44.悪役令嬢は妹に追求される
「すまない、追い詰める気はなかった」
背中に回された腕に力がこもり、抱き締められているのだと知る。
「君のことが少しでも知りたかっただけで……すまない」
「……いいえ、わたくしのほうこそ、取り乱してしまいました」
だから謝らないでくださいと、シルヴェスターの胸を押す。
しかし彼の体はビクともしない。
それどころか腕の締め付けが増し、一段と密着してしまう。
シルヴェスターの前髪が、さらりと耳に触れた。
「これほど君を不安にさせるなら、彼女は消してしまおうか」
ぞくりと腰に響く声だった。
反射的に肩が弾み、クラウディアは目を見開く。
驚きすぎて涙も引っ込んだ。
「シルヴェスター様?」
「そうすれば、クラウディアはもっと私のために、時間を作ってくれるだろう?」
「穏やかじゃないにも程があります。急にどうされたのですか?」
何がシルヴェスターを駆り立ててしまったのか。
取り乱したのが悪かったのかと、状況についていけない。
「想像以上に、フェルミナ嬢が君の心を占領しているようだからな」
「だから消そうと?」
「邪魔だろう? 君も彼女がいなくなれば安心できる」
それで本当にフェルミナが消されたら、全く安心できない。
次がクラウディアにならない保証がどこにあるのか。
「シルヴェスター様のために時間を作るかは、わたくし次第ですわよ?」
「だとしても、彼女がいて誰が得する?」
「いなくなったらお父様とリリスさんが悲しまれます。とりあえず落ち着いてください」
「私は落ち着いているが?」
「それはそれで怖いです……! 冷静に人を消そうとしないでください!」
「むっ、怖いのか……」
ままならないな、とようやくシルヴェスターは考えを取り下げてくれた。
彼ならブティックをカフェに変えたように、サクッと済ませてしまいそうだ。
(オモチャを独占できないのが、そんなに気に入らないのかしら)
まさかシルヴェスターが、ここまでフェルミナに敵意を抱くとは。
けれど、おかげで考えさせられた。
フェルミナさえいなくなれば、問題は全て解決されるのか。
現に今、優位であるにもかかわらず、安心できないでいる。
フェルミナと決着がついたとして、第二、第三のフェルミナが現れないとは限らない。
そのたびに、見えない影に怯えるのだろうか。
(わたくしは、何か大事なものを見落としているのかもしれないわ)
クラウディアの答えは、まだ出ない。
◆◆◆◆◆◆
「お姉様、これはどういうことですか!?」
文化祭の準備も残すところ、あと三日と迫ったとき。
その日も現場に出ていたクラウディアは、書類を一枚持ったフェルミナに大声で詰め寄られた。
(いつの間に、取り巻きを作ったのかしら)
フェルミナは自分の背後で控える生徒たちと一緒に、クラウディアを睨んでいる。
在校生の中で、上級貴族の顔は派閥を問わず全て覚えていた。
記憶にないフェルミナの取り巻きは、下級貴族の子どもたちなのだろう。
突き付けられた書類を確認して、首を傾げる。
「受け取り証明書?」
「生徒会が演奏をお願いしている楽団の、楽器の受け取り証明書です! ここにお姉様のサインがありますよね!」
示された通り、受け取った人物がサインを書く欄には、クラウディアの名前があった。
筆跡も似ている。
しかしサインした覚えもなければ、楽器を受け取ってもいない。
そもそも楽器が運ばれたのは式典場で、そちらへクラウディアは行っていなかった。
(何か罪を着せるつもり?)
フェルミナが大声で詰問したことで、周囲に人だかりができはじめる。
ちょうど場所が下位クラスの教室前であることを考えると、作為を感じずにはいられない。
新興貴族の多い下位クラスには、フェルミナに味方する生徒が多いからだ。
「偽造でしょう。わたくしは受け取っていません」
「しらばっくれないでください! お姉様が受け取った楽器の一部が、行方不明なんですよ!?」
続けてフェルミナは、配達人がクラウディアに渡したと証言していること。
既にこの件は生徒会へも報告済みだと話す。
「楽団の大切な楽器を、どこへやったんですか!?」
(……この子は、本当に変わってないのね)
一方的な発言に、フェルミナがしようとしていることを察する。
これはお茶会と同じだ、と。
真実なんてどうでもいいのだろう。
集まってきた人たちに、クラウディアが悪だという印象さえ与えられれば、フェルミナとしては「勝ち」になる。
教室とは違い、本人が出張ってきたところはまだいいけれど。
「フェルミナさん、これは大事よ。生徒会でも調べる必要があるわ」
「忘れたんですか!? いつも都合良く、あたしへの仕打ちを忘れるように!」




