54.悪役令嬢は王太子殿下と休憩する
(パンツスタイルの王妃殿下も素敵だったわ……)
視察団に混じるためか、王妃は乗馬するときに近い装いだった。
シルヴェスターの母親だけあって、まだ若く美貌も衰えていない。彼女なら、年老いても美しさを損なうことはないだろう。
忙しい公務をこなしつつも失われない魅力に、クラウディアはただただ感嘆する。
ほう、と拝謁した興奮を吐息で逃がしたところで、シルヴェスターの呆れた視線とかち合った。
挨拶後、二人はすぐに生徒会室へは戻らず、学園の空いた応接室で休憩を取っていた。
「私に対する態度と、差がありすぎるとは思わないか?」
「まずもって王妃殿下とシルヴェスター様を比べないでくださいませ」
国母であり女性の先達、象徴である王妃とその息子では、まずカテゴリーが違う。
憧れるにしても、意味合いが違ってくることをクラウディアは懇切丁寧に説明した。
息継ぎすら忘れて語り続ける姿に、シルヴェスターが両手を挙げて降参する。
「わかった。君が母上を敬愛しているのは、よくわかった」
「十分な準備ができなかった、わたくしの心情もご理解ください」
「待機時間はあっただろう?」
「家から侍女を呼ぶ時間はありませんでした」
「君はいつだって美しいだろうに。母上だって褒めておられた」
それとこれとは別だ。
同性であるからこそ、一番美しい姿を見てもらいたいという考えを理解してもらえない。
男性に限らず、憧れの人の前では、綺麗な自分でいたかった。
「そんなことより、考えるべきことがあるだろう?」
「そんなこと、とは何ですか。……フェルミナさんが動いたようですね」
フェルミナを尾行していたものから報告が届いていた。
ヴァージルの使いとは別に、フェルミナは女生徒二人に会いに行ったという。そのどちらかか、両方が協力者で間違いないだろう。
「会話の内容がわからないのが痛いな」
「尾行したものに、そこまでの能力はありませんもの」
リンジー公爵家の私兵ではあるものの、密偵を専門にしているわけではない。
「我が家の影を使えれば良かったのだが」
「身内の揉めごとに、王家の影を使うなんて畏れ多いですわ」
「影」とは、正真正銘、密偵など隠密を専門とする職業を指す。
フェルミナの件は、あくまでリンジー公爵家のお家騒動の面が大きく、できれば公にはせずに済ませたいことだ。
それは学園も同じで、偽証について公的機関が入ることにあまり良い顔はしていない。ただ犯罪を見逃すこともできず、協力しているだけだった。
「今回はわたくしの身を守れればいいだけですから」
背後関係を洗う必要はあるけれど、フェルミナが動いたとなれば、もうチェックメイトは近い。
これで文化祭後、クラウディアに何かあれば、彼女が情報を流したのは明白だ。
実行犯は協力者に繋がっていることだろう。
「私もヴァージルも万全は期すが、注意は怠るなよ」
「もちろんです。囮を買っては出ましたけれど、ケガをしたいわけではありませんもの」
遅かれ早かれ文化祭後にはわかることだ。
窓から見える、日はまだ高い。
膝の上で拳を握っていると、シルヴェスターの手が重ねられる。
その硬い手の平の感触に、以前ブティックで剣を携えていたことを思いだした。
鍛錬しているらしく、手の平に豆ができている。
ふと、漂う空気感が変わった気がして、黄金の瞳へ視線を向けた。
真摯に見つめ返される。
「心配するな、君は私が守る」
「シルヴェスター様も守られる側でしょうに」
「格好ぐらいつけさせてくれてもいいだろう」
「ふふっ、そうですわね」
真実、シルヴェスターは王子様であるが、だからこそ守られる立場であり、乙女が理想とする「白馬にのった王子様」にはなりがたい。
ピンチに駆け付けるのは彼ではなく、彼に命令された誰かなのだ。
それでもシルヴェスターの言葉に嘘は感じられなかった。
だからこそ照れて、つい茶化してしまった。
「ありがとうございます。頼りにしています」
「うむ、任せろ」
そんなクラウディアの心情はバレバレだったのか、頷くシルヴェスターの笑顔は眩しいほどに輝いていた。
至近距離で見てしまい、思わず顔を逸らす。
シルヴェスターの美貌にあてられ、胸が高鳴った。
それを誤魔化すように髪を耳にかけながら、思考を巡らす。
「一つ問題があるとすれば……」
「ルイーゼ嬢か」
フェルミナが会った女生徒の一人は、シルヴェスターの婚約者候補であるルイーゼだった。




