶対にお喜びになられます! 笑おうものなら、リンジー公爵家を敵に回したも同然……!」


 しまいには自分が一番槍となってシルヴェスターに立ち向かうとまで言われ、クラウディアは慌てる。

 下手をすれば、その発言だけでも国家反逆罪だ。


「わ、わかったわ! この図案で完成させるわね!」


「クラウディア様が心を込めて刺繍されるのです。自信をお持ちください」


「そうね……旅立たれると聞いて、気分が落ち込んでいるのかもしれないわ」


「港町までは距離がありますが、新学期までには戻って来られるんでしょう? 少しの辛抱です」


 ヘレンの言う通りだ。

 永遠に別れるわけではないし、シルヴェスターにしてみれば、領地の視察に赴くだけの話。

 リンジー公爵家だって、領地で休暇を過ごすこともあるのを考えれば、落ち込むほどのことじゃない。

 今回の長期休暇では、王弟が滞在する手前、公爵家は王都を離れられなさそうだけれど。


「でも、いつになく寂しく感じてしまうのよね」


「それが恋というものです」


「ヘレンにも覚えがある?」


「ありますよ。ここ最近は全くないですけど」


「あら、もっと休みがあったほうがいいかしら?」


「わたしの場合は、クラウディア様から離れるのが一番寂しいですっ」


 ぎゅっと抱き締められ、それじゃあいつ恋をするの、とどちらともなく笑いが漏れる。

 ヘレンがいれば、寂しさは紛らわせそうだった。



◆◆◆◆◆◆



 夜、ベッドで一人になると、周囲が無音になったように感じられた。

 実際は暖炉の音だったり、風の音だったり、何かしら聞こえてはいるのだけど。

 部屋は暖められ、寒さは感じない。

 その暖かさが、いつかの遊戯室を思いださせた。


「助けられた命だったのよね……」


 今でなら、という注釈はつくが。

 彼女は自ら毒を飲んで亡くなった。

 あとから、それは隣国よりもたらされた毒で、解毒も身近なものでできると知ったのだ。

 教えてくれたのは、身請けを申し出てくれた青年だった。

 芋づる式に、紳士服店で会った外交官が頭に浮かぶ。


「もしかして内偵のようなことをしていたのかしら」


 娼婦の中には、ハニートラップだったり、政府の裏の仕事を受ける人がいた。

 彼女もそうだったのだろうか。

 隣国の客から得た情報を、政府に流していたのだろうか。

 けれど外交官の相手が彼女だという確証はない。

 当時の彼女の年齢を考えても、今娼館で働いているかは微妙だ。

 それに。


「助けられたとして、助けることが正解なの……?」


 娼館での生活が恵まれているなどと、冗談でも言えない。

 高給取りで、贅沢ができていたクラウディアさえ、ふとした瞬間に叫びたくなるときがあった。

 それでも流行り病に倒れるまで生きられたのは、ヘレンや先輩娼婦たちが支えてくれたのと、罪の意識があったからだ。

 経緯はどうであれ、前のクラウディアは罪を犯した。

 娼館で人生を学ぶまで、正真正銘、愚かだった。

 娼館は、その罪を償う場だったのだ。

 だから生きられた、生きる必要があった。

 しかし娼館で働く全ての女性が、罪を犯したわけじゃない。

 ほとんどの人は、他に頼る場所がない弱者だ。

 死を覚悟した人の意思を曲げ、劣悪な環境で生き続けろということが正しいのか、と問われれば――違う、と答える。


「でも見殺しにはしたくないなんて、ただのワガママよね」


 かといって「死」が正解とも思えず、呻りながら寝返りを打つ。

 本人の意思を無視した行動は、善意の押し付けでしかない。

 いくら悩んでも、答えが出る気配はなく。

 この日、クラウディアはあまり眠れなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父親に刺繍したハンカチでも作製している描写が出てきました。主人公は既にこの父親を許し受け入れているかの様ですね。公爵という仕事をしている主人に対しては尊敬?の念はあるが、父親としては受け入れ…
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