30.悪役令嬢は帰国する
四日目の夕方には、潮流が戻っていた。
五日目、朝日を背に各国からの船が到着し、事態は終息した。
本島へ渡り、昼過ぎにはハーランド王国へ向けて帰ることになる。
青空の下、港で自国の大型船をクラウディアが見上げていると、チューチュエ王国の第一王女ミンユーから声をかけられた。
ミンユーは赤みがかったピンクの髪をポニーテールにし、鎖骨の辺りに留め具がついた詰め襟のワンピースを着ている。赤い生地にある、尾羽を広げた鳥の刺繍が眩しく映った。
「帰る前に挨拶をと思ったんだ」
「ご丁寧にありがとうございます」
「メイユイは早々に帰った」
「心労が溜まっておりましたものね」
最後まで彼女は骸骨の存在に怯えていた。
「地下墓地に安置されていたのが、強烈な印象だったのでしょう」
「地下墓地に骸骨があったのか?」
「ええ、木製の……ご存じではありませんでしたか?」
「言うまでもないが、メイユイは怖がりだからな。自分から地下墓地に入ることはしないだろう。わたしもわざわざ入ろうとは思わない」
隠された財宝を探していたとはいえ、入るなら侍女に任せるとのこと。
「ではメイユイ殿下は滑車の音だけで、骸骨の笑い声を連想されたのね」
「自分の想像力に苦しめられるとは、不憫な奴だ」
てっきりメイユイも地下墓地を訪れたのだとクラウディアは思っていた。
(マリタと同じね)
相手も自分と同じ景色を見ていると勘違いした。
それが招いた結果には、大きな違いがあるけれど。
「話は変わるが、近衛が無事で良かった」
「ありがとうございます。経過観察は必要ですが、今のところ後遺症もなさそうですわ」
担架で運び出されたコスタスは、医者の治療を受けている間に目を覚ました。
出血量ほど傷口は大きくなく、骨に異常がなかったため数針縫うだけで済んでいる。
マリタは財宝と共に沈み、先に教わっていたとおり、発見される見込みはなかった。
「リーウェイ殿下は……残念だ。家宝よりも自分の命が大事だろうに」
「おっしゃるとおりですわ」
あとを追ったリーウェイも行方知れずだ。
(彼に関しては、わざとかもしれませんけど)
シルヴェスターとクラウディアは、リーウェイが怪盗ではないかと疑っていた。
家宝のあとを追って潜ったと見せかけて、逃走した可能性は捨てきれない。
彼によって心証が良くなっていたミンユーとしては、別人だった場合の落胆は大きいとしても。
「ハーランド王国の方々には敬意を表したい。ご自分たちで成果を出されたのだから。今後も良い付き合いができることを願っている」
「わたくしも、同じ気持ちです。加えて、ミンユー殿下のお悩みが軽くなることを願っておりますわ」
クラウディアはキラー種のことを頭に浮かべていたが、ミンユーは違った。
「しっかりメモを取らせてもらったからな。助言どおりに良い殿方を捕まえてみせる!」
「ミンユー王女殿下ならきっと大丈夫ですわ」
先にそちらが浮かぶということは、キラー種については解決が見えているのだろう。
笑顔で別れを告げ、シルヴェスターと合流したクラウディアは、自国の船に搭乗した。
◆◆◆◆◆◆
船の運行が軌道に乗ったところで、医療室へ向かい近衛のコスタスを見舞う。
コスタスはベッドの上で体を起こしていた。
「自分のような者を見舞っていただけるとは、恐悦至極です」
「命に別状がなくて安心しました」
港で手に入れていた花束を渡す。
よかったら、とヘレンが申し出、花瓶へ移した。
クラウディアたちの訪問が伝えられていたので、ベッドサイドには一人掛けのソファーが二つ用意されていた。
それぞれ腰を下ろし、コスタスと向き合う。
コスタスは膝の上で拳を握り、視線を下げた。
「マリタは本懐を遂げたんでしょうか」
「技術は目を見張るものがあったが、出した結論は浅慮としか言えぬ」
小舟も足場も、マリタは一撃で破壊した。
どこに力を加えればいいか、彼女は熟知していたのだ。
いざというときのために、あの場所に杭を打ち込んでいたと思われる。
(計画性は見事だわ)
詰めが甘いところがあったおかげで、クラウディアたちは犯人を確定できた。
(罪を償えば、やり直す機会はあったはずなのに)
人を信じ切れなかったのか。
身を投げ出すほど、ナイジェルのいない未来に絶望していたのか。
ただただ残念である。
コスタスは、自分がマリタの背中を押したのだという。
「彼女を信じていたといえば聞こえは良いですが、自分にはどこか慢心があったんだと思います」
近衛という職業に就き、安全の確保や体の強さに自信があった。
女性であり痩身のマリタにやり込められるなど、想像だにしていなかったと反省する。
「驕りを見透かされていたんでしょう。自分の姿勢が彼女から信じる心を奪った」
「さすがにそれは言い過ぎではないかしら?」
幼馴染みへの失望はあったかもしれない。
ただ、それ以上のものをマリタは抱えていた。
小舟で語られた、彼女の思いを振り返る。
「既に根深いものがあったのではなくて? 特に王族への憎しみが強いように感じられたわ」
覚えている限りのことをコスタスに伝えると、彼はああ、と嘆きをこぼした。
「自分たちの家族が病に罹患した件ですが、王家に招待され、舞台の興行にやってきた者たちが持ち込んだものなんです」
城塞都市は海に囲まれた離島だ。
新しい病が自然発生するとは考えにくく、流行り病ともなれば運んできたものが必ずいる。
「主館の地下の暗さはご存じでしょう? 建設中から、地下三階に舞台をつくる必要があるのかと疑問視する声が絶えませんでした」
建設したのは、当然のように城塞都市の木工をはじめとした大工、技術者たちだ。
「あんな舞台をつくったから病が流行ったんだと言う人もいました。自分も当時は、そう思っていました」
更には、観劇に来ていた王族や興行にきた団体は、我先にと本島へ帰って治療を受け、島民には何も対応がなく放置されたことで、不満は溜まる一方だったという。
病に、祖父母が、父が、母が倒れていく。
できることが何もないまま、ただ見ているしかない子どものことを思うと、胸が詰まった。
「ナイジェルは正しく救いの使徒だったのですね」
「そうですね、有り難い存在でした。自分はあまり接する機会がありませんでしたが、マリタは感銘を受けたんでしょう」
ナイジェルは人を操ることに長けている。
マリタが抱える負の感情も、彼によって増幅されたのだと想像が付いた。
(噴水も無駄だと考えていたようだもの)
人によっては、過度な装飾は無用の長物に映る。
権力者の見栄もあるけれど、お金を使うことで経済を回したり、伝統技術を腐らせないためだったり、雇用を生み出したりと、色んな側面があった。
コスタスが頭を振る。
「でも、だからって、あのような悪人に命を賭けるとは……っ」
彼は、ナイジェルが除籍されていることも、その理由も知っている。
たとえ枢機卿まで上り詰めた人間でも、悪に染まっていることがあると。
「マリタにとっては、ずっと聖人だったのでしょう」
彼女がどこまでナイジェルと考えを共にしていたかは不明だ。
数年前まで手に入れていた薬は、ナイジェルを通じて得ていたのだろう。
とはいえ、幸せの村でつくられていた薬物ではなく、真っ当な薬だけを受け取っていたなら、悪く思う理由はない。
「マリタについては後味の悪い結果となった。だがコスタス、お前にはいつまでも腐っていてもらっては困る」
シルヴェスターが現場復帰を所望すると、コスタスは目を固く閉じて言葉を噛みしめた。
「ミスを犯した自分に寛大なお言葉、痛み入ります。このコスタス、一日でも早く現場に復帰し、全身全霊を賭して、シルヴェスター殿下にお仕えする所存ですっ」
コスタスの気力に満ちた目を見て、シルヴェスターは頷く。
この後、コスタスは船がハーランド王国へ着く前に復帰するという、脅威の回復力を見せた。




