表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/441

56.悪役令嬢は宣言する

 貴族令嬢にとって、貞操に関する醜聞は何よりの痛手だ。

 仮に身が無事でも、悪漢に襲われたとなれば憶測を呼ぶ。

 貞淑が尊ばれる貴族社会において、それは死を意味した。

 クラウディアが本命であるものの、フェルミナはついでと言わんばかりに、ルイーゼを巻き込むことにしたのだろう。

 幸い、作られたこの場で醜聞が広がることはないけれど。

 浅はかな妹の考えに、呆れるよりも血が沸騰しそうになった。


 フェルミナを越える悪女になると誓った。


 向こうがその気なら、やり返してやると。

 けれどその下劣さを目の当たりにすると、同じにはなりたくないと思う。

 どれだけ完璧な悪女になっても、フェルミナと同じカテゴリーに入れられるなら、悪女になんてなりたくない。


(ルイーゼ様は、心配して来てくださったのに……!)


 ここに来なければ、ルイーゼが巻き込まれることはなかった。

 だからフェルミナにとっては、あくまでついででしかないのだろうけど。


 今までの標的は、クラウディアだけだった。


 楽器紛失の件では周囲に迷惑をかけたものの、深く誰かが傷ついたわけじゃない。

 だから改心してくれればと思ったのに。

 前のクラウディアですら、狙ったのはフェルミナだけだった。

 悪質な手段は、断罪されて当然だった。


 けれど、フェルミナは。


 必要がないのに、ルイーゼを巻き込んだ。

 罪のない人を。

 許せない。これは許せなかった。

 怒りで視界が赤く染まる中、クラウディアは悠然と微笑む。

 その気迫に、近づこうとしていた男たちの動きが止まった。


「あなたたち、わたくしが誰か知っていて?」


 緩やかに波打つ黒髪を揺らしながら、小さく首を傾げる。

 頬に手を添える仕草は蠱惑的だった。

 惑わされた誰かが生唾を飲み込む。


 哀れな男たちは知らない。


 この妖艶な少女が、男たちを待っていたことを。

 既に自分たちが、蜘蛛の巣にかかっていることを。


「し、知るかよ。ふんっ、強気でいられるのも……」


 動揺を見せる男たちに情けはいらない。

 青い瞳に炎を湛え、凜とクラウディアは宣言する。


「リンジー公爵家が長女、クラウディア・リンジーと申します。わたくしの名にかけて、わたくしは、わたくしとルイーゼ様を脅したあなた方を許しません」


 背後にいる協力者を許さない。

 フェルミナを、許しはしない。

 想像以上に相手が大物だと気づいた男たちがたじろぐ。

 しかし彼らに、退路はなかった。


「そして私も、この剣に誓い、私の婚約者を脅したそなたらを許しはしない」


 男たちの後ろから、シルヴェスターが剣を握って現れる。

 柄に王家の紋章が象られた剣には、見覚えがあった。

 それが「握られている」ことに、クラウディアは驚く。


「シルヴェスター様!?」


 何故、守られる側である彼が剣を握っているのか。

 隠れているはずの護衛はどうしたのか。

 問い質す前にシルヴェスターが男たちへと斬りかかり、クラウディアは息を飲む。

 果敢にも立ち向かおうとするもの、距離を取ろうとするもの、逃げ場を探すもので、すぐに場は乱戦となる。

 クラウディアたちのほうへ逃げ場を求めたものは、背中を見せた瞬間に切り伏せられた。

 そこで垣間見えた赤色は血でなく、トリスタンの頭だと気づく。


(そうよね、シルヴェスター様が一人なわけ……だとしても、どういう状況よ!?)


 一人、また一人と男たちは地に伏していった。

 シルヴェスターの太刀筋に不安はなく、素人目にも手練れだとわかる。

 流れるような動きは、彼の容姿と相まって演舞を見ている気にさせられた。

 銀色が軌跡を描けば、屈強に見えた男たちに為す術はなく。

 シルヴェスターと向き合うなり、昏倒していく。

 クラウディアは手に汗握りながら、祈る思いで一部始終を見守った。

 男たちの中で、立っているものがいなくなる。

 体感では長く感じられた時間であったが、剣を腰に戻すシルヴェスターに息が切れた様子はない。


「ふむ、この程度か」


「ふむ、じゃありませんよ! シルが前に出てどうするんですか!」


 その場にいた全員が思ったことをトリスタンが代弁する。

 姿を見せた護衛の情けない表情に、クラウディアはシルヴェスターが無理を言ったのだと察した。


「クラウディア、無事か?」


「無事か、ではありません! いえ、無事ですけど!」


 そもそもケガをする要素など最初からなかった。

 袋小路になっているため、前もって安全を確認してからクラウディアは移動したし、木の裏や茂みには護衛を潜ませていた。

 後からやって来たものを挟み撃ちにできるよう、ヴァージルと相談して人員を配置してあったのだ。

 そうだ、と彼らの存在を思いだしてルイーゼを託す。

 幸い、彼女の震えは止まっていた。

 頬を染め、夢ごこちの表情でルイーゼはシルヴェスターを見ているが、クラウディアは彼を責めずにはいられない。


「何故、自ら危険なことを!? ケガでもしたらどうするのですか!」


「前もって用意した玄人ではなく、その場しのぎの荒くれものに、私が遅れを取るはずがない」


「もしもという場合がございます!」


 確かにシルヴェスターは強かった。

 休憩時に重ねられた硬い手の平の感触からも、鍛錬していることは窺えた。

 けれどまさか、剣を握って現れるなんて。


「囚われのお姫様を助けるのは、王子の役目と決まっている」


「これは現実です!」


「……おかしい、女性はこのような状況に、現実でも憧れるのではないのか?」


 クラウディアの反応が予想と違ったらしく、シルヴェスターは首を傾げる。

 人によっては、一理あるかもしれない。

 剣を握り、現れたシルヴェスターの姿は、見惚れそうになるほど格好良かった。

 だとしても。


「わたくしは御身が傷つかないか、気が気ではありませんでした」


 まだ動悸が治まらない。

 ほぼ瞬殺に近い勝負だったとしても心配した。

 抱いていた怒りが霧散するほどだ。

 視線を落としたクラウディアに、温もりが触れる。


「すまない、私はまた間違ってしまったようだ」


 優しく抱き寄せられ、やっと緊張が解ける。

 シルヴェスターに謝られるのは、これで二度目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ