58.悪役令嬢は告白される
「クラウディア様っ、どうされました!?」
いつになく取り乱した様子に、ヘレンが慌てる。
そんな彼女の手を、クラウディアは両手で握った。
「ヘレン、聞いてちょうだい」
もう一人で気持ちを処理しきれなくなっていた。
頼れるのは、心のお姉様であるヘレンしかいない。
かくして、クラウディアは自分の愚かな行為を語って聞かせた。
話を聞き終えたヘレンは、難しい表情で額に手をあてる。
「それは……確かに、クラウディア様らしくない、行動ですね……」
「率直に愚かだって言ってちょうだい」
「はい、流石にあんまりだと思います。わたしが言える立場ではありませんが、殿下が可哀想です」
「そうよね……折角の善意を踏みにじってしまったわ」
好きだと気づいた途端、嫌われる行為をした自分が信じられない。
覆水盆に返らず、である。
後悔しかないけれど、あのときは、たとえ演目の一部でも嫌だと思ってしまった。
「お気持ちが欲しかったのよ……」
シルヴェスターにとって、婚姻は政治でしかない。
そこに気持ちはなかった。
一緒に暮らせばクラウディアに情が湧くかもしれないが、政略結婚の悪い例を、間近で見てしまっている。
だからだろうか。
愚かにも、気持ちを望んでしまったのは。
溜息をついて意気消沈するクラウディアの姿に、ヘレンは首を傾げる。
「あの、クラウディア様、お気持ちというのは……?」
「シルヴェスター様にも、わたくしを意識してもらいたかったの。公爵令嬢としてではなく、わたくし個人を」
クラウディアの答えに、ヘレンの瞳が忙しなく動く。
そして考えても埒が明かないと思ったのか、ヴァージルの元へ確認しに行くと言い出した。
「すぐに戻ります」
目にも留まらぬ速さでヘレンが退室する。
そこまで気になることがあるのだろうか。
もしかしたら、少しでも関係を修復する案を思いついてくれたのだろうかと期待してしまう。
何せ多感な青少年を、手酷く裏切ってしまったのだ。
シルヴェスターは、流れを読んでクラウディアが頷いてくれると予想したからこそ、あそこまでしてくれたのだろうに。
空気の読めない奴だと、勘気を被っても仕方ない。
反省の念は絶えなかった。
(思い返せば、もっと前から好意を持っていたのよね)
気づかなかっただけで。
若さのせいにして、自分の気持ちと向き合うことから逃げていた。
本当は、ずっとシルヴェスターのことが好きだったように思う。
(どうすればいいのか、全くわからないわ……)
これが初恋だった。
前のクラウディアもシルヴェスターを思ってはいたけど、彼自身に惹かれていたのかは判断がつかない。
少なくとも今のように、頭を悩ませてはいなかったはずだ。
きっとフェルミナへの敵意が、何よりも強かったんだろう。
口からは溜息しか出ない。
もう少しすれば、ヘレンが何か答えを持ってきてくれるだろうかと、望みを託すことしかできなかった。
また一つ、物憂げに息を吐きそうになったとき。
部屋のドアが開かれる。
ヘレンかと顔を上げた先にいたのは――。
シルヴェスターだった。
ここにいるはずのない人物に、幻影でも見ているのかと思う。
しかも佇むシルヴェスターは、怒るどころか、情けなく眉尻を落としてさえいる。
いつになく幼く見える彼が幻影でなくて、何だというのか。
「君のことでヴァージルを訪ねているときに、侍女がやって来て……信じられないことを聞かされた。それで居ても立ってもいられず……急な来訪を許して欲しい」
喋った。
(幻影って喋るのね……)
喋るだけじゃない、更に近づいてもくる。
幻影は、現実逃避するクラウディアの前まで来ると、彼女の手を取った。
じわりと伝わってくる体温に、ようやくこれが現実だと知る。
「君は、私が気持ちもなく、あのような告白をしたと思っているのか?」
「あれは……わたくしを励まそうとしてくださったのでは?」
「違う。励ましたい気持ちもあったが、私は君と心から婚約したくて申し出たのだ」
「ですがあの前例は、お兄様の作り話でしょう?」
「ヴァージルがそう言ったのか? 前例があったのは事実だ。何のために母上が視察団に混じって、学園を訪問されたと思っている?」
言われてみれば、クラウディアが勝手にそう思っていただけで、作り話とは聞いていない。
だとしたら……?
「元から反対はされていなかったが、婚約者の内定を出す前に、学園での君を見ておきたかったそうだ。満足して帰られたよ。両親とも、私たちの婚約に異論はない。まさか肝心の君が、私の気持ちに気づいていないとは思わなかった……」
クラウディアの手を握ったまま、シルヴェスターは改めて片膝をつく。
再度、クラウディアは黄金の瞳と向き合うことになった。
恋に落ちた、瞳と。
「クラウディア、君を愛している。他の誰にも君を取られたくない狭量な私の心を、君が救ってくれないか」




