46.悪役令嬢は問題に直面する
クラウディアが楽団の楽器を受け取ったとされる件については、シルヴェスターがいったん引き取ることになった。
楽器の一部が行方不明なのは事実なので、調査する必要があったからだ。
あの時点では、フェルミナが独自に入手した証拠しかなく、真偽は不明だった。
証人である男性の配達人は、まだ学園内で配達をしていたため、生徒会室に呼び出されることとなる。
念のため、クラウディアとフェルミナがいないところで聴取を受けることになったが、彼は確かにクラウディアが受け取ったと証言した。
しかしその証言には、怪しい点があった。
「クラウディアの顔を覚えていないというのか?」
シルヴェスターを前にした配達人は、ダラダラと冷や汗を流しながら答える。
「は、はい……あっしが覚えてるのは黒髪の女生徒だったことだけで……サインがリンジー公爵令嬢のクラウディア嬢のものだったので、てっきり……」
「長い黒髪だったとしか記憶にないと?」
「は、はいぃぃ」
「もう一度見たら、その女生徒とわかるか?」
「……どうでしょう、他にこれといった特徴はなかったもんで」
その場に同席した生徒会役員は、全員で顔を見合わせる。
彼がクラウディアと会ったことがあるとは思えない証言だったからだ。
「ならばクラウディアと面通しして確認しよう」
「えっ、でも、わからないかもしれやせんよ……?」
「構わない。判断がつかなかったら、正直に言ってくれ」
役員の一人が、別室で待機しているクラウディアを呼びにいく。
クラウディアを見た配達人は、驚愕に目を剥いた。
「どうだ?」
「ち、ち、違いやすっ! この方ではありやせん……! こんな別嬪さん、一度見たら忘れられやしませんよ!!!」
配達人の証言が怪しかった点は、この一言に尽きた。
本人の努力もあり、シルヴェスターにすら美しいと言わしめるほど、クラウディアの容姿は完成されている。
仮に顔に覚えがなくとも、本能を刺激される体のラインを忘れるはずがない。
クラウディアを前にして、「特徴がない」と言えるものなど存在しなかった。
「これで誰かがクラウディアを騙ったことが証明されたな。公爵令嬢を騙るなど、重罪だというのに」
しかもご丁寧にサインまで真似ている。
貴族には権力があり、そのサインには相応の力がある。
公爵令嬢のサインともなれば、商会一つを動かすのも容易い。
だからこそ貴族を騙る行為には、重罪が課せられた。
「配達人は私のほうで保護しよう。彼は偽証の証人となった」
学園内でのことではあるものの、流石にこれは軽く考えられない。
証言を覆した配達人に、クラウディアは首を傾げる。
(どうして配達人を懐柔しておかなかったのかしら?)
クラウディアの罪を証言させるなら、裏切れないようにしておけばいいものを。
疑問の答えは、フェルミナが呼び戻されたことで判明する。
「ごめんなさい、お姉様! まさかお姉様を騙る人がいるとは思わなくて……! 配達人もお姉様で間違いないって言ってたから、鵜呑みにしてしまったのっ」
(逃げ道を用意していたってこと?)
フェルミナは、自分も騙された被害者の一人だと主張した。
もしかしたら最初から偽証はバレる予定だったのかもしれない。
そう考えると、下位クラスの人たちの前でクラウディアを責め、悪だと印象づかせることがフェルミナの本命だったのだ。
しかしブライアンのおかげで流れは変わった。
証言が覆ったと知れば、またよく通る声で広めてくれるだろう。
「フェルミナ、お前が浅慮だったことに変わりはない。今後、生徒会活動中は生徒会室での謹慎を言い渡す」
「はい、お兄様……」
フェルミナが偽証に関わっていた証拠がない以上、追求は不可能だった。
ヴァージルに諫められたフェルミナは殊勝に肩を落とす。
(わたくしのサインを流出させたのは彼女でしょうけど、立証は無理でしょうね……)
クラウディアのサインを真似るには見本が必要だ。
公爵令嬢のサインともなれば、使われるところは限られた。
力を持つがゆえに、安易にサインしないよう教育も受けている。
フェルミナなら「見て」盗むことも可能だろう。機会はいくらでもあるのだから。
ただそれは、フェルミナ以外にも言えることだった。
立証できなければ、屋敷に出入りする全ての人が疑われてしまう。
「ディーを騙った女生徒と、紛失した楽器が問題だな」
溜息をつきながら、ヴァージルは天井を仰ぐ。
女生徒に至っては見当もつかない。
当人も捕まる危険がないから、偽証という重罪を犯したと考えられた。
「とりあえず偽証があったことを学園へ報告し、捜査を依頼しよう。楽器の紛失は、生徒会の汚点になるが、こちらでもギリギリまでは捜索をおこなう」
楽器を自力で見つけられたら、生徒会の傷は浅く済む。
問題が起きても挽回できるとなれば、過度に評価は下がらないからだ。
保管体制については学園側が見直しを迫られるだろう。
「では今は楽器を見つけるのが最優先ですわね。他の楽器は式典場にありますの?」
「あぁ、荷ほどきをして確認を取らせた。紛失したもの以外は式典場に届いている。フルートとトランペットが入った木箱が、一つ行方不明だ」
文化祭で使用するものは、全て木箱に入れて届けられる。
他の荷物に混じっていないか確認するため、ヴァージルとフェルミナを生徒会室に残し、役員総出で学園内を見て回ることになった。
流石にことがことなので、教師にも手伝ってもらって捜索する。
けれどこの日、楽器が見つかることはなかった。




