53.悪役令嬢は文化祭を楽しむ暇がない
晴天の下、華やかな音楽が風にのって聞こえてくる。
楽団による演奏は生徒たちに高揚感をもたらし、問題の対処に当たる生徒会役員の心もワクワクさせた。
さぁ、お祭りのはじまりだ!
降臨祭ほどではないにしろ、業者に手伝ってもらいながら開催される文化祭は、生徒たちの熱気でとても賑わっていた。
貴族といえども、まだ十代の若者たちだ。
そこかしこで楽しげに笑い、ときには怒り、走り回っている姿がある。
そして問題を起こしては、クラウディアたちの手を煩わせていた。
生徒会役員に、ゆっくり文化祭を楽しんでいる時間はない。
「リンジー公爵令嬢! お疲れ様です!」
「あら、エバンズ男爵令息。わたくしに話しかけてもいいの?」
大型犬を彷彿とさせる様子で近づいてきたブライアンに、クラウディアは首を傾げる。
表向き、彼の立ち位置はフェルミナ寄りだったはずだ。
「偽証が明らかになったのを機に、クラウディア嬢支持を表明しました! 同じように噂に流されず、事実を見ようとする生徒は多いですよ。おれのクラスは、全員クラウディア嬢を推しています!」
どう考えてもブライアンが煽動した結果だろう。
「なら、わたくしのことはクラウディアで結構よ。わたくしもブライアンと呼ばせていただくわ」
「えっ、いいんですか!?」
ぱあぁっと周囲が明るくなるような笑顔を返され、つられて笑う。
「構わないわ。あなたとは長い付き合いになりそうだもの」
主に化粧水などの美容品に関して。
「あ、あ、ありがとうございます! 一生クラウディア様についていきます!」
「商品を適切な価格で融通してくださればいいわ」
「どうぞご贔屓に……!」
(よしっ、これで化粧水以外の美容品も手に入れられるわね)
個人の肌質に合わせて成分を変えるのは、とても手間がかかった。
この調子なら、ブライアンはどんなに面倒でも、希望を叶えてくれるだろう。
肌への見通しが良くなり、上機嫌で生徒会室のドアを開ける。
「ディー、お疲れ様」
迎えてくれたのはヴァージルだけで、他の役員の姿はなかった。
「あれには使いを頼んだ。こちらの手のものに尾行させている」
ちなみにクラウディアにも隠れて護衛がついていた。
学園の許可を得たリンジー公爵家の私兵が、生徒に扮してクラウディアを守っている。
フェルミナは朝からヴァージルと一緒で、協力者と会う機会は今しかない。
「尻尾を出すかしら」
「出してくれることを祈るよ。あれはやり過ぎた」
偽証や楽器の紛失についてはクラウディアより、ヴァージルのほうが怒り心頭だった。
偽証はもちろん大罪だし、一歩間違えば楽器を壊され、家門に傷をつけられていたのだ。
今までは、家の中だけで話が済んだ。
けれど周囲に迷惑をかけるなら見過ごせない。
クラウディアたちの計画は父親にも伝えられ、文化祭後に動きがあれば沙汰が下る手筈だ。
流石の父親もフェルミナを庇うことはなかった。
何よりヴァージルとクラウディアが、公爵家のことを考えて動いているのは、以前の話し合いで伝わっていた。
「反省してくださるといいのですけど。……ところで、シルヴェスター様は?」
「シルは、訪問客へ挨拶へ行っている。一般客はいないが、学園で祭りが催されることは評判になっているらしくてな。王城からお忍びで視察が来ているんだ」
「はじめて聞きましたけど!?」
生徒から親へ話が伝わり、王城も興味を持ったらしい。
視察団の中には王妃も混じっていると聞いて、クラウディアは目眩を覚えた。
「きっとあとでクラウディアも呼ばれるだろうから、待機していてくれ」
「わたくしがこのタイミングで戻らなかったら、どうしていたのですか!」
「誰か人をやったさ」
「心の準備というものがあります!」
王妃主催のお茶会などで多少の交流はあるものの、気軽に挨拶できるような仲ではない。
そこで学園には、身なりを整えてくれる侍女がいないことに気づく。
「お、お兄様、わたくし変なところはございませんか!?」
「ディーはいつだって綺麗だよ。そう慌てるな、近い将来家族になるお方だぞ」
「まだそうと決まっておりませんわ!」
あてにならないヴァージルの返答に、慌てて鏡を探す。
現場から戻ったところで、ほこりなどついていたら目も当てられない。
ちょうど他の先輩役員が帰ってきたのを見て、クラウディアは迫った。
「すみません、わたくしのことをどう思われますか!?」
「はいぃ!? えっ、あっ、えっ!?」
「やはり先輩のお眼鏡にはかないませんか……?」
きっと髪も乱れているに違いない。もしかしたら背中が汚れてるのかも……。
良い反応を得られず、焦りで青い瞳が潤む。
それを直視した先輩役員が、クラウディアに対し前のめりになったところで、ヴァージルが間に割って入った。
「ディー、お前は今、盛大な勘違いを起こさせようとしている」
「お兄様? でもわたくしは」
「大丈夫、ディーは魅力的だ。どこもおかしなところはない。王太子殿下もお認めになるだろう」
ヴァージルが「王太子殿下」と強調して先輩役員を一睨みすれば、先輩はハッと正気に戻る。
クラウディアがただの後輩ではなく、王太子の婚約者候補だと思いだしたのだろう。
先輩は顔を青くするが、今回は誤解を招く迫り方をしたクラウディアが悪い。
ヴァージルはこれ以上魅了される被害者が出ないよう、妹を説得するしかなかった。




