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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第十章

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06.伯爵は賭けに出る

 トーマス伯爵は、執務室で夜を明かした。

 机と向き合うのを止め、椅子の背もたれに体を預ける。

 ヘッドレストに頭を置くと、天井画を眺めた。

 雪が解けた大地を動物たちが駆け回り、白やピンクといった花弁に彩られながら春の訪れを祝っている。

 執務室と同様に、代々受け継いでいる絵だ。

 黄金の縁取りが光芒を表し、未来を指し示す。


(今こそリンジー公爵を見返すときだ)


 王太子の婚約者であるクラウディアに、夜会で妻がやり込められた。

 おかげで婦人方に対する影響力が陰っているものの、結局のところクラウディアは、王家に吸収される。

 夜会でも、周囲はクラウディアをリンジー公爵令嬢ではなく、王太子の婚約者として見ていた。妻はそこを見誤り、引き際を間違えたのだと認識している。


(生意気なのは否めないが)


 クラウディアに年長者を敬う姿勢がないことは、妻と同意見だ。

 とはいえトーマス伯爵の焦点は、常に同年代であるリンジー公爵にあった。

 年若くして公爵家を継ぎ、家を発展させたことは誰の目にも明らかだった。


(もっと早く実権を握っていれば、奴の良いようにはさせなかった)


 縦巻きにしたブロンドに触れる。

 同じ髪型をしていた父親は、陰謀に倒れた。

 動いていたのが王太子の婚約者候補だった令嬢と知ったときは、天を仰いだ。


(驕りがあったのだろう)


 そうでなければ、小娘に後れを取るはずがない。

 父親は社交界の重鎮として、長らく座していた。

 数多の修羅場をくぐり抜けてきた自負があった。


(長すぎたのだ、良くも悪くも)


 誰しも老いには勝てない。

 どれだけ心は若く精力的でも、感覚は鈍る。動きは衰える。

 だというのに、古い感度のまま当主の座に居座り続けた。

 亡くなったのは残念である。

 大きな柱が消えた喪失感もあった。

 けれどそれは、乗り越えるべき壁だった。


(やっと、やっと力を示せるときが来た)


 変革をもたらし、今一度、王家にトーマス伯爵家の存在を知らしめる。

 当主が代わり、新たな風が吹いていることを。


(このままリンジー公爵家を一強にしてなるものか)


 ギッと音を立てて椅子から体を起こしたところで、来客が告げられた。

 身だしなみを整え、会議室へ向かう。

 窓からの日差しが眩しい。

 朝一番に、古くから付き合いのある家の当主を集めていた。


(さて、どんな反応があるか)


 暗褐色の厚いドアの向こう側。

 来客たちは、急な招集を訝しんでいるに違いない。

 その次の反応は、容易に想像できた。

 自分が秘密裏に入手した情報の大きさに、驚き、悲しみ、思案する。

 この荒波をどうやって乗り越えるべきか。

 トーマス伯爵自身が通った道でもあった。


(こうも呆気なく体調を崩されるとは)


 誰にとっても予想外だった。

 何せ国王の病状については、覚悟が必要とされている。

 シルヴェスターも自分と同じ喪失感を味わうことになるのを考えると、奇妙さが先に立つ。それだけ国王が倒れるには、まだ早かった。

 情報は秘匿されているため、表立って確認することも、慰めることも叶わない。


(だからこそ、できることもあるのだが)


 使用人がゆっくりとドアを開ける。

 部屋中の視線が、トーマス伯爵に集中した。

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