03.悪役令嬢は、良い報せを聞く
まだ祝福の熱が覚めやらぬまま、クラウディアはシルヴェスターと共に王城へ向かう。
父親とヴァージルを乗せた馬車も、あとに続いた。
四人で応接室へ入り、クラウディアはシルヴェスターと並んでソファーに腰掛ける。家族が同席する場でも、隣が定位置となっていた。
窓から斜めに日が射し込む。
体感以上に時間が過ぎていたようで、空がオレンジ色に変わりつつあった。
室内の静けさに、外界との遮断を感じる。
全員が着席するとシルヴェスターの顔が、身内に見せるものから為政者へと変わった。
王太子として話があるのか、それ自体は不思議ではないが。
(少し、緊張されてる……?)
隣から伝わる雰囲気に、クラウディアは心の中で首を傾げた。
なんとなく体が強張っているように思えるのは気のせいだろうか。
シルヴェスターの正面に座った父親が口を開く。
「私共に話があると窺いました」
「うむ、ご足労感謝する」
使用人によって紅茶が置かれるのを待って、シルヴェスターが伏せていた目を上げる。
黄金の瞳に晒されると、父親とヴァージルは背筋を伸ばした。
「良い報せと悪い報せがある。まずは良い報せから伝えよう」
一つ目は、とクラウディアに顔を向けられる。
「結婚式の日取りが早まる。可能な限り早く、と話がついた。どちらかといえば、私にとって良い報せだな」
「わたくしも嬉しいですわ」
慣例と比べて遅過ぎはしないけれど、最初の話では学園を卒業後と聞いていたので、「やっと」という思いが強い。
「段取りを急かすことになるだろう。これについては母上も謝っていた」
「恐れ多いですわ。婚約式を終えた時点で、結婚式に向けての準備ははじめております。想定されているより負担は少ないでしょう」
これには父親とヴァージルも頷く。
シルヴェスターがいつ急いても良いように、という考えはクラウディアだけでなく、ヴァージルも持っていた。
「助かる。さすが私のことをよくわかっている」
「学園を卒業後、という話は大概にしてほしかったがな」
シルヴェスターが王妃を「母上」と呼んだことで、この場が公にされないことが決定付けられ、ヴァージルも口調を崩す。
ヴァージルの指摘に、シルヴェスターは片眉を上げた。
「まさかラウルに同調したのではあるまいな?」
「そこまではしなかったが、正直なところ助かった」
過去、シルヴェスターが短縮した期間を、ラウルが元に戻したという経緯がある。
嫁に出すリンジー公爵家としては、本来の準備期間ができたことで一息つけていた。
「少しは考えろ。ディーには、世界で一番美しい花嫁になってもらいたいだろう」
「ディアなら、いつでも世界一美しいと考えていたのだ。ただディアの希望を無視する形になっていたのは、反省している」
そっと手を握られ、クラウディアは握り返す。
確かに卒業後の話については、事後報告だった。
けれど。
「わたくしも、受け入れておりました。特にこだわりはありませんから」
今までも、ドレスの仕立てに一年以上かけたいと思ったことはない。
結婚式については、王家の望みが最優先。
「不満を抱いたことはありません。本当でしてよ? 白状しますと、特に理想の結婚式像を持っておりませんの。互いを思い合っていられたら満足ですわ」
貴族社会では、政略結婚もよく聞く話だ。
実の両親ほど拗れているケースも稀にある。互いに愛人を持っていたりだとか。
恋愛結婚でも、時を経て関係が冷えることは、娼館で学んだ。
たくさんの実例を見てきたからこそ、夢を抱かなくなったのかもしれない。
別に当てこするつもりはなかったが、話を聞いた父親が顔を曇らせる。
(反省する気持ちがあるのが救いかしら)
間違いに気付くのが遅すぎても。
我を通して居直る人間に比べれば、まだ愛嬌がある。
シルヴェスターに握っていた手を持ち上げられて、意識がそちらへ向く。
目を合わせながら、指先にキスを送られた。
「では私の思いが存分に伝わる式にしなくては」
「楽しみにしております」
一つ目の良い報せ、ということは、二つ目もあるということ。
甘くなった空気を入れ替えたシルヴェスターは、ヴァージルを見た。
「国主催で、フットボールのリーグ戦を開催することが決まった」
「本当か!?」
いつになく声を張り上げたヴァージルに、クラウディアも父親も目を剝く。
フットボールの試合は、逆行前の娼婦時代に客と観に行ったことがあった。
(ボールを足で運ぶ球技だったわよね)
チーム単位でおこなうスポーツで、互いに一つのボールを奪い合う。
リーグ戦とは、全チーム総当たりで戦う試合方式のことだ。
「部署を設立し、今年は骨組みをつくる期間となる。だが初夏には模擬試合を数組おこない、優勝者を決めたい。賞金も出す」
「初夏か、あまり時間がないな」
「人事は後ほど発表するが、実働指揮はヴァージルに任せる。今まで温めていた案を使い、存分に力を発揮してくれ」
「任された!」
話が進むにつれて、ヴァージルの青い瞳が煌めいていく。
少年の顔に戻る兄を見て、それほどの朗報なのだとクラウディアは知った。
「子細は存じ上げませんが、お兄様おめでとうございます」
「ありがとう。頑張るよ」
にこやかな兄の隣で、ふむ、と父親は考え込んだ。




