49.悪役令嬢は自信を得る

　今回も、フェルミナの企みは失敗に終わった。

　けれどクラウディアの胸の内では、いつもとは違う変化が起こっていた。

　消灯し、暗闇に包まれたベッドの上で目を閉じる。

　ざわざわと浮き足立つような落ち着かない感覚に、大きく成長した胸を押さえた。

　不安や焦りからではない。

（わたくし、自分に自信がなかったのね……）

　それは気づきであり、自覚を得た高揚感だった。

　ほう、と息を吐く。

　フェルミナについて、ずっと感心することがあった。

　彼女は何度間違えても、めげないのだ。

　領地送りになっても挫けず、クラウディアを陥れようとしてくる。

　そのバイタリティーは、凄いとしか言いようがない。

　やっていることは褒められないし、クラウディアからすれば迷惑千万だけれど。

（自分を信じられていなかった）

　踏んでも、踏んでも、雑草のようにフェルミナが起き上がってくるのは、自分が正しいと信じているからだ。

　クラウディアだって自信はあるつもりだった。

　体を磨き、知識を蓄えてきた。

　でもそれは外へ向けたものでしかなく。

（愚かな自分を認めるのが、怖かったのよ）

　前のクラウディアは無知で、愚かだったからこそ没落した。

　だから否定し続けてきた。

　同じ過ちは繰り返さないと誓って。

　愚かな部分も含めて、クラウディアであることを認められなかった。

――クラウディア、人間は誰しも愚かだ。

　大切なのは、愚かだと気づけること。

　そして正せること。

　それができれば大丈夫だと、シルヴェスターは教えてくれていたのに、クラウディアは理解できていなかった。

　いつまで経っても、自分を認められなかった。

　もう大丈夫だと。

　たとえ愚かなことをしても、気づき、正せると。

　自分自身を安心させてあげられなかった。

　どうしてフェルミナへの恐怖が抜けないのか。

　トラウマを克服できない理由は、ここにあった。

（もう大丈夫。わたくしは、大丈夫）

　きっかけは、ブライアンが助けてくれたことだ。

　たった一度の面識しかない彼が、クラウディアのために声を張ってくれた。

　嬉しくて、泣きそうになった。

　認められた気がしたのだ、自分の正しさを。正せる力を。

　ただ自分が思うままに振る舞った結果で、助けが得られた。

　何気ない、特に意図していなかった生活の一場面で得られたものだったからこそ。

　励まされ、勇気を与えられた。

　自分は前のクラウディアではないと、心から思えた。

（もう怖くない）

　フェルミナのことも。

　愚かなことも。

（それにわたくしには、心強い味方がいる）

　頼れる味方がいる。

　だったら、彼らを頼ろう。

　今まではことが起こったら、助けてもらう気でいた。

　根っこの部分で自信を持てていなかったから、無意識の内に遠慮してしまっていた。

　けれど起きたら、相談してみようと思う。

　朝が来たら、これからについて話そう。

　まだ夜になったばかりだった。

　でも心はすっかり澄んだ朝のようで。

　クラウディアは自然と笑みを浮かべたまま眠りに落ちた。

◆◆◆◆◆◆

　朝一でフェルミナについて協力を仰ぐと、二つ返事で承諾された。

　むしろヘレンやヴァージル、シルヴェスターにも、ようやく動く気になったかと安堵されたぐらいだ。

　どうやらずっと受け身でいるクラウディアに、ヤキモキしていたらしい。

　それでもクラウディアの気持ちを尊重し、見守ってくれていた。

　ヴァージルからは、別で動くつもりだったと打ち明けられ、ヘレンに至っては、抱き締められてまで喜ばれた。

　――それはいいとして。

「シルヴェスター様、流石に恥ずかしいですわ」

「どうして？　私はずっと君の傍にいたいのに」

　教室で椅子を近づけたシルヴェスターが、クラウディアの腰に腕を回す。

　その上、指先で頬をなぞられれば、長い睫毛が震えた。

「みなさんが見ておられるのよ」

「見せつければいいだろう？」

　少しは気にしろと、シルヴェスターの脇腹を突く。

　しかしシルヴェスターは動じるどころか、とても楽しそうだ。

（作戦のためだって、わかってるのかしら！？）

　単に遊ばれている気しかしない。

　クラスメイトに見られる中、クラウディアとシルヴェスターがイチャついているのには理由があった。

　フェルミナを煽るためである。

　仲睦まじい姿を目の当たりにさせることで、危機感を覚えさせ、行動を起こさせる。

　今まではフェルミナが動くのを待っていたが、今度はクラウディアが行動し、彼女を動かす番だった。

「はしたないと、怒られてしまいます」

　一対一で会っているわけではないので、婚約者候補の公平性には抵触しないといっても限度がある。

　演技にもかかわらず、シルヴェスターの声音が甘くて仕方なかった。

　からかっているのだろう、と思う。

　けれど勘違いしそうになって、頬が熱を持った。

　一方的に恥辱を味わっているようで気に入らない。

（そちらがその気なら……！）

「あっ……！」

「大丈夫か！？」

　バランスを崩したふりをして、シルヴェスターにしなだれかかる。

　胸から。

　現在クラウディアの胸の大きさは、男性の手に包まれると少し余るくらいだ。

　特別大きいわけではないけれど、揉みしだけるいい大きさだと自負している。

　シルヴェスターが抱き留めてくれるのは計算の上で、自慢の胸を思いっきり押しつけた。

（これ以上、何もできないことに悶々とすればいいわ！）

　間に制服と下着を挟んでいても伝わる柔らかさに、シルヴェスターの黄金の瞳が見開かれる。

　そしてクラウディアの意図に気づくと、獰猛な光が宿った。

（……やり過ぎたかしら）

　少しばかり後悔が頭を過ったとき。

「他の男にも、していないだろうな？」

　ずんっ、とお腹の奥に響く声音で問い質される。

　反射的に体が逃げようとするけれど、抱き締められた体はビクともしない。

「す、するわけないでしょう！」

　すぐに否定するも、本当に？　とシルヴェスターはクラウディアを放さない。

　そのあとは授業がはじまるまで、クラウディアは延々と魅惑的な声で耳朶を責められ続けた。