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03.悪役令嬢は知らせを聞かされる

 屋敷に帰ると、兄のヴァージルが、エントランスでクラウディアを待っていた。

 咄嗟にヘレンがクラウディアから外套を受け取り、手に持っていた品物を隠す。


「お兄様、どうされたの?」


「急ぎ話したいことがあって待っていたんだ。外は寒かっただろう? 温かいものを飲みながら話そう」


 居間に移動すると、父親の姿もあって驚く。

 まだ明るい時間だというのに、仕事を切り上げてきたのかと思うと、話の重大さが窺えた。

 ソファに腰を下ろせば、すぐさま湯気の立つ紅茶が用意されるものの、侍女はそのまま退室する。

 部屋には三人だけが残ることになった。

 クラウディアが人心地つくのを待って、ヴァージルが口を開く。


「ディーも、バーリ王国の王弟が、王家の直轄領を滞在されているのは知っているだろう? 今日届いた便りで、先日出立され、王都に向かわれているのがわかったんだが、このまま学園へ留学されることが決定した」


 父親が続く。


「王弟もクラウディアと同じ年だ。留学自体は不思議ではないが、いかんせん急に話が決まってな。公には、卒業パーティーで発表される」


「それは……」


 頭の中で考えが錯綜する。

 喜ばしいことなのか、すぐに判断がつかなかった。

 戸惑うクラウディアに、ヴァージルが頷く。


「言いたいことはわかる。俺も、バーリ国王の厄介払いだと考えているからな」


「ヴァージル、口を慎め」


「考えを素直に述べるために、場所を屋敷に移したんでしょう? 父上はどうお考えなんですか」


「私とて同じ考えだが……言い方があるだろう」


「家族間で湾曲した表現を使ってどうするんです」


 父親はさておき、クラウディアとヴァージルは気心が知れている。

 会話に遠慮はいらなかった。


「長年、王弟であるラウル殿下が王位継承権第一位でしたものね……」


 ラウルは、バーリ国王の年の離れた弟にあたる。

 国王が子宝に恵まれなかったため、彼は幼少期から王位継承権第一位を冠していた。

 それが今年、王太子が生まれたことで、継承権が二位に下がった。

 とはいえ、長きにわたり次代の王として扱われてきたため、彼を推す声も大きい。

 バーリ王国には、王太子と共に、覇権争いという新たな問題が生まれていた。


「表立って王弟が動く気配は今のところない。しかし国王としては、これ以上、国内で王弟に基盤を作らせたくないんだろう」


「だから厄介払い、ですのね」


 我が子が生まれるなり、お前は用済みだと国外へ捨てるような所業に眉根が寄る。

 王弟も良い気はしないだろう。


「国王として早々に方針を示すことは大事だ。だが、やり方がまずい。現に国内でも不満が上がっているみたいだからな」


 バーリ王国では、ハーランド王国とは違った形で横の繋がりが強い。

 縁故主義とも言われるほど、血縁関係を大事にするのだ。

 王弟が反旗を翻したのならいざ知らず、動きを見せてもいないのに国外へ追放するような国王のやり方は、他国以上に自国で受け入れられていないらしい。


「考えれば、不満が出るのもわかる気がしますけど」


「王太子の誕生で、国王の目が曇っているのかもしれない。俺たちも動向を注視する必要があるだろう。そこで、ディーにも気を付けてもらいたいんだ」


「わかりましたわ」


 王弟が留学するなら、自然と同じクラスになる。

 クラウディアが接する機会も増えるだろう。

 それとなく事情を探れるなら、越したことはない。


「シルもいるし、無理をする必要はない。ただ……」


 急に口が重くなったヴァージルに首を傾げる。

 何か問題でもあるのだろうか。

 学園の卒業を間近に控えたヴァージルは、父親と一緒に仕事へ赴くことも多くなり、彼に入る情報量も格段に増している。

 クラウディアも社交界デビューし、顔が広いほうではあるものの、学生の身分では知り得ることに限界があった。


「ディー、シルとはしばらく会えなくなるかもしれない」


「……どういうことですの?」


 視線を落とすヴァージルの表情は暗い。

 ふいに、昨晩見た夢が脳裏を過る。

 ――切なさを抱えながらプロポーズを断る自分。

 現実とは全く異なる心情に、起きてからも戸惑った。

 それが嫌な予感となってクラウディアを襲う。


「シルに何かあったのですか!?」


「悪い、こんな言い方だと不安になるよな。シル自身に問題や危険はない」


「自身には、ですか?」


「そうだ。王弟が王家直轄領の港町にいただろう?」


「はい、ハーランド王国にとって、玄関口ともいえる港町ですわよね」


 クラウディアが住むハーランド王国とバーリ王国は南北で隣り合い、北にハーランド王国、南にバーリ王国があった。

 地続きではあるものの、国境地帯には巨大な山脈がそびえ、陸路で移動するには時間がかかる。

 お互い、国の東側が海に面していることもあって、二国間では船を利用するのが当たり前になっていた。

 そして王家の直轄領である港町は、海を挟んだ東諸国にとっても玄関口となり、流通の拠点だ。


「そこで問題が起こった」


「まさか王弟の滞在中にですか?」


「いや、王弟が王都へ向けて出立してからのようだが……すまない、まだ正確な情報が掴めていないんだ。ただこの件で、シルが動くことになった。卒業パーティーには出席するが、そのあとの学園の長期休暇中に旅立つ予定だ」


 折角の休暇中にシルヴェスターとは会えなくなる。

 長い髪が頬を撫で、無意識の内に俯いていたのを知った。

 今までは気にならなかったのに、会えないと思った瞬間、寂しさに胸が押し潰されそうだ。

 パチパチと爆ぜる暖炉の火だけが、穏やかに時を重ねていく。

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