01.悪役令嬢は春を迎える
書籍九巻の書き下ろしにて、トリスタンの頑張りを書いております。
未読でも本編を読み進めるのに支障はありません。
青空に、わたあめ形の雲が浮かんでいる。
心地良くそよぐ風が、緩やかなクセのある黒髪を揺らし、甘い香りをクラウディアへ届けた。
足下には緑の芝生が広がり、その先では細長い葉を持つ黄水仙が咲き誇っている。
他にも季節を代表するチューリップが可愛らしく存在を主張する中、冬の間、温室で丁寧に育てられた花も生けられ、本物の春以上にサヴィル侯爵家の庭は栄華を極めていた。
「はわ~、どこもかしこも素敵ですの!」
ピンク色の頭を跳ねさせ、シャーロットが頬を両手で包む。
春を告げるツバメをイメージしたドレスを着ており、白が基調であるものの、かぎ針編みでつくられた藍色のレースが彼女のデコルテから背中を覆っていた。ツバメの顔にある色を意識して、首には赤いリボンが巻かれている。
ちなみに首の赤いリボンは、クラウディアとお揃いだ。
クラウディアはコウノトリのイメージで、二の腕まである白い手袋をしており、露出は控えている。歩くと腰にある黒い帯が、スカートの後ろで靡いた。
クラウディアやルイーゼをお姉様と慕うシャーロットは夢うつつで、飴色の瞳をとろけさせる。
他へ視線を移せば、立食形式のテーブルに並んだ軽食とフルーツが、招待客の舌を満足させていた。
クラウディアは水で喉を潤すものの、雰囲気が味となって感じられる。
「今日はどこもかしこも甘いわね」
「甘美ですの~!」
本日、サヴィル侯爵家の庭で、親友ルイーゼとトリスタンの婚約式がおこなわれる。
隣に立つシルヴェスターが、式場を見渡して感想を漏らした。
「もっと落ち着いた設えを予想していたから意外だ」
サヴィル侯爵家を一言で表すなら「厳格」に尽きる。
リンジー公爵家と共に、ハーランド王国を建国時から支えてきた名家。
これは歴史と貴族の格を重んじる家に生まれたルイーゼにも当てはまる。
とはいえ、ルイーゼもサヴィル侯爵夫人も花を好んだ。
クラウディアはシャーロットと一緒に、改装したばかりの温室に招かれたことがある。
「サヴィル侯爵夫人が主導されたのでしょう」
侯爵が仕切っていたら、また違ったはずだ。
厳格な男性の顔が浮かんで、冬にあったことを連鎖的に思いだす。
「トリスタン様が侯爵に認められて良かったですわ」
「結局、無駄足だったわけだが」
「そんなことありませんわ。ルーがとても感激していましたもの」
二か月ほど前のことだ。
婚約の返事が先延ばしされている状況をただ待っていられなかったトリスタンは、迷惑を承知で領地に帰っていたサヴィル侯爵を訪ねた。
蓋を開けてみれば、婚約は了承されており、身内への根回しのため時間を要していただけだった。
トリスタンは、ただ待っていれば良かったのである。
けれど遠路はるばる強行軍で訪問してくれたことに、ルイーゼは泣いて喜んだ。
「その場で、熱い告白も受けたと聞いております」
「最初から同じ姿勢でいれば、もっと話が早かったものを」
「ふふ、今となっては微笑ましいではありませんか」
かくいうクラウディアたちも婚約するまで紆余曲折があった。
人それぞれの道があるのだと、改めて考えさせられる。
何気ない会話だったが、僅かな異変を感じたクラウディアは、シルヴェスターをちらりと見上げた。
(普段より声音にトゲが感じられるのは、疲れからかしら?)
元々シルヴェスターは、トリスタンに対して辛辣だ。
それでも、いつもは温かみがあった。
目の下を確認すると、コンシーラーが厚めに塗られている。
「冬に滞っていたものが動き出す季節です。ご無理をされてはいませんか?」
「……ディアには隠し事ができぬな」
ふっ、と口元を綻ばせて腰を抱かれる。
耳に唇を寄せられたので、クラウディアは言付けがあるのを待った。
しかし吹き込まれたのは息で。
「シル!?」
予想外のイタズラを受け、クラウディアはシルヴェスターの肩を叩く。
シルヴェスターに反省の色はなく、笑顔を見せるばかりだ。
「話すと長い。またあとで時間をつくってくれないか?」
「それは構いませんけれど」
「ヴァージルとリンジー公爵も一緒に頼む」
「お兄様たちもですか?」
ルイーゼとトリスタンの婚約式には、兄と父親、赤子のアンジェロを抱いたリリスも参列していた。冬の間にフェルミナから手紙が届き、赤子の名は「アンジェロ」と命名された。
サヴィル侯爵家と縁がある家々は、同世代の令息や令嬢だけでなく、その親も来ている。
現在、父親とリリスは、サヴィル侯爵夫妻に昨年生まれた弟を紹介中だ。
「ああ、このあとはすぐに王城へ戻らねばならぬ」
「では、お話は王城でお聞きしますわね」
何か問題が起きたのか。
気になるものの、シルヴェスターが話題にしない以上、今はこの場に集中する。
視線をシャーロットへ向けると、頬を赤らめてこちらを窺っていた。




