60.悪役令嬢は王太子殿下に誓う
フェルミナをお披露目したお茶会の帰りに、シルヴェスターから焦がれていると言われた記憶はあった。
「からかわれていると思ったのです」
「紛れもない本心だったが?」
「でも、ずっとわたくしの反応を面白がっておられたでしょう?」
どこか人を食ったようなシルヴェスターに、君は面白いと言われた。
そのことが印象に残り、他の言葉は全て遊びだと思ったのだ。
「もしかして、全て本心だったのですか?」
「君に対するものはそうだが……まさか一つも伝わっていなかったと言うのか?」
二人で顔を見合わせ、動きを止める。
信じられない。
クラウディアが愕然とする一方、シルヴェスターだけは何かに気づいたのか、片手で顔を覆った。
「そういえば君が言っていたな。面白がって、寝首をかかれないよう注意しろと」
「馬車でのことですわね」
シルヴェスターに送ってもらったときのことだ。
あまり人をオモチャにし過ぎないよう、忠告した。
「あれは、君のことだったのか」
「ということは、やはり最初は面白がっておられたのですね?」
「同年代のご令嬢の幼稚さにうんざりしていたところへ、当時話題だった君が来たのだ。新鮮に感じてもおかしくはないだろう?」
否定はされなかった。
では、と浮かんだ疑問を口にする。
「どこでお気持ちが変わられたのですか?」
「正直に言うとわからない。一対一のお茶会のときには面白いと思っていたし、私への未練を見せず帰る君に焦がれてもいた」
(あのときは一秒でも早く帰りたかったものね……)
シルヴェスターから解放されたい一心だったのが、態度に出ていたらしい。
婚約者候補としては失敗だけれど、結果として興味を引けたのなら良かったのだろうか。
「気づいたときには君ばかり目で追っていたのに、君はこちらを見もしなかった」
「そんなことは……」
と答えつつも、シルヴェスターにそれほど見られているとは気づかなかった。
意識して見ていなかったと言われれば、その通りかもしれない。
「一度目のキスは、気を引きたい一心だった。二度目のキスで、多少思いは通じていると確信したのだが?」
シルヴェスターの言う通り、そのときにはクラウディアにも気持ちがあった。
けれど若さゆえと、気持ちを否定してしまったのだ。
後ろめたさを感じ、視線が泳ぐ。
「ディア、大人びている君を私は好いている。話も合うしな。けれど時折、男慣れしているのではないかと嫉妬に駆られるのだが、私の心を救うついでに、この疑問も解消してくれないか?」
心が揺れた瞬間に核心を突かれ、クラウディアは息が止まった。
こういうところがあるから、シルヴェスターは油断ならない。
「わ、わたくしの周りにはお兄様しかおりませんわ」
「あぁ、ヴァージルにも確認を取ったが、普段はあの侍女にべったりで、全く男の影がないらしいな?」
「でしたら、答えは出ておりますでしょう?」
「だから解せぬのだ。君はどこでその手管を身につけた?」
おかしい。
フェルミナが来るまでは、甘い空気に満たされていたはずなのに。
シルヴェスターは、すっかり追及する姿勢だ。
かといって、娼婦時代があったなんて言えば、目も当てられない事態に陥る予感がある。
クラウディアは、誤魔化すしかなかった。
「わたくしにはわかりかねます。どういったところで、シルは手管だと感じられたのですか?」
「わざと袖を取って甘えたり、胸を押しつけてきただろう」
「その程度、侍女でもしますわよ」
どうやら直接的な行動しか印象に残っていないようでほっとする。
しかしこれからは気をつけようと、胸に刻んだ。
「では侍女が情報源だと言うのか?」
「シルは、好きな相手の気を引くために、誰かに相談したりはしませんの?」
「それは、するが……」
相談では納得できないものがあるらしい。
シルヴェスターの勘の鋭さには、感心を通り越し、背筋に冷たいものが伝う。
「誓いますわ。今までも、そしてこれからも、シル以外の男性と触れ合うことはないと。もちろん家族は除きますけど」
そう言いながら、今度はクラウディアが両手でシルヴェスターの手を握った。
「亡きお母様にも誓います。わたくしの誓いが重いことは、ご存じでしょう?」
「あぁ、それで改心したのだからな。……家族も含まないか?」
「そこまで狭量ではないと信じております」
えっ、お兄様もダメですの? とシルヴェスターを見れば、彼はそっと視線を逸らす。
想像以上に、シルヴェスターは独占欲が強かった。




