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51.悪役令嬢は溺愛の弊害を知る

 遂に明日、学園は文化祭を迎える。

 授業も午前中で終わったというのに、クラウディアは既にぐったりしていた。

 それもこれもシルヴェスターのせいである。


(うう、見通しが甘かったわ……)


 演技とはいえ、衆人環視での溺愛は、クラウディアの精神をガリガリ削り。

 煽った仕返しと言わんばかりに、シルヴェスターは見えないところで体に触れてきた。

 さり気ない接触ではあったものの、体に熱を灯すには十分で……。

 悶々とさせられたのは自分のほうだった。


(もしかしたらお互い様かもしれないけれど)


 シルヴェスターの表情は、言わずもがなである。

 変化はあまりなく、溺愛を表現する上で、いつもより甘かったぐらいだ。

 片や、熱を発散させる術がないため、クラウディアの頬はまだ薄く色づいていた。

 青い瞳は潤み、つり上がっているはずの目尻に力は無い。


「く、クラウディア様っ、はしたないですわよ……!」


 声に顔を向ければ、侯爵令嬢のルイーゼが顔を真っ赤にして立っていた。

 ちなみにシルヴェスターは先生に呼ばれて、この場にはいない。

 ルイーゼの言葉はその通りなので、素直に謝る。


「ごめんなさい……」


「いえ……あの、熱でもありますの?」


 クラウディアの状態を体調不良と勘違いしたルイーゼは、心配げに顔を覗き込んでくる。

 綺麗な翠色の瞳と目が合ったクラウディアは、そのまま彼女に口付けたくなった。


「クラウディアのことは私が見るから大丈夫だ」


「殿下……」


 シルヴェスターが戻ってきたことで、ルイーゼは身を引く。

 その表情は憂いに満ちていた。


(もしかしなくても、勘違いさせているわよね)


 シルヴェスターは、クラウディアを婚約者と認めたわけじゃない。

 婚約者は学園を卒業してから決められるのだから。

 しかし今日の二人の仲を見れば、最早確定したも同然だ。

 そう演出しているのだから仕方ない。

 あとで事情を説明できればいいのだけれど……とクラウディアが考えている内に、ルイーゼはいなくなっていた。

 シルヴェスターに手を引かれて立ち上がる。


「君は相手が女性でもいいのか」


「ルイーゼ様なら有りだと、魔が差してしまいそうだわ」


「……私は君に近づく女性にまで気を配らないといけないのか」


「言っておきますけど、合意の元でしかしませんからね!」


 まるで相手構わず襲うような言い方に、むっとする。


(大体、誰のせいで熱を持て余してると思ってるのかしら)


「先ほどは明らかに不意打ちしそうだったが?」


「……若さって怖いですわ」


「せめて否定しろ」


 君たち兄妹は人が否定して欲しいところで決まって受け流す……と、希有なことにグチりながら、シルヴェスターはクラウディアをエスコートした。


「シルヴェスター様は違うと仰るの?」


「同意を求めるな。……今すぐ婚約者候補などという慣例は破棄して、婚約者期間を飛ばしたくなるときはある。何故結婚できるのが最短でも十九なのだ」


 学園を卒業するのが十八歳。

 それから婚約者期間が一年あって、正式に結婚するときには十九歳という計算だ。

 学園在学中には身分を超えて出会いがあり、この期間に婚約者候補はふるいに掛けられる。

 そして権利を得たものは残りの一年で、正妃になる資格を問われるのだ。

 この資格は個人の資質というより、家を見られる。得られる権力で、実家が暴走した例が過去にあったためだった。


「王族は大変ですわね」


「他人事のように言うな」


 婚約者候補であるクラウディアは、もちろん他人事ではない。

 けれど貴族のご令嬢は、デビュタントを済ませれば、いつだって結婚できた。


「君は私の期待値を超えるときもあれば、大きく下回るときもあるな」


「そうですの?」


「単純な反応が欲しいときもあると言っただろう。今がそのときだ」


 シルヴェスターの答えを理解しようとしたところで、生徒会室に着く。

 楽器が見つかって一段落したものの、だからといって現場で問題が発生しないわけじゃない。

 今日もまた、というより当日である明日も、きっとクラウディアは現場に出ているだろう。

 そしてシルヴェスターには書類が待っている。

 間近で溺愛を見せつけられ、灰になりつつあるトリスタンもまた同じだった。

 何だかんだで、存在を消して控えていた彼が、今日一番の被害者かもしれない。

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