24.悪役令嬢は最下層へ下る
昼食を取ったところで気付く。
「トリスタン様の姿がありませんわね?」
「まだ頑張っているようだ」
外での確認を任されたまま、戻っていなかった。
「片手で食べられるものを運んでもらうか」
さすがに昼食抜きは気が咎めたようで、シルヴェスターが使用人に頼む。
「側近といえども大変やねぇ。トリスタン様も貴族のご令息ですやろ?」
人を顎で使う立場やと思ってました、とリーウェイは丸眼鏡のブリッジを押し上げる。
クラウディアたちより遅れての昼食だったため、彼はまだ食べていた。
明るいところで改めて見ると全身しっかり汚れており、急遽体を拭くためのお湯を用意してもらったりしたためだ。
身だしなみを整え終えた今は、さっぱりしている。
髪だけは乾ききらず、若干湿り気があった。
リーウェイが食べている間に、ラウルたちから報告を聞く。
「こっちは特に目立ったことはない」
「使えない奴め」
「手応えがなかったのは、そっちも同じだろうが。これでもできる限り話は聞いて回ってるんだ」
王族からは昨日聞いたので、今日は主館で働く使用人を調査対象にしたという。
「オマエたちみたいに好き勝手には動けなくとも、主館内は比較的に自由だった」
客室のある階はもちろんのこと、一階も食事で使うからだ。
地下と別棟へ行くのは止められたとのこと。
レステーアが発言を引き継ぐ。
「メイユイ殿下の骸骨騒ぎにも何か背景があるんじゃないかと思いまして、昨夜働いていた方から話を伺いました」
「新しいことは聞き出せて?」
「ご期待に応えられず断腸の思いですが、目新しいことはありませんでした。申し訳ありません」
頭を机に擦り付ける勢いのレステーアに顔を上げさせる。
ここで何か急展開があるとも思っていなかった。
「その誠意を少しはオレにも向けられないか?」
「ラウルへも誠意を持っていますけど?」
「冗談はほどほどにしてくれ」
スラフィムは、マリタが人徳者だったことを告げる。
「使用人の中で、彼女を心配する声が絶えません。特に女性には、数年前まで効き目のある痛み止めを融通していたそうです」
教会の伝手で、一般人より薬が手に入りやすかった。
「女性に」と聞き、クラウディアは生理痛を思い浮かべる。個人差はあるものの、痛み止めがあるとないでは大違いだ。
「数年前まで、ですのね?」
「仕入れ先が取り扱いをやめたと使用人は聞かされていました」
ラウルと軽口を叩いていたレステーアが、そうだ、とこぼす。
「あっと驚く情報はありませんでしたが、夜遅くまで働いていた大工か石工がいたそうです。誰かはわかりませんが、滑車の音がしていたとのことで。可能性があるなら、メイユイ殿下はこの音を誤認されたのではないかと思います」
あり得る話だった。
緊急性のある修繕なら、夜間でもおこなわれる。
(主館の修繕は全て終わっているという話だったけど)
見落としがないとは言い切れない。
修繕の責任者に確認すれば、裏も取れそうだった。
話を通すと、こと主館については国際会議中、すぐに対応できるよう責任者は隣の別棟で寝泊まりして常駐していた。
確認が取れたタイミングで、リーウェイの食事が終わる。
「えらいお待たせしましたぁ」
「では捜索を再開しよう」
シルヴェスターの号令で、席を立つ。
トリスタンが戻ってくる気配はなかった。
◆◆◆◆◆◆
地下二階にある舞台横を通り過ぎ、海側にある緩やかな坂を下る。
「雨が止みましたわ」
昼食前に比べて、窓から差し込む光量が増えていた。
覗き込んでみると、薄くなった雲の間から光の筋が漏れている。
「この調子で天候が回復すれば、明日の午後には船が出せるかもしれません。海のことなので、確約はできませんが」
引き続きランタンを掲げ、先頭を歩く教会の騎士が言う。
地下三階へ着けば、今度は内陸側にある坂へ。
地下四階に到達しようとしたところで、先が真っ暗になっていた。こちらには窓がない。
「燭台の火が消えているようですわね」
「少々お待ちください」
ヘレンが一つ前の燭台から火のついたロウソクを持ってくる。
しかし灯す前にシルヴェスターから待ったがかかった。
「皆、動かずに静かにしてほしい。何か聞こえないか?」
クラウディアはヘレンと顔を見合わし、耳を澄ます。
先に誰かいるのだろうか? それとも見回りの時間で下りてきている人がいるのか。
後ろから火を取ってきた途中だったので、坂の前後は闇が支配している。
騎士の持つランタンだけが救いだった。
「……」
シルヴェスターの気のせいだったのか、足音や衣擦れの音は特に聞こえない。
何とはなしに、ヘレンが火のついたロウソクを内陸側の壁に向けたときだった。
ゴッゴッと不穏な物音がし、ヘレンが「ひぃっ」と飛び退く。
どう考えても自然に人が出す音には思えず、クラウディアはヘレンと体を寄せた。
「何者だ!」
先頭にいた騎士が声を上げるも返答はない。
ゴッゴッと音は鳴り続ける。心なしか近付いているように感じられた。
シルヴェスターが音の出所を探す。
「外側の壁か」
「どういうこっちゃ? ほんまに地下の化け物がおるんか?」
島に伝わる怪談。
実在すると信じ切れないリーウェイは、壁に耳を押し付けた。
そのとき。
「うわぁっ! こいつ、足を噛みよった!?」
「ふざけてる場合か」
「ほんまやって! あ、足に、なんか!」
いつもとは違う真剣な声に、皆、壁から距離を取る。
ヘレンに至っては、力強くクラウディアを抱き締めていた。
――ゴッ、ゴッ!
大きくなった音と共に訪れた異変を、全員が目撃していた。
「壁が、動いてますの?」
壁の一部が迫り出てきている。
地下の化け物とは、壁の化身だったのか。
あり得ない現象に、クラウディアは固唾を呑む。
――ゴッ、ゴッ!
更に壁が動き、中から影が現れる。
「きゃぁああ!」
叫んだのはヘレンだった。
騎士が棍棒を構えるも、心なしか震えている。
壁の中から、ぬっと姿を現したものの正体は。
「やっと出られたー!」
土に汚れたトリスタンだった。
汗を拭う手には、金貨が握られている。
「なんや、拍子抜けやな。ほんまに隠し部屋があったんかい」
島内を一通り調査した教会が、睨んでいたとおりだった。
奇想天外な顛末でなかったことに、リーウェイは拍子抜けしたようだ。
聞こえてきた不穏な音は、トリスタンが中から石壁の一部を押し出す音だった。
外れた石壁は、足下から成人の腰の高さぐらいで四角く切り取られている。
よく見れば左右にそれぞれ二か所穴があり、本来はここに取っ手を差し込んで使うのかもしれない。
「声をかけずにすみません。穴から光が見えて、ようやく終点に着いたのだと必死でした」
安心したヘレンは、クラウディアから離れ、手際良く燭台を灯す。
騎士が持つランタンによって照らされたトリスタンは疲労困憊だった。
「ずっと中腰で疲れましたよ」
「ご苦労だった。まずは予想が当たったことを喜ぶか」
シルヴェスターの指示で、朝から雨の中、ずっと外でトリスタンは行動していた。
髪も土まみれになっており、ガシガシと大雑把に汚れを落とす。
ポケットにブラシを常備しているヘレンが手伝いを申し出、辛うじて顔の汚れは落とせた。
トリスタンは全体的にしっとり濡れており、靴に至っては泥まみれだ。
彼はどこから来たのか。
「隠し部屋というか、隠し通路ですね。こちらに通ずる、坑道がありました」
まさかこんなところに、と騎士が坑道を覗き込む。
奥のほうでは日が射していた。




