21.悪役令嬢は婚約者の部屋を訪ねる
夕食後の捜索は、安全を重視して控えられた。
日中に比べ、足下がより暗くなるからだ。
ランタンを持って捜索したところで、見逃しが多くなることも危惧された。
部屋で休んでいたクラウディアは、窓の外を見る。
「雨はましになってきたわ」
「明日には船が出せると良いですね」
元々四日目の朝に帰る予定だった。
捜索についても、本島の協力があることに越したことはない。
「結局わたくしたちでは、どうにもできないのかしら」
つい弱音が漏れる。
本島の警ら隊に任せるのが一番ではあった。
「わたしは何もしないよりマシだと思います」
クラウディアたちが動かなければ、捜索自体されないのだと、ヘレンは語る。
「たとえ僅かでも見付かる可能性があるなら、動いたほうがいいのではないでしょうか?」
「そうね、ゼロで終わるかは、終わってみないとわからないもの」
「仮にゼロでも、動いてくれる人がいるのといないのとでは、変わるものがあると思います。何が、と具体的に言うのは難しいですけど」
言わんとしていることは伝わった。
もし自分が被害者の立場なら、動いてくれる人がいるだけで心が救われる。
キールと共に軟禁された幸せの村でも、異端審問でも、シルヴェスターをはじめ、信じられる人がいたから心を強く持てたのだ。
「ありがとう、ヘレン。励まされたわ」
気持ちが前向きになったところで、寝る前にシルヴェスターと話そうと決める。
一つ気になっていることがあった。
部屋を訪ねると、先にいた珍客の存在に、思わずクラウディアは目を見張る。
「わぁ、もしかして自分の思いが伝わったんかな?」
「それはない」
リーウェイも驚きの表情と共に、クラウディアに入室を促した。
そっとクラウディアは、シルヴェスターの隣に座る。
「ああ、つれない……!」
「他に選択の余地はあらぬ」
「いやぁ、でもタイミングはバッチリやね!」
状況が呑み込めず、クラウディアは説明を待つしかない。
「ほんまはクラウディア嬢の部屋を訪ねたかったんです。でもさすがに実行したら、シルヴェスター殿下に殺されかねんので、こちらにお邪魔しました」
「リーウェイ殿下も、捜索に参加されたいとのことだ」
「許可はもらってます!」
リーウェイは単身で訪れているのもあり、一緒に行動するならとケントロン国の王太子から許可が出たという。
主催者としては、まとまってくれているほうが助かるのだろう。
(シルに問題児を押し付けたという見方もできるけど)
東洋の国で問題になっているキラー種の話が伝わっていれば、王女たちと離しておきたいのも頷けた。
(キラー種について、わたくしたちのところへ話を持ちかける気はないのかしら)
教会の目があるからかは定かではないものの、国際会議の場でリーウェイが、キラー種を宣伝することはなく、個別に勧められることもなかった。
ファンロン王国にしてみれば、売れるに越したことはない苗だ。
中でもハーランド王国は、農業大国である。
(大国を巻き込むことに尻込みしてる……のも考えられなくはないわね)
現在、東洋の国の間で下剋上を計っている真っ最中である。
他に目をくれている暇はないのかもしれない。
クラウディアの考えをよそに、リーウェイが参加したい理由を告げる。
「自分は二人の失踪について、ナイジェル枢機卿の隠し財産が関係しとるんとちゃうかって考えてるんです。今日一日で二人が見付かってへんのもおかしな話やと思いません?」
クラウディアも気になっていたことだった。
捜索する人員がいないとはいえ、人の往来はある。
何か不審な点があれば、報告が上がってくるはずだ。
「少なくとも目の届く範囲に、二人はおらんかったちゅーことや。もう海の底とかやったら探しようがないけど」
最悪の可能性だが、リーウェイは選択肢に入れてなかった。
「あの豪雨の中、一人ないしは二人を運び、海に捨てるのは無理やと思います」
城塞の地下にある脱出用の船着き場を使えば、外に出る必要はないが――クラウディアは悪い考えを振り払う。
海が荒れていて、船着き場に近付くには犯人も危険が伴う。
「それにほら、城塞都市には二人が消える前から見付かってないものがあるやん? ほんまに存在するか確信はなかったけど、二人が消えたことで、これが証拠にならへんやろか」
「財宝と同じ場所に、二人は隠されているということですか」
「そのとおり! どうや、悪くない線やろ?」
つまるところ、リーウェイの狙いは、ナイジェルの遺産のほうなのである。
捜索で二人の行方がわかれば、自ずと財宝の在りかもわかる、という寸法だ。
「自分としては家宝をどうしても取り戻したいんや。もし捜索で見付けられたら、クラウディア嬢のことは諦めてもええから!」
「捜索にかかわらず諦めてください。私の婚約者です」
「わかった、じゃあ捜索以外では近付かんようにするから! 頼みます」
手を合わせるリーウェイに、シルヴェスターは溜息をつきそうになるのを堪える。
「すぐにお答えするのは難しいので、明日の朝まで待っていただけますか?」
「了解や。良い返事を期待しとります」
したい話ができたからか、リーウェイは上機嫌で席を立った。
「ほな、クラウディア嬢もおやすみ」
「ゆっくりおやすみくださいませ」
同席したものの、クラウディアが発したのはこの一言のみだった。
リーウェイを見送り、シルヴェスターと向き合う。
「どうしてここまで絡んで来られるのかしら?」
ミンユーは、リーウェイの狙いはクラウディアだったと言うけれど、分が悪いにもほどがある。
キール種によって強気に出られるのは、東洋の国に対してのみだ。
それに今の話を聞いた限りでは、クラウディアより家宝のほうに重きを置いていた。
「君が魅力的なのは、私も認める」
言いながら、シルヴェスターはクラウディアの手を握る。
応えるようにクラウディアも指を絡めた。
「でも違和感がずっと拭えないのです」
「どういったところが?」
「リーウェイ殿下の資料では、好色とありました。本人も認めていらっしゃいますが、その割には下品な視線を感じませんの」
胸などのボディラインへ、人並みには視線が動く。
人並みには。
「顕著に思えたのは、抱き上げられたときですわ」
「あの奇行のときか」
奥行きの浅い洞窟で、バランスを崩した拍子に横抱きにされた。
「シルもいたので、すぐに降ろされましたけど、本当にただ抱き上げられただけでしたの」
いやらしく体を撫でられることもなかった。
逆にクラウディアのほうが、男性で間違いないと肉付きを確認できたほどだ。
「本国とは違い、人目を気にして自制されているのであれば、度を超した行動はあるものの理性的といえます」
ミンユーも実際に話してみると、印象が変わったと言っていた。
前情報の内容は、ハーランド王国とチューチュエ王国で大差なかったのである。
「まるで別人のよう、か?」
「今回が初対面である以上、断定はできませんわ。ただ細かい違和感が積み重なってはいます」
シルヴェスターの言わんとしていることはわかる。
もし怪盗が変装して潜入するなら、単身で来ているリーウェイが狙い目だ。
「私も引っかかっていたことがある。王族特有の傲慢さを、彼からは感じぬ」
絶対的、王者。
王族に生まれたからには、大なり小なり持ち合わせているもの。
「時には慢心を呼ぶことすらあるが、ディアが言ったとおり、彼は理性的だ。こちらの気配を観察し、引き際を心得ている。外交に長けているスラフィム殿下とも違う気配だ」
目には見えない微妙な差異。
それがあるからといって、違うとも言い切れない。
唯一、面識のあるショワンウー王国の王太子は、リーウェイの行動に眉をひそめはするものの、別人とまでは思っていないようだった。表面上のやり取りだけで、見抜けるかは怪しいところではあるけれど。
「明日の朝、どうお答えする予定ですか?」
「前回と一緒だ。怪しいからこそ、見えるところで監視する」
「わたくしも異論ありませんわ」
シルヴェスターがクラウディアの体を引き寄せようとしたところで、待ったがかかる。
「あのー、僕も一応います」
向かいのソファーに座るトリスタンからだった。
「いたのか」
「会話の邪魔をしないように黙ってたのに、この仕打ち! いいです、もう寝ます。明日は体力を使いそうだし。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
ちょうど良い時間だからと、クラウディアも席を立つ。
「なんだ、戻るのか」
「頭を休ませるためにも、美容のためにも、睡眠は大事ですわ。シルもゆっくりおやすみなさいませ」
「せめて部屋まで送らせてくれ」
といっても隣なので、ドアを開けたらすぐの距離である。
その数メートルの時間を、シルヴェスターは惜しんだ。
自室に入り、クラウディアはドアの枠組みを挟んでシルヴェスターと対峙する。
シルヴェスターは身長差から頭を前傾させた。
さらりと銀髪が目元に落ちる。
その奥には、とろりと甘い黄金の瞳があった。
柔らかな笑みを向けられ、お尻がそわそわする。落ち着かない。
「では、また明日」
自分だけに向けられた特別な声音に、少し息を呑んだ。
トクトクと心拍が速くなり、全身に血が駆け巡る。
気温的には肌寒いのに、熱に浮かされながらクラウディアは答える。
「はい、改めておやすみなさいませ」
「おやすみ」
軽く唇を重ねて別れた。
ドアを閉じても、その場からすぐに動けない。
ヘレンに声をかけられて、ようやく我に返った。
慌ただしい一日だったけれど、今夜は淡い熱に包まれてよく眠れそうだ。




