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43.悪役令嬢はトラウマに怯える

「フェルミナさんの背後に、貴族派がいそうなのですけど」


「傀儡にはもってこいだろうな」


 容赦ないシルヴェスターの言葉に苦笑が浮かぶ。


「だが気にするほどのことか? 君にだって近づくものはいるだろう?」


「それが王族派の方々が、頑張ってくださってまして……」


 リンジー公爵家は王族派ながらも中立の立場だが、クラウディアまで貴族派寄りになるのを危惧してか、王族派にがっちり周りを固められていた。

 大規模なパーティーに出席しても、王族派のご令嬢しか視界に映らないような徹底っぷりである。

 それもあって、色んな人と出会える文化祭の現場が楽しかった。

 おかげで貴族派と、全く接点がないわけでもない。


「支持勢力が分かれそうなのか。ふむ……私からすれば、君が何故それほどフェルミナ嬢を警戒するのかわからないな」


「シルヴェスター様は……いえ、何でもありません」


 口を開いてから、おかしな質問であることに気づいた。

 訊いてどうするのだと、自問する。


「気になるから途中で止めるな。訊きたいことがあるなら言ってみろ」


「意味のないことでもですか?」


「むしろ私が聞きたくなったな。何が知りたい?」


 クラウディアにしては珍しいと思われたのか、シルヴェスターが黄金の瞳を細める。

 これは逃げ切れないと悟り、諦めて質問を声に出すけれど、どうしても弱々しい声音になってしまった。


「もし婚約者候補が、わたくしからフェルミナさんに替わったら、どうされますか?」


「……そのような話が出ているのか?」


 対するシルヴェスターの声は低くなり、緊張が走る。

 下がった体感温度に、急いで首を振った。

 呆れられるだろうとは思ったものの、機嫌が悪くなるとは。


「いいえ! 意味のない質問だと、先に言いましたでしょう?」


「あぁ、そうか。公爵の頭を疑ってしまうところだった」


 ふむ、と頷いたシルヴェスターは、まるで存在を確かめるかのようにクラウディアの頬を撫でる。


「考えたくない仮定ではあるが、私なら政情に合った相手を選ぶだろうな」


「フェルミナさんが婚約者に選ばれる可能性もあるのですね?」


「ないとは言い切れない。仮に彼女が貴族派に取り込まれていたとしよう。その上で利用価値があるなら、選ばれる可能性はある」


「利用価値……」


「貴族派が傀儡にできて、王族派が傀儡にできない道理はあるまい?」


「フェルミナさんに貴族派を探らせるのですか?」


「そういうこともできるという話だ。上手くいくかは別問題だがな」


 淡々と語るシルヴェスターを見ていると、彼ならやれそうな気がする。

 人を扱うことについては、自分より何枚も上手だろう。

 将来、国を背負うことが決まっている人だ。

 当たり前といえば、当たり前のことだった。

 シルヴェスターの婚約に、私情が入る隙などないことも。

 上級貴族ほど、婚姻には政略が絡む。


(きっと前もそうだったのね……)


 それに第一子をもうけたシルヴェスターとフェルミナの間に愛があったかなど、当人たちにしかわからないことだ。

 どうしてわかりきったことを質問してしまったのか。

 シルヴェスターの答えに、何を期待していたのか。

 このままクラウディアが婚約者に選ばれたとしても同じだ。婚姻は、政治的判断によるものに過ぎない。


(相変わらず、わたくしも愚かだわ)


 どれだけ知識を蓄えても。

 人生をやり直したとしても。

 根底にあるものは、変わらないのかもしれない。


「それで君が過剰なまでに、フェルミナ嬢を恐れる理由は何だ?」


「わたくしは……やっぱり恐れているのでしょうか」


「私にはそう見える。彼女がどう足掻いたところで、君を守るもののほうが多いだろう?」


 悪意ある噂が増えようが。

 貴族派がフェルミナを後押ししようが。

 クラウディアが築いてきた土台を、ひっくり返せるほどの力はないとシルヴェスターは言う。


「本当にそうでしょうか? わたくしが、何か愚かなことをしてしまったら……?」


 不安に、瞳が揺れた。

 血統は意味をなさない。

 信用など一つの過ちで、呆気なく崩れ去るものだ。


「クラウディア、人間は誰しも愚かだ。間違いを犯す。けれど君には正せる力があるだろう?」


「でも土台なんて、脆く崩れて……っ」


 フェルミナを恐れていると、言い当てられたからだろうか。

 ひた隠しにしてきた感情が、堰を切って溢れ出る。

 寒くもないのに、体が震えていた。


 本当は、ずっと、ずっと怖かった。


 フェルミナを越える悪女になると誓っても。

 今の彼女が稚拙に感じられても。

 いつ、またあの愉悦に満ちた顔が現れるのかと、脳裏で影がちらつく。

 そのとき、果たして自分は正気を保っていられるだろうか。

 やり直しているはずなのに。

 植えつけられたトラウマが消えてくれない。


 視界が歪む。


 それが涙のせいだと気づいたときには、目の前にシルヴェスターの胸があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 探る為だけに王家の血筋に半庶民の血を引いてる女遺伝子を取り込むとかナンセンスすぎる。側妃で事足りるわけでデメリットが多すぎる。頭良さげな案件ではあるが穴だらけ
2024/07/21 09:33 退会済み
管理
[一言] あぁ、なんで前世でシルヴェスターが脳内ピンクに引っ掛かったのか疑問でしたが、そういう事でしたか……
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