55.悪役令嬢は式典場の裏で待つ
夕暮れどき、人払いがなされ熱気がなくなった式典場の裏へと移動する。
元々あまり人が来ない場所ではあるものの、ヴァージルによって今日は立ち入りが制限されていた。
裏に一本だけそびえる大きな木は、学園設立時から巨木を誇っており、切り倒すのは惜しいという理由で残されているらしい。
木の陰に入れば、ほの暗い闇に包まれる。
クラウディアは木の幹に触れながら、待ち人を待った。
式典場の裏は、他の建物との兼ね合いで袋小路になっている。
だから見る方向は定まっていた。
葉が風に揺れる音が鮮明に聞こえるものの、自分自身に吹く風はない。
きっと上空にだけ、風の流れがあるのだろう。
しかし視界には、揺れる長い金髪が映った。
「クラウディア様、このような人気のない場所で、何を考えておいでですの?」
「ルイーゼ様……」
急いで追ってきたのか、ルイーゼは肩を上下させている。
フェルミナに何か言われたのか。
それとも彼女が協力者なのかは、まだわからない。
「あなたほどの立場なら、これがどれほど愚かな行為かわかるでしょう!」
けれど。
赤く燃えるような夕焼けを背に、扇をこちらへ突き出す姿は見惚れるほど綺麗だった。
屹然としたルイーゼの佇まいに、クラウディアから柔らかな笑みがこぼれる。
「わたくしを心配して来てくださったの?」
「か、勘違いなさらないで! わたしはあなたを注意しに来ましたのよ!」
心配してくれたらしい。
(やっぱり、また何か言われたのね)
全ての可能性を否定できなかっただけで、クラウディアは最初からルイーゼを疑ってはいなかった。
教室でのことを鑑みるに、また煽動されたのではと思っていた。
フェルミナが会っていたもう一人が、協力者じゃないかと睨んでいる。
「フェルミナさんから、何かお聞きになったのかしら」
「……あなたがここで悪巧みをすると聞きましたわ。言っておきますが、妹さんの言葉を信じて来たわけではありませんからね!」
「そうですの?」
「注意しに来たと言ったでしょう? あの子、様子がおかしかったんです。そしたらあなたが一人でこちらへ向かわれていたから、慌てて追いかけてきたのよ?」
「お手間を取らせてごめんなさい」
余計な心配をかけたことを素直に謝る。
けれどルイーゼの追及は止まらなかった。
「どういうおつもりですの? わたしが来たからいいものの、お一人だったら何があるかわかりませんわよ?」
これも計画の内だとは言えず、苦笑するしかない。
フェルミナのことは、あまり公にしたくなかった。
しかし、このまま一緒にいるとルイーゼを巻き込んでしまう。
もしかしたら何も起こらないかもしれないけれど、囮役であるクラウディアに進捗を知る術はない。
ルイーゼには木の裏にでも隠れていてもらおうと思ったところで、彼女の背後に影が見えた。
「ルイーゼ様、こちらへ!」
「きゃっ!?」
急いで腕を引き、背に庇う。
程なくして現れたのは、生徒ではなかった。
「おお、おお、こりゃあ上玉じゃねぇか」
「しかも見たことねぇぐらいの別嬪さんですぜ」
薄汚い男が五人、姿を見せる。
荒事を生業にしているのか、全員体つきが逞しい。
けれど顔がどこまでも下品で、その歪んだ笑みに虫酸が走った。
「こ、ここは、あなたたちのような方が来ていい場所ではなくてよ!」
勇敢にもルイーゼが声を上げるが、完全に腰が引けている。
その震える声音に、男たちは喜んだ。
「いいねぇ、いいねぇ! 気が強いお嬢さんは嫌いじゃないぜ」
「おらぁ、黒髪のがいいなぁ。体つきがたまらん」
相手が小娘二人という余裕からか、それとも獲物を追い詰めるのが好きなのか、男たちは殊更ゆっくりと近づいてくる。
下卑た様子を見せられ、クラウディアの中では恐れより怒りが勝った。
生徒の誰かが、彼らを手引きしたのは確かだ。
背中からはルイーゼの震えが伝わってくる。
そこで透けて見えたフェルミナの考えに、クラウディアは顔を顰めた。
(あの子、わたくしとルイーゼ様をまとめて陥れる気だわ)




