07.悪役令嬢はフットボール観戦に誘われる
シルヴェスターから衝撃的な報せを聞いてから、クラウディアは結婚式の準備に、ヴァージルはリーグ戦に向けて意識を集中させた。
仕事に没頭することで、平静を保とうとしたのだ。
それでも時折、国王や王妃、そしてシルヴェスターのことが頭を過る。
(王妃殿下もお疲れのご様子だったわ)
式の打ち合わせのため、クラウディアは秘密裏に王妃アレステアの元へ顔を出していた。
王妃は気丈に微笑みを浮かべていたものの、以前より頬がこけ、睡眠は最低限にしか取れていないようだった。
(わたくしが少しでも助けになれたらいいのだけれど)
現状できているのは、慌ただしく式の準備をするぐらいだ。
正式な日取りは告知されていないが、遠方の国々には既に婚儀が通達されている。
国内の貴族たちも、クラウディアの動きを見て察していた。
前々からシルヴェスターが早めようとしていたため、怪しまれてはいない。
(一番は、何事もないように過ごすこと)
気持ちが逸るけれど、まずは求められていることを十全にこなす。
おかげさまでリンジー公爵家は皆、忙しい身の上なため、ただ目の前にある仕事を消化していれば、いつもと変わらなかった。
今日は昼からヴァージルとの約束があり、ヘレンと出かける支度をする。
玄関へ向かうと、先に待っていたヴァージルは、書類に目を通していた。
近付く気配で書類から顔を上げ、目尻が優しく下がる。
「俺の妹は今日も美しいな。レモン色のワンピースが、外でもよく映えそうだ」
「お気に召していただけて嬉しいですわ」
河川敷に行くと聞いていたので、草原に映える色を選んでいた。
「貴重な時間を割いてくれて感謝する」
ヴァージルにエスコートされて、馬車に乗り込む。
クラウディアが車内への階段を上がると、次はヘレンの番だった。
最後にヴァージルが入ってきて、向かい側に腰を下ろす。
「結婚式の準備は順調か?」
「はい、事前にドレスの仕立てもはじまっていましたから、あとは大聖堂などとのスケジュール調整でしょうか」
衆人に誓いを立てる婚約式とは違い、結婚式では神に誓う。
そのため式場は、教会の施設になるのが常で、王都では大聖堂で選ばれた。ちなみに大聖堂を使えるのは貴族だけで、平民は最寄りの教会堂でおこなう。
「お兄様のほうは如何です?」
シルヴェスターの事業であるものの、ヴァージルが主導していることで妹の結婚に花を添えるべく動いていると外野からは思われていた。
それも半分真実だが、フットボールという競技でリーグ戦をおこなう構想は、ずっとあったという。
「山積みの課題を一つ一つこなしているところだ。独りよがりの結果にならないよう、今日は忌憚なき意見を頼む」
「任されましたわ」
現場には男性しかおらず、女性の意見を取り入れるためクラウディアとヘレンに白羽の矢が立てられた。
領地で色んな場所を一緒に視察していることもあり、体感や知識を共有できているのが大きい。
(大変そうだけど、楽しそうでもあるのよね)
大事に温めてきた構想に気概が加わり、最近のヴァージルはいつも溌剌としている。
青い瞳の中では炎が燃え、氷の貴公子と評される姿からはかけ離れていた。
「ところでディーもヘレンも、フットボールがどういうものかわかるか?」
訊ねられてヘレンと顔を見合わせる。
フットボールという競技について、すぐに共有できるイメージが二人ともなかった。
ヴァージルは、ピンとこなくても仕方ないと苦笑する。
「まだ決まった形に統一されていないからな。地方によっては呼称すら異なるかもしれない。ボールを足で蹴り、他者と競い合うスポーツだと考えてくれ」
ボールを足で蹴る、と聞いて、ヘレンが答える。
「子どもたちが複数人でボールを蹴って遊んでいるのは、見たことがあります」
「うむ、誰しも、そこからはじめるんだ」
二、三人でしていたことが、成長するにつれ対戦人数が増える。
そうして一つの形になったのが、フットボールだとヴァージルは語る。
「一度観に行――ってみたいと思っていたところです」
クラウディアは、危うく「観に行ったことがある」と言いかけて訂正する。
行ったのは、逆行前の娼婦時代だ。
顧客の一人にフットボール好きがいて、一緒に観戦したことがあった。
(つまらなさ過ぎて、それ以降は断ったのよね)
今思えば、自分も娼婦として未熟だった。
商売人として、もっと相手が熱中しているものを理解すべきところだ。
しかし当時は、垂れ流される主観的な蘊蓄が退屈で仕方なかった。
意味がわからないまま、ボールを中心に取っ組み合う男性たちを観て、何が楽しいのか理解に苦しんだものだ。
「ただ他の方の感想を聞く限り、あまり良いイメージはありませんわ」
当時の印象を、率直に伝えておく。
ヴァージルがクラウディアに求めているのは、ご機嫌取りではない。
(お兄様にしろ、昔の客にしろ、どこに惹かれるのかしら?)
自分には良さがわからなかったけれど、好きな人がいるからには魅力的な部分があるはずだ。
否定的な意見を聞いたのに、ヴァージルは笑みを絶やさない。
「一言で表すなら『野蛮』か? 確かに俺も町中でおこなわれるフットボールについては、ディーを招待しようとは思わない。実際、危ないからな」
ボールを取り合っているプレイヤーだけでなく、熱くなった観客同士でも殴り合いが発生するという。
(そんな危険な場所だったの? 二度目は断って正解だったわね)
昔の客への評価はだだ下がりだ。
でも今は、ヴァージルがその競技の場へ、クラウディアとヘレンを連れて行こうとしていた。
「面白いところもあるんだが、現状のフットボールは危険が多い。現に死者も出ていて、規制したほうがいいのでは、という声もある」
「それほどなのですか!?」
ヴァージルが頷き、言葉を続ける。
「規制は規制でも、フットボールを禁止するのではなく、ルールを徹底させる方向で俺は考えている。場所も用意して、石が転がっているような場所ではプレイさせない」
途中、ガタンッと馬車が揺れ、進行が停止した。
目的地に着いたのだ。
御者によって馬車のドアが開かれる。
色が飛び、白く映る日差しが車内に射し込む。
そして。
「これからディーたちに観てもらうのは、戦略と戦術を駆使した、安全なフットボールだ」
光が、ヴァージルの青い瞳を煌めかせた。




