52.悪役令嬢は華麗に踊る
「今日も一日みんなよく頑張った! 明日は文化祭だ。きっと想定外の問題も起きるだろうが、我々に乗り切れないことはない! 帰ったら英気を養い、明日に備えてくれ、頼りにしている!」
生徒会長であるヴァージルの激励に、役員は揃って応える。
さながら戦場へ赴く戦士のようだ。
既にみんな、気持ちは明日へ向かっていた。
帰っていく役員を見送れば、自然と生徒会室に残る人間は限られた。
五人になったところで、シルヴェスターがクラウディアの手を取り、引き寄せる。
「明日、文化祭が終わったら、私に時間をくれないか」
まるでダンスでもはじまりそうな動きに、クラウディアは楽しくなった。
わざと制服のスカートを靡かせ、演劇のワンシーンのように華やかにシルヴェスターへと向き合う。
「喜んで。場所はこちらでよろしいかしら?」
「いや、式典場の裏へ頼む。あそこに大きな木が一本植わっているから、そこで落ち合おう」
「わかりました。文化祭後、すぐにお伺いいたします」
では、また明日。
と、シルヴェスターはご丁寧に、手の甲へ口付けてから、トリスタンを伴い生徒会室を出ていく。
些か仰々しいが、今日のクラウディアたちは一緒にいる間、ずっとこんな感じだった。
ドアが閉まり、生徒会室に沈黙が下りると、ヴァージルに肩を叩かれる。
「やったな、ディー! きっと内々で申し込みがあるぞ!」
「内々の申し込みですか?」
「あぁ、婚約者のな!」
「ですが婚約者が決まるのは、シルヴェスター様が卒業なさってからでしょう?」
「だから内々なんだ。内定といえばいいか……公表するわけではないが、これは国王陛下並びに王妃殿下にも認められたことを意味する」
「では……」
「あぁ、申し込みがあれば、ディーは婚約者確定だ! この決定はまず覆らないから安心していいぞ」
嘘でしょ……と呟いたのはフェルミナだった。
顔色を変え、小刻みに体を震わせる。
「嘘ではない。古い記録だが前例もある。ディーなら問題ないと、両陛下もお認めになられたんだろう」
婚約者候補や婚約者という立場は、本人や家の資質を見る期間に過ぎない。
そのどちらも問題ないと判断されれば、早々に決まってもおかしくないという。
ただ貴族としての慣例を守る必要もあるため、内々にされるのだ。
ヴァージルの説明に、感極まったクラウディアは両手で胸を押さえた。
フェルミナを煽るために、そんな作り話まで考えてくれるとは。
「わたくしが認めていただけたなんて……夢のようです」
「だがまだ気は抜くなよ? シルの申し出をディーが受けて、はじめて確定するんだ。今はまだ我が家にも知らされていないからな」
「家にも知らせがいくのですか?」
「当主には知らされるはずだ。それも早くて明後日といったところだろうな」
個人間で終わる話ではなく、家にまで知らせがいくのであれば、覆りようがないと納得する。
「明日も現場に出るディーは忙しいだろうが、終わりには負担が減るよう調整する。式典場の裏は人気もない袋小路だ、早めに行って気持ちを整理するといい」
「ご配慮、ありがとうございます」
「これはディーを含め、リンジー公爵家が王家に認められたようなものだ。気兼ねせず行ってこい」
学園内なら、クラウディアも一人で出歩ける。
明日は業者の出入りがあるものの、それも文化祭が終わる頃にはいなくなっているはずだ。
といっても、今までは人気のないところへ行ったことはなかった。
文化祭の準備で単身動くときも、必ずたくさん人目があるところにいた。
いくら学園内が安全でも、善良な生徒ばかりではないからだ。
そんなのは常識である。
その常識を、破ろうとしていた。
(フェルミナは食いついてくるかしら?)
ヴァージルによるフェルミナの謹慎はまだ解けていない。
明日の文化祭中も、彼女は生徒会室から出られないだろう。
授業がある日とは違い、フェルミナはずっと軟禁状態だ。
折を見てヴァージルが時間を作る予定ではあるが。
クラウディアを偽証したものについては、捜査がはじまっている。
けれど犯人が見つかっても、フェルミナに繋がるかどうかは不明だ。
現状、関与の疑いはあるものの、証拠がない。
それでも楽器の紛失を含め、背後に協力者がいるのは明かだった。
だから仕向ける。
犯行を起こすように、証拠を残すように。
物証がなくても人間関係や決定的な状況証拠が揃えば、フェルミナを追い込むことはできた。
(諦めてくれるのが、一番良いのだけれど……)
フェルミナに敵視されている理由は、未だわからないままだ。
自分に自信を持てるようになって、もう恐れはない。
前のときの恨みはある。
でもそれは、クラウディアも無知で愚かだったのだ。
自分が踏みとどまってさえいれば、籍を外されることも、修道院へ送られる最中に襲われ、娼婦になることもなかった。
自業自得の部分もあったからこそ、フェルミナにはまだやり直すチャンスがあると思う。
ちらりと考え込んでいる様子のフェルミナを見る。
彼女の進む先は、果たしてどうなっているのか。
きまぐれな神様によって人生をやり直してはいるものの、徒人であるクラウディアに、未来を予見する力はなかった。




