27.悪役令嬢は化け物の正体を知る
「すまないが、マリタはもう少し付き合ってもらえるだろうか」
「はい、わたしでお役に立てるなら」
まだ船着場の確認が終わっていないため、一同は備品置き場の先へ進む。
船着き場は、海水によって削られた天然の洞窟を利用してつくられていた。
足場は整備されているものの、進むごとに壁や天井が歪になっていく。
湿り気のある風が、クラウディアの頬を撫でた。
――オオオオオッ。
「ひっ、な、なんですか!?」
トリスタンが肩を跳ねさせる。
――オオオオオッ。
重厚感のある音が響いていた。
まるで化け物の鳴き声のような。
「井戸の化け物の正体ですわね」
「えっ、あの理由付けされてなかったやつですか?」
トリスタンに首肯で答える。
島民が使う井戸には共通点があった。
「全てではありませんけれど、彼らが掘った井戸には、地下水が浸食してつくった洞窟に行き当たったものもありました」
こちらは海水によって削られた洞窟だが、仕組みは同じだ。
「ぱっと見、洞窟の奥は途絶えているようですが、岩陰などをよく観察すると、空洞が存在しているのがわかります」
クラウディアが指し示すと、ありました! とトリスタンも確認が取れる。
「風が狭い空洞を通ることで、口笛のように音を発しているのでしょう」
「井戸でも風が起こるんでしょうか?」
「海の影響を受けなければ、起こらないと思いますわ」
「海の影響?」
首を傾げるトリスタンに、今度は海面を見るよう促す。
足場から海面がだいぶ下がっていた。
「干潮の時間です。船頭さんの話を思いだしてください」
潮位の差が大きいのは早朝と深夜だが、昼前と夕方にも満潮と干潮がある。遊覧船は後者を狙って運航されていた。
「そして地下水が影響を受けることはコスタスが教えてくれました」
浅い洞窟へ行ったときのことだ。足場に溜まる地下水は、干潮時に消失した。
以上のことを踏まえると、潮の満ち引きで、井戸の水位が変わることが予想される。
「水の移動は空気圧を生み出します」
噴水の機構をシルヴェスターから聞いていなければ、クラウディアも化け物の正体に思い至らなかった。
「空気圧によって風が発生し、狭い洞窟を通ることで音を鳴らすのです」
少年が化け物の泣き声を聞いた時間は深夜だった。
ちょうど潮位の差が大きい時間帯である。
「現象を目にしたわけではありませんので、推測の域は出ませんけれど」
「それでも凄いです! 納得しました。僕は全然、理由が思いつきませんでしたよ」
化け物の正体。
一つは、子どもを危ない場所へ近付かせないための逸話。
一つは、自然が生み出した現象だった。
「海の化け物の由来も、船着き場で聞こえる風音にあるのかもしれぬな」
「普段耳にする風の音とはまるで違いますものね」
船着き場の終点が見えたところで、リーウェイが叫ぶ。
「おっ! あるやん!?」
そして一目散に駆けだした。
海面が下がったことで物陰に潜んでいたが、船着き場の先端に小舟が停泊していたのだ。
射し込む夕日がキラキラと光を乱反射させる。
小舟には、金貨や宝石が詰まった革袋に、各国から集めたであろう品々が入った木製のケースが載せられていた。
移動させた拍子に革袋の口が開いたらしく、色とりどりの宝石が顔を覗かせている。
「本当に存在したのか」
シルヴェスターをはじめ、皆が目を瞠る。
土に半分埋まった金貨を見付けはしたものの、半信半疑だった。
財宝の発見は、今までの推測が、真実に変わった瞬間でもあった。
「ところどころ土で汚れてるから、財宝はずっと坑道にあったんやね」
真っ先に小舟へ乗り込んだリーウェイが告げる。
小舟といっても全長は五、六メートルはあった。
マリタも続いて乗船し、内容物が教会への献上品か確認していく。
クラウディアとシルヴェスターは、船着き場に留まった。岩でできた足下には小舟を停めるための杭が打ち込まれている。杭にはロープが結ばれており、小舟と繋がっていた。
洞窟の、そして海への出口は、小舟の全長と同じくらいの半径でぽっかり口を開けている。やや横幅のほうが広い。
ただ反対側の壁際には、海底から突出した岩があるため、船を動かせる幅は四メートルほどだろうか。
大きな潮流はないものの、暗い海は、深さが計り知れない。
マリタにシルヴェスターが問いかける。
「犯人は海へ逃げたので間違いなさそうか?」
「変装が得意な怪盗なら、何食わぬ顔で主館に戻っている可能性もありますけど、どうしてですか?」
「なに、腑に落ちぬことがあってな」
罠が設置されていた落とし扉。
備品置き場からなくなっている浮き袋。
残されたコスタスとマリタ。
今までの状況は、犯人が海に逃げたことを示していた。
だが、ここに来て小舟が登場する。
「海へ逃げたのなら、小舟を使うのが道理ですわよね?」
時間は稼いでいたはずである。
ここに来て、目当ての財宝を放置していく理由がわからない。
「せやな。自分なら船に乗って逃げるわ」
「船だと見付かりやすいと思ったんじゃないでしょうか?」
「あー、財宝より、自分が逃げ切ることを優先したわけか」
シルヴェスターはクラウディアに目配せする。
二人が描いている犯人像は同じだった。
「しかし、どうも私には第三者がいたとは思えぬのだ」
「シルヴェスター殿下は、怪盗がいなかったとお考えなのですか?」
「いないとは言わぬ。王族の耳に入っているくらいだ。怪盗がナイジェルの隠し財産を狙っているのは事実なのだろう」
城塞都市に潜入しているのも。
「だからといって、必ずしも怪盗が犯人だとは限らぬのではないか?」
「すみません、わたしにはよくわかりません」
「そう言ってくれるな。君の証言が頼りだ」
先に伝えておこう、とシルヴェスターが続ける。
「リーウェイ殿下も含め、私たちは怪盗が犯人だと思って捜索していたわけではない」
ナイジェルの遺産の隠し場所を知っている者が、犯人だと考えていた。
マリタの証言では、怪盗も該当するが――。
「マリタ、君の証言が『ないほうが』、色々としっくりくるのだ」
「どういうことでしょうか?」




