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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第十章

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05.王太子殿下は父親を見舞う

 クラウディアを見送った頃には、日が落ちていた。

 城壁沿いに焚かれたかがり火が、ゆらゆらとオレンジ色の光を放つ。

 窓に映る揺らぎを視界の端に収めながら、シルヴェスターは冷たい廊下を歩いていた。

 コツコツと革靴の音が鳴り響く。

 父親から譲り受けた銀髪が、歩調に合わせて繊細なダンスを踊った――迫り来る重圧をはね除けるかのように。

 一日の報告のため、父親の寝室へ向かっていた。

 ドアを目にしたところで、母親がちょうど中から出てくる。

 こけた頬を見て、一瞬、眉間にシワが寄った。


「お疲れ様です。お食事は取られていますか?」 

「お疲れ様です……そんなに酷いかしら」

「しっかり食べて、寝てください。時間は私がつくります」

「立場が逆転しているわね。そう怒らないでちょうだい」


 シルヴェスターの口調は、普段と変わらない。

 けれど、その中にある怒気を母親は見逃さなかった。


「わかっているわ。王妃として、どうあるべきか」

「失礼しました」


 過分な指摘だった。

 素直に謝るシルヴェスターに、母親は溜息をつく。


「この状況下では、あなたも大変でしょう。休めているの?」

「適度には」

「クラウディアとは会っていて?」

「今し方、見送ったところです」


 ならいいわ、と母親は、シルヴェスターにとって何が一番の休息になるかを知っていた。


「国王陛下は、お休みになったところよ」

「では、報告は次の機会にします」

「……報告がなくとも、顔を見ていきなさい」

「お邪魔になるだけでは?」

「命令です」

「承知しました」


 命令となれば、二言はない。

 音を立てないよう慎重に開かれるドアに、シルヴェスターは吸い込まれた。


(何のために)


 疑問を抱きながら、暗い部屋を進む。

 眠りを妨げないよう、部屋の端にある照明が一つだけ残されていた。

 重い空気に薬草のにおいが混じっている。

 澱みに足を絡め取られないよう気をつけながら、ベッドの枕元へ回り込んだ。

 キングサイズのベッドの中央で、父親は眠っていた。


(報告ができなければ意味がない)


 ヒューヒューと小さな喘鳴が聞こえる。

 ベッドから起き上がれず、食事もまともに取れなくなった父親は痩せ細っていた。

 これを見てどうしろと、とシルヴェスターは首を傾げる。


(もっと危機感を持て……というわけではないだろう)


 十分、母親もシルヴェスターも忙しかった。

 国王が崩御するという現実を、肌にひしひしと感じていた。

 それこそ、過分である。

 今にも息を引き取りそうな父親を見下ろす。


(もう少しもってください)


 せめて秋までは、と願う。

 伏せったタイミングは悪くなかった。

 社交界が閉じる冬。

 貴族たちにとっては、手前の勢力を整える期間だった。

 サヴィル侯爵が娘の婚約のため、自領で根回しをおこなっていたように。

 誰も外には目を向けないため、国王の異変を気取られることはなかった。


(問題はこれからだ)


 地中で眠っていたものが起き出すように、社交界も活発になる春。

 それは自国に限ったことではなく、他国へも情報が流れやすくなる。


(遠方の国はまだいい)


 情報が届いた頃には、最新ではなくなっているからだ。

 問題は近隣諸国。


(混乱に乗じて、騒ぎの種を仕込まれるのだけは避けなければ)


 一番良い回避方法は、「混乱が起きない」と思わせること。

 今動いても旨味がない――介入がバレる――と考えれば、大人しくしている。

 打てる手は打った。

 クラウディアにも考えを伝えた。


「生憎、涙は出ませんよ」


 ぽつりとこぼす。

 父親の銀髪は、くすんで白髪と見分けがつかなくなっていた。

 余計、年老いて見える。

 弱っていく父親を前にしても、悲しみは生まれない。


「ずっと、あなたの背中を見てきました」


 物心がついたときから、父親は王太子だった。

 先王が崩御してからは、国王となった。

 人情がないとは思っていない。

 自分へも何かしら気持ちは届けられていた。

 国王として、父親として。

 だが、それ以上に。


「私は王太子なのでしょう」


 息子である前に。

 だから憔悴した様子の母親にも怒りが湧く。

 そんな姿で臣下の前に出られるのかと。

 自分の母親ではなく、国母たれと。

 俯くと、前髪がさらりと重力に従って落ちた。

 母親が、この対面に何を望んだのかはわからない。

 でも、心のどこかで、大切な時間である気はしていた。


「決して失望はさせません」


 精一杯の言葉を紡いで、シルヴェスターは部屋をあとにした。

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