45.悪役令嬢は味方を得る
埒が明かない。
こうなればフェルミナの独壇場だった。
彼女は悪い意味で、声が大きいものの意見が通ることを知っている。
生徒会室へ戻ろうとするクラウディアに対し、逃げるんですか! とフェルミナは声高に叫んだ。
「逃げないわ。フェルミナさんも一緒に行くのよ?」
「無実を証明してください!」
どこまでもフェルミナとの会話は成立しない。
整合性など、彼女は望んでいないからだ。
今はこの場を去ることを優先したほうがいいだろうかと、クラウディアが考えたとき。
人だかりの中から声が上がる。
「フェルミナ嬢、クラウディア嬢は、お一人で楽器を運ばれたのですか?」
その声は、騒がしい中であってもよく通った。
「フェルミナ嬢、おれは男爵家のものです。でもフェルミナ嬢なら、爵位が低いものの問いでも、答えてくださると信じています!」
「え、えぇ。お姉様は一人で運ばれたようだわ」
取り巻きへ目配せしたあと、フェルミナはそう答える。
あくまでクラウディア一人の罪にしたいらしい。
「リンジー公爵令嬢であるクラウディア嬢が、ご自分でですか? スコット伯爵令嬢、ありえますか?」
「ありえないわね。そもそも配達人は指定の場所へ運ぶのがお仕事でしょう? もしクラウディア様が再度荷物を移動されるなら、配達人が運ぶはずよ」
第一、クラウディア様ほどの人が、一人で荷物を運んでいたら目立ってしょうがないわ、とスコット伯爵令嬢からも援護射撃が送られる。
彼らは以前、クラウディアが仲裁した二人だった。
その後も良い関係が続いているようだ。
通る声の持ち主である男爵令息ことブライアンは、フェルミナに提案する。
「フェルミナ嬢、クラウディア嬢の足跡を辿ってはいかがでしょうか! とても目立つ方です、配達人以外にも、楽器を運ぶクラウディア嬢を見た人がいるはずです!」
そして目撃証言を辿れば、おのずと楽器の行き先もわかるだろう、と。
クラウディアが現れるだけで、人は道を譲る。
下位クラスの騒動の現場では、人垣が割れたほどだ。
公爵令嬢は、下級貴族にとって雲の上の人である。
それを骨身にしみて知っている観衆たちは、ブライアンの提案に納得した。
あくまで問題を解決しようとする姿勢のブライアンに、フェルミナも文句は言えない。
「おい、勝手なことを言うなよ!」
と、ブライアンを止める声もあったが。
「フェルミナ嬢が困ってるんだぞ!? それを助けて何が悪い!?」
フェルミナのため、と彼が主張を返せば、相手は黙るしかなかった。
むしろ騒動の本質に気づいていないフェルミナ寄りの観衆ほど、ブライアンを擁護する。
彼らはフェルミナを信じるあまり、クラウディアの罪を暴こうと躍起になった。
意図したものとは別の流れができつつあることに、フェルミナは慌てた様子で言い募る。
彼女は観衆に言い分を認めてもらえるだけでよかった。
本格的な捜査など必要ない。
「みんな、落ち着いて! このことはあたしがしっかり証明するから!」
「フェルミナ嬢だけが辛い思いをする必要はありません! しっかり公正に判断してもらいましょう!」
そうだ、そうだと賛同する声が続く。
もうこの場の流れは、ブライアンが掌握していた。
クラウディアは心の中で感謝しつつも、表面上は顰めた顔を彼に向ける。
それを見たフェルミナ寄りの生徒は、より一層ブライアンを支持した。
片やフェルミナの手法をそのまま乗っ取ったブライアンは、クラウディアにとてもいい笑顔を向ける。
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予想だにしていなかったブライアンの登場に、クラウディアは不覚にも泣きそうになった。
今までもヴァージルやヘレンを筆頭に、味方になってくれる人はいた。
けれど彼とは、たった一回、諍いを仲裁しただけの仲だ。
それなのに身を挺して擁護してくれたことが、クラウディアの心を大きく揺さぶった。
あとでスコット伯爵令嬢にもお礼をしようと誓う。
そんなクラウディアの視界の端に、銀髪と赤毛が映り込んだ。
「では私が責任を持って、公正な判断をすると約束しよう」
シルヴェスターが姿を見せたことで、あれだけ騒がしかったのが嘘のように静まり返る。
どうやら状況を重く受けとめたヴァージルによって派遣されたらしい。
彼の宣言を理解した観衆は、一瞬の静寂のあとで歓声を上げた。
一方は、クラウディアの罪が明るみになると。
一方は、姑息なフェルミナの嘘がバレると。
王太子殿下が約束してくれたのだから、これ以上のことはない。
フェルミナは必死の形相で、証人と証拠があることをシルヴェスターに訴えた。
そして。
このあと、生徒会役員を前にした配達人は、呆気なく証言を覆したのだった。




