50.妹は協力者と落ち合う
授業終わりの自由が利く内に、フェルミナは協力者である生徒と顔を合わせる。
昨日の顛末を聞かされた協力者は、口を歪ませるに留まらず、苦々しさを顔に滲ませた。
「こんなことなら、楽器を壊しておけばよかったわ」
「ダメよっ、あたしがシルヴェスター様の婚約者になるんだから!」
クラウディアはともかく、リンジー公爵家まで揺らいでは堪らない。
この地位があるからこそ、シルヴェスターに手が届くのだ。
他の婚約者候補につけ入る隙を見せるのは、真っ平ごめんだった。
それでも楽器の紛失に協力したのは、いつもクラウディアの味方をするヴァージルに、少しばかり意趣返しをしたかったからだ。
最終的に楽器が見つかれば、大きな傷にはならないとわかっていた。
「そういう割りには、失敗続きじゃない」
法を犯して偽物まで用意したのに、と不満を隠そうともしない相手を、フェルミナは睨みつける。
「文句があるならちゃんと想定しておきなさいよ! 偽証の件は上手くいったでしょ!」
下位クラスの生徒たちの前で、クラウディアをつるし上げるのに失敗したのは、バカな正義感を持った男子生徒が介入してきたせいだ。
楽器を発見して生徒会を見返すのに失敗したのは、クラウディアが隠し場所に気づいたせいだ。
想定内だった偽証の発覚では、自分も被害者だと言い張れたのに。
「想定できなかったのを、あたしのせいにしないで! 大体あんた、偉そうなのよ!」
「元平民がそんなこと気にするの?」
「平民じゃないっ、男爵令嬢の娘よ!」
「一代貴族の男爵のね。公爵の融資があったから、裕福な生活ができていただけよ」
「お父様はあたしを愛してるんだから、できて当然の生活よ。それに今は公爵令嬢だということを忘れないで!」
「はいはい。それでまぁ、よくやるわね」
で、どうするの? と、協力者は凄む。
その迫力に、フェルミナは気圧された。
「な、何がよ」
「次の手よ。言っておくけど、偽証した生徒については今も調べられているし、あなたも疑われてるのよ?」
「あたしは関係ないじゃない! それに証拠もないわ!」
「物証がなくても、状況証拠が揃えばクロにできる人間が、向こう側にいるのを忘れないでくださる? あなたはまだ殿下の婚約者でもなければ、婚約者候補ですらないのよ」
「あたしは公爵令嬢よっ、確固たる証拠もないのに罰せられるわけないじゃない!」
それにこれからシルヴェスターの婚約者になる身の上だ。
クラウディアの汚点さえ晒せば、すぐ乗り換えてくるに決まっている。
「はぁ……とにかく、猶予していられないのは、あなたも一緒。手段を選んでる暇はないわ」
「わ、わかったわよ。楽器のときみたいに、機会を見つければいいんでしょ」
シルヴェスター宛ての贈答品に楽器を隠そうと考えたのは今目の前にいる生徒だが、それも隠す機会があると知れたから思いついたことだ。
生徒会室内の情報を漏らし、運び込む機会を探ったのはフェルミナだった。
「できるだけ早くね。楽器が見つけられた以上、文化祭が無事終われば、実績を得るのは生徒会だけじゃないわ。あなたの憎きお姉様も、立場を盤石にするわよ」
「わかってるってば!」
教室での二人を思いだし、髪を振り乱す。
昨日、賞賛を受けるのはフェルミナのはずだった。
ヴァージルに見直され、シルヴェスターに愛されるのも。
なのに、なのに、なのに……!
(あの女ときたら、あたしのシルヴェスター様にっ!)
人目もはばからず、ベタベタ、ベタベタと。
繰り広げられる光景に気が狂いそうだった。
勘違いしているのだ、あの女は。
シルヴェスターは誰にも本当の自分を見せない。そうとも知らず、浮かれている。
いくら愛嬌を振りまいても反応を寄越さないシルヴェスターに、フェルミナは気づいていた。
愛を知らない、可哀想な人だと。
だから愛されるフェルミナが、彼には必要なのだ。
決して、父親にすら愛されなかったクラウディアではなく。
(待ってなさい。あたしが幻想をぶち壊してやるんだから!)
信じていたものに裏切られたクラウディアの顔を想像してほくそ笑む。
そして視線を外している協力者を盗み見た。
(クラウディアが片付いたら、次はあんたよ。あんたなんか、いつでも切り捨てられるんだからねっ)
このときのフェルミナの表情は、紛れもなく愉悦に満ちていた。




