04.悪役令嬢は、悪い報せを聞く
「では、ヴァージルはそちらに手を取られるか」
父親の呟きに、シルヴェスターが答える。
「リンジー公爵の負担は増えるだろう。……最後に、悪い報せもある」
顔が曇り、声音が低くなったことで、浮ついた空気は霧散した。
(これが疲労の正体かしら)
いつもより厚めに塗られた目の下のコンシーラー。
そして、ソファーに座ってから緊張が伝わってきた答え。
シルヴェスターは胸のつかえを取るように息を吐き出し、声を発した。
「父上の容態が芳しくない。主治医の話では、年を越せないと聞いている」
「……っ」
一瞬、内容が理解できなかった。
けれど話を聞いた三人が三人共、息を呑む。
こうして伝えられた以上、手は尽くされていた。
静寂の後、代表して父親が問いかける。
声は、震えていた。
「王妃殿下と視察に向かわれていたのでは?」
「視察は、表に出ない口実だ。現在、執務は母上と私でおこなっている」
王妃には王妃の仕事がある。
それを断る理由が必要だった。
(視察の話が出たのは、二週間ほど前だわ)
ケントロン王国の国際会議のあとに、国王は体調を崩していた。
冬の間は、基本的に大きな動きがない。
皆、雪で足止めされるからだ。
シルヴェスターが帰国していたのもあり、執務が滞ることはなかった。
(予兆が感じられなかったのは、このためね)
クラウディアも、ただシルヴェスターが忙しいとばかり思っていた。
父親が考えをまとめながら言葉を発する。
「では、すぐに公表する意思はないのですね」
「ああ、話し合った結果、私が新規に立ち上げる事業――ヴァージルに任せるリーグ戦の開催を成功させ、ディアとの婚儀で地盤を固めたあと、発表することとした」
国王がいなくとも、王太子がいる。
そのことを国民全体に実感させてから発表することで、国が揺らぐのを最小限に留める。少しでも他国に付け入る隙をつくらないために。
婚儀で、クラウディアが婚約者から妃になる効果は大きかった。
何せ次代が生まれる可能性ができるのだ。
(悪い報せが、良い報せの元にあったのね)
国王の不在は混乱を招く。
それを回避するために必要なものは何か。
(シル、あなたはどんな気持ちで……)
主治医から話を聞き、今に至っているのだろうか。
シルヴェスターは事務的に話を進めるばかりで、その胸中は推し量れない。
クラウディアは胸がつまり、目頭が熱くなるのを感じた。
元気な国王の姿を思いだすだけで、涙が溢れそうになる。
何度、シルヴェスターの将来と姿を重ねたことか。
(ダメよ。シルを置いて、わたくしが泣くようでは)
むしろ支えなければいけない立場だ。
拳を握り、手の平に爪を食い込ませて耐える。
俯きそうになる顔を上げると、ヴァージルも同様に力を込めていた。
「リーグ戦は何としてでも成功させる」
「任せた。私は王城から動けぬ。将来的には、国にとって大きな興行になる予定だ。良くも悪くも注目されるだろう。これには貴族たちの意識を父上から逸らす意図もある」
伏せっていることを勘ぐられないように。
表向きの視察も、リーグ戦に関する下見ということになっていた。
シルヴェスターが、ヴァージルから父親へ視線を戻す。
「公爵は若くして爵位を継いだと聞いている。今後も相談に乗ってもらいたい」
「何なりとお申し付けください」
前リンジー公爵は、ヴァージルの誕生を見て、この世を去った。
父親が爵位を継いだ年齢は、今のシルヴェスターと同じぐらいだ。
目礼した父親は、ただ、と言い添える。
「私の悪い面は、ヴァージルとクラウディアが一番知っております。二人の言葉にもよくよく耳をお傾けください」
「あいわかった」
仕事はできても、家庭を守れなかった前歴がある。
同じ轍を踏まないように、との心遣いだった。
(先ほどまで、ルーたちの婚約式に参加していたのが嘘のようだわ)
正に、急転直下。
しかも国王のことは、然るべきときまで口外できない。
「今、この件について知っているのは、私と母上、そして君たちだけだ」
もちろん専属医や内部の人間を除いて、である。
これから徐々に、信頼できる一部の者たちだけに伝えられるという。
その中には、ニューベリー侯爵とサヴィル侯爵も含まれていた。
父親とヴァージルが先に退室し、クラウディアだけが残る。
話を終えた部屋は、しん、と静まり返っていた。
「少しだけ、時間をくれ」
「いくらでも」
もたれかかってくる体を支える。
シルヴェスターはクラウディアの肩に頭を置くと、長く息を吐いた。
「元々、気管支が弱い方なのだ」
風邪を引くと、一般の人より長引きがちだった。
東洋から使節団を呼んで漢方を取り入れたり、これまでも色々と対策をしていたと語られる。
「喉に良い茶があってな。それを愛飲されていたのだが……季節の変わり目に患った熱が引かぬ」
シルヴェスターは疲れていた。
無理もない。
だからこそ、たんたんと語られる口調が心配になる。
「わたくしには、感情をぶつけてくださっても大丈夫ですわ」
顔の角度を変えて、ちらりと見上げられる。
黄金の瞳は、優しく弧を描いていた。
「ありがとう。だが、自分でも心のあり方がわからぬのだ。今は国策に重きを置いている」
悲しみより衝撃が大きかった。
国王不在によってもたらされる混乱を、シルヴェスターは何としてでも回避したかった。
膝の上で手を握られ、指を絡められる。
「私はあまり良い息子ではないのだろう」
「そんなこと、決してありませんわ」
クラウディアは、家族だけの食事の席を知っている。
国王も王妃も王太子も、このときばかりは身分を背負わず、親子だった。
貴重な家族の時間に、自分も加われるのが嬉しかった。
だから断言できた。
「少なくとも、あなたのお父様は、微塵もそのようには思われておりません」
そうか、とシルヴェスターは目を閉じる。
ぽつぽつと考えを語り合いながら、二人の時間は過ぎていった。




