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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第九章

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28.悪役令嬢は真犯人と相対する

 まず、シルヴェスターは運び出されたコスタスについて挙げる。


「骸骨の笑い声を聞いたという王女殿下がいてな」

「骸骨の笑い声ですか?」


 突拍子もない単語が出てきて、マリタは首を傾げた。


「作業音を誤認したのだと思われる。使用人の一人が、夜に類似しそうな滑車の音を聞いていた。だが修繕の責任者に確認したところ、緊急の修繕は発生していなかった」


 再度地下へ潜る直前に、得た返答だった。


「修繕に関係なく誰かが滑車を使ったということだ。使われただろう滑車は、一階の落とし扉を引き上げる部屋にあった。だが滑車に必要不可欠なロープだけがなかった」


 マリタはシルヴェスターがどこへ終着するのか、静かに話を聞いている。


「滑車は何に使われたのか? ロープはどこへ行ったのか? その答えを持つのが、コスタスだ」

「まさか彼が使ったとおっしゃるのですか?」

「いいや、彼は使われた側だ」


 シルヴェスターの近衛を務めるコスタス。

 首が太く、体の厚みが常人の倍ほどある彼は、温和な顔つきで動物のサイを連想させる。屈強なのは誰の目にも明らかな成人男性だ。


「コスタスを襲おうとすれば返り討ちに遭う。君の証言では後ろから殴られたとのことだったが、彼が人の気配に気付かなかったとは考えにくい」


 たとえ傍にシルヴェスターがいなくとも。

 習慣は職業病となり、無意識に働いた。

 潜まれていたとしても、動いた時点で察する。ならば後頭部ではなく、側頭部ないしは前頭部に攻撃を受けたはずだ。


「彼が隙を見せるとしたら、君のような親しい相手に限る」

「わたしにコスタスが襲えるとお思いですか?」

「痩身の君では、到底無理だ。けれど注意は引ける」


 夜、どうしても明かりの加減で死角が生まれた。ただでさえ棚が多い場所だ。

 教会の騎士が落とし扉の罠に引っかかったように、無機物の存在を感知するのはプロでも難しい。


「落とし扉は、引き上げ時でも周囲に隙間がある。余裕がなければ、動かせぬからな。石材を結んだロープを隙間に通し、滑車に巻き付け、片方を下に垂らしておくこともできる」


 普段、引き上げ機の部屋を使う人間はおらず、工作をする時間はあった。


「落とし扉の下部、尖端にあるスパイクの陰に吊した石材を隠し、石材が落ちないよう片方の縄を手の届く範囲に留めておく。そして、コスタスの後頭部へ落ちるタイミングで留め具を外せば、滑車がカタカタとロープを巻き上げ、石材は重力に従って落下する」


 このときの音を、一人は骸骨の笑い声、一人は作業音と表現した。


「あえて滑車を使ったのは、摩擦が少なくロープがスムーズに動くからだ。だが血の付いたロープをその場に残しておくと疑念を招きかねない。だから本来滑車とセットだったロープは、引き上げ機の部屋からなくなっていた」

「驚きました。そのようなことが可能なんですね。でも、手間じゃありませんか?」

「一つはコスタスの隙をつくためだ。そしてもう一つは、コスタスが生かされた理由にも繋がる」


 マリタがコスタスを生かした理由、ともいえる。


「異音と同時にコスタスは後頭部に衝撃を受け、意識を手放した。目覚めた彼が、君の証言を聞けば、第三者がいたと誤認する。彼が第三者の存在を認めれば、君は容疑者から外れる。何せ、彼は君を信じて疑わなかった」


 クラウディアは、ちらりと落とし扉へ視線を向ける。


(張られた罠も、逃走時間を稼ぐより、合図を担っていたほうがしっくりくるのよね)


 事件が発覚したあとも、見回りが一人とは限らない。

 実際、クラウディアたちは前後で分断された。

 犯人は備品置き場へ入った人間に倒れている姿を見せることで、被害者であると印象付けたかったのではないか。

 大がかりな仕掛けだからこそ、ただの合図だとは考えにくくなる。

 クラウディアも最初は、見回りを閉じ込めるためだと思ったぐらいだ。

 誰も来ないうちに小舟を出せたらよし、そうできなかった場合の逃げ道として落とし扉は用意されていたのではないか。

 マリタの声で、クラウディアは意識を問答する二人へ戻す。


「どうしてそう言い切れるんですか?」

「君を僅かにでも疑っていたら、坑道の存在をコスタスが私に教えたからだ」


 ナイジェルの遺産の隠し場所として、何故コスタスは候補に挙げなかったのか。


(坑道は、二人だけの秘密だった)


 ロマンチスト的な考えではなく、幼馴染みの正義感を信じたのだろう。

 仮にマリタが別の誰かに坑道を教えていた場合は、彼女が坑道を検めると。


「コスタスが君と地下一階で会ったのは、坑道の地盤沈下について注意を促すためだったのではないか?」

「会話の内容はそのとおりです。けれど、その他は全てシルヴェスター殿下の想像でしかありません」

「全くだ。ロープの血も、どの時点で付いたのかわからない。一つ訊かせてくれ」


 このシルヴェスターの頼みに、マリタは唇を結び、警戒を現す。


「先ほど、君はコスタスに坑道の存在を教えたせいで、彼が巻き込まれたと証言した。だがコスタスが襲われた時点で、犯人はその事実を知らなかったのではないか?」


 マリタから聞きだしてはじめて、犯人は隠し通路があると知った。その前段階でコスタスを襲う理由はない。


「それは……目覚めたばかりで記憶が混濁していたんです。怪盗は、あのタイミングでしか、わたしたちを襲えなかったんでしょう」


 そう言って、マリタは辻褄を合わせた。


「君の部屋がある別棟は見張りがなく、部外者は入りたい放題だが……そうだな、怪盗が王族を装っている場合は難しいかもしれぬ。主館には見張りがいて、外出を誤魔化すのは難しい」


 シルヴェスターは、逃げ道を残しつつ、論理の不備を指摘するのも忘れない。

 王族のくだりに関しては、リーウェイへの当てこすりだった。


(一筋縄ではいかないわね)


 口を挟もうとする教会の騎士たちを、ずっとトリスタンやヘレンが止めていた。

 コスタスがそうだったように、城塞都市には彼女を信じて疑わない人間が多い。

 人徳のある修道者だからこそ、逃走を助ける者が出ないよう、容疑を突きつける必要があった。

 だからシルヴェスターは、すぐに証拠を突きつけるのではなく、あえて会話を長引かせ、聞いている者に考える余地を与えている。


 ――本当に、マリタを信じていいのかと。


 その役を、クラウディアが引き継ぐ。


「あなたは犯人に隠し通路のことを訊かれたあとは、ずっと意識を失っていたのかしら?」

「はい、ぼんやりとしていた時間はありましたけど、はっきりと目覚めたのは先ほどです」


 マリタは意図を探ろうと、じっとクラウディアを観察した。

 応えるように、クラウディアは彼女の目を見ながら語りかける。


「わたくしが謎だったのは、犯人が誰にしろ、事件を発覚させた理由です」


 マリタの部屋は荒らされていた。

 あれがなかったら、もしかしたら緊急を告げる狼煙は上げられなかったかもしれない。

 平民二人が駆け落ちした、そんな状態もつくりだそうと思えばできたはずだ。

 第三者が犯行に及んだなら、まず発覚を恐れる。

 誤魔化せれば、それだけ捜査の手が遠のいた。

 にもかかわらず、誰が見ても部外者が入ったとわかるように部屋を荒らしたのは何故か。


「事件性を持たせ、緊急の狼煙を上げる必要があったのではないかしら」


 悪天候で船が出せないと読んだところで、いつ天気が回復するかわからない。

 天気が良くても悪くても、三日目の朝には狼煙を上げる必要があったと考えれば辻褄が合う。

 では、その理由は?


「本島にいる仲間へ合図を送るため。計画通り、ナイジェルの隠し財産を運び出すと伝えたかった」


 平時ではダメなのだ。

 隠し財産の存在が明るみになった今、教会の船でも検閲を受けてしまうかもしれない。

 けれど国際会議をおこなっているこのタイミングなら、本島には各国の関係者が待機している。

 そこへ緊急の狼煙が上がれば、皆、自国の要人を助けるために、こぞって中型船を手配する。


「各国の関係者によって大量に出港する船。このタイミングなら、仲間の船を紛れ込ませられる。現在、本島は慌ただしいことでしょうね」


 予定通り、天気が良ければ、三日目の昼に船が到着する。

 悪天候になれば、天気が回復次第となり、到着の予測が難しくなる。

 にもかかわらず決行されたのは、次にいつ、運び出せるかわからないからだ。国際会議という機会を逃す手はなかった。


「それなら仲間の船を待って、運搬すれば良いんじゃないですか? 今こうして準備する必要はないでしょう?」

「各国の船は、到着するなり要人を本島へ運ぶわ。悠長にしている暇はないの。遅れて一隻だけ帰るようでは、紛れ込んだ意味がないもの」


 ずっと坑道に籠もっていられなかった一番の理由だ。

 マリタは仲間の船が到着するタイミングを見極め、行動しなければならなかった。


「だとしたら、とんだ賭けですね。こうして準備を見付けられる危険があるんですから」

「だから自分が容疑者から外れるよう仕組む必要があったのでしょう」


 危ない橋を渡るからには次善策がいる。


「自室の仕掛けも、コスタスを襲ったのも、落とし扉を使った罠も、それだけ手間をかけておこなう理由があったからではなくて?」

「シルヴェスター殿下もリンジー公爵令嬢も想像力が豊かであらせられるのですね。まさか本当に、わたしがこの手で自分の部屋を荒らしたと考えておられるのです?」


 この手で、とマリタは胸の前で手を掲げる。


「ハーランド王国は教会の本拠地も近く、信心深い方だと思っていたので残念です」

「わたくしも残念だわ。罪を背負う修道者を、また見ることになるなんて……どうして自室が荒らされているとご存じなの?」

「え?」


 マリタに彼女の部屋が荒らされたことを伝えた者はいない。

 クラウディアは「仕掛け」と言うに留めた。こちらからあまり情報を開示しないほうが良いと考えたからだが、まさか墓穴を掘ってくれるとは。

 しかしマリタはすぐに切り返す。


「ぼんやりしていたときに、怪盗が言っていたのを耳にしたんです。荒らしたけど、見付からなかったとか」


 ここまでくれば、教会の騎士たちにも疑念を植え付けられた。

 彼らの表情が怪訝そうになるのを見届けたシルヴェスターが、遂に証拠を示す。

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