12.悪役令嬢は婚約者の背中に隠れる
クラウディアたちは昼食後に出直そうと、城塞に戻った。
広間一階で昼食をとり、クラウディアはヒールのない靴に履き替える。
「気が利かず、すみません」
「ヘレンのせいじゃないわ。ちゃんと靴は持ってきてくれていたじゃない」
ヒールの靴になったのは、ピンクのワンピースとの相性を考えた結果だった。
今回はコーディネートより、実用性を重視する。
もしかしたら必要になるかもしれないと、踵がぺたんこの靴も用意してくれていたヘレンは優秀だ。
「荷物も減らさないといけなかったでしょう?」
ケントロン国本島まではいいが、離島へ行くのに制限がかかるのは人数だけではなかった。
人が少ない分、運ぶ荷物の量も限られる。
「本島に残っている侍女たちと相談して決めました。彼女たちの功績でもあります」
「ふふ、本島のほうでお土産を用意できると良いわね」
自分だけの手柄にしないところがヘレンらしい。
シルヴェスターと落ち合い、主館の玄関先に出る。
二層目をあまり散策できなかったため、もう一度見て回る予定だった。
クラウディアは、手で影をつくりながら空を見上げる。
雲一つない青空。
髪をなびかせる、強めの風が心地良い。
「馬車を頼んだのだが、全て出払っていた。連絡がつき次第、回してもらえるというから少し待とう」
隙間なく隣に立ったシルヴェスターが言う。
礼拝堂と同じく、軒先にベンチが置かれており、そこへ腰を下ろす。
随所にベンチがある理由は、すぐに判明した。
「乗合馬車もあるが、そちらも時間が合わなかった」
島民の通勤のため、島を回る定期便が出ていた。
軒先にあるベンチは、乗合馬車を待つためのものだった。
大人しく待っていると、本日二度目の人物が中庭から姿を現す。
「最早、一番に財宝を発見した人が名誉を得られるような空気やなぁ。皆さん張り切っておられることで」
ナイジェルの隠し財産を見付けた際には、全て教会に寄付すると言ったメイユイの言葉を皮切りに、見付けることが教会への寄付になるという流れになっていた。
先ほどのことがあったというのに、懲りずに絡んでくるリーウェイには苦笑が浮かぶ。
シルヴェスターは警戒して、クラウディアの腰を抱くと距離を取った。
「おや、シルヴェスター殿下も我が国の流行り病が心配ですか? 自分は罹患しとらんから安心してください」
「何の話でしょう?」
穏やかにシルヴェスターは微笑む。彼はクラウディアに触れてほしくないだけだ。
リーウェイの発言で、クラウディアはファンロン王国で、時には大流行する病があるのを思いだした。
「そりゃ毎年のことですから、気になるのも仕方ないけどね。いうて症状が重い風邪みたいなもんやから、体力があれば死なへんよ。流行するんも、まだこれからやし。この島で昔流行ったっていうのと別もんなんは確かです」
「なるほど、貴殿の国の事情は理解した。だが、己の行動の結果を、そちらに責任転嫁するのはいかがなものか」
「これは手厳しいなぁ!」
自分は美しいもんが好きなだけなんやけど、とリーウェイはクラウディアと目を合わせる。
シルヴェスターはその視線すら遮った。
「まぁまぁ、そうカッカッせんといて? 今回は相談に来たんです」
「よく持ちかけようと思いましたね」
互いに笑顔で話しているが、空気は重苦しい。
それでもリーウェイは意に介さず調子を保ち続ける。
「ほら、こう姿勢がしっかりしてる人のほうが、頼りがいがありますやん?」
どういうつもりなのか皆目見当がつかなかった。
(メイユイ殿下やミンユー殿下は候補に挙がらなかったのかしら)
彼女たちは前言を撤回して、一緒に行動していた。
初志貫徹しない行動をリーウェイが見抜いたのか。
「話を聞くだけ聞きましょう」
何もわからないよりは良いと、シルヴェスターは判断したようだった。
リーウェイは、望むものはただ一つだと語る。
「流行り病が大流行した際に、うちのとこにもナイジェル枢機卿が来たんです。色々と相談に乗ってもろたお礼に、家宝の一つを寄贈しました。あとから判明したんやけど、それが教会へは渡ってなかったんです」
話の途中、リーウェイが「枢機卿」と呼んだのが気になった。
(除籍されたのを、ご存じないのかしら?)
平民となった人物を枢機卿と呼ぶのはおかしい。
教会が除籍についてだけ、あえて伝えていないのか。
(情報の精度は、教会の本拠地との物理的な距離に左右されるということかしら)
指摘はせず、リーウェイとシルヴェスターの話を聞く。
「彼が横領したとお考えですか」
「他に考えようがありません。ナイジェル枢機卿にも十分なお礼はお渡したのに、家宝までって酷い話やと思いませんか?」
ファンロン王国としては、教会なら丁重に扱ってもらえるだろうと家宝を寄贈した。
なのに個人の懐に入れられるとあっては、話が違う。
「自分の目的は、不当に奪われた家宝を取り戻すことなんです」
「教会に伝えれば済む話ではありませんか?」
「せやけど、そう綺麗にことが収まるとシルヴェスター殿下は考えられますか?」
一度あったことが二度ないとも限らない。
別の修道者に奪われては目も当てられないとリーウェイは言う。
「自分の目で確かめ、主張するために、自分はここに来たんや。そのためには、まず財宝を見付けんと話にならんやろ? 自分一人では到底無理や」
「わかりました、発見した際にはリーウェイ殿下に一報を入れましょう」
「待って待って。一緒に探してほしいって話ですやん」
このとおり! と手を合わせながら訴えるリーウェイを、シルヴェスターは半目で見る。
「こちらの利がありません」
「三人寄れば文殊の知恵って言うやん。自分も頑張るから! ほら、あの噴水なんてどうや?」
リーウェイが指差したのは、中庭の中央にある噴水だった。
「あれは近年つくられたもんや!」
島の出身である近衛のコスタスに確認すると、島にいた頃にはなかったものだと認めた。
「せやろ? 噴水なんて、城塞には必要ないもんや。わざわざつくるなんて怪しいと思わん?」
「リーウェイ殿下は、あの噴水に隠された仕掛けでもあるとお考えですか?」
「壊してみやなわからんけど」
「壊さなくてもわかるでしょう」
仮に隠し財産があったとして、取り出すたびに壊すようでは目立って仕方ない。
隠されている可能性は極めて低いとシルヴェスターは話す。
クラウディアは吹き上げる水へ視線をやった。
(羽振りはいいのでしょうね)
噴水をつくるには多大なコストがかかる。あとから設置したくらいだから、ケントロン国の懐が余程潤っていることが窺えた。
近年、ハーランド王国でも貴族の屋敷は、防衛より優美さを重視している。昔はヴァイキングなどの脅威があったが、今はないためだ。
ケントロン国もこうして他国の貴賓を招待するにあたり、城塞を彩ろうと考えても不思議ではなかった。
(城塞都市を観光資源にする予定は十分ありそうだわ)
その試金石として、国際会議の開催が決まったのかもしれない。
教会が背後にいる限り、ケントロン国が戦争を仕掛けられることはないのだから、城塞内部を秘密にしておく必要性は薄れる。
リーウェイとの会話は全てシルヴェスターが受け持ったため、クラウディアはことの成り行きを見守った。
「こちらの噴水は空気圧を利用したもので、地下部分の機構には密閉性が求められます。何かを隠しておく余地はありませんよ」
「おおお、機構についてご存じとは、シルヴェスター殿下は博識やね」
「貴殿は疑う前に、まず調べられたらどうですか」
「噴水は候補から除外、と。これでも自分なりに情報は集めてるんやで? この調子で助けてもらえんやろか?」
話の内容から、彼なりに動いていることは察せられた。
昔、島で流行り病があったのは、クラウディアたちも修道者のマリタから聞くまで知らなかったことだ。
こうしてしぶとく声をかけてくるぐらいだから、他の一団とも話しているだろう。
「まず相談させてください」
「ぜひぜひ! 前向きな返事を期待しとります。喉が渇いたんで、一階の広間で待ってますわ」
リーウェイを見送り、円陣を組む。
「正直、同行させたくないが、放っておくのも気味が悪い」
「知らないところで何をするか、わかりませんものね」
婚活を理由に、またメイユイとミンユーをけしかけてこられては困った。
トリスタンが答えを出す。
「怪しいなら、せめて見えるところで監視するってわけですね」
「ディアもそれで構わないか? 君が嫌なら断る」
「大丈夫ですわ。シルが守ってくださりますもの」
警戒レベルが上がっているので、もう油断もない。
「すぐに答えるのは癪だから、このまま雑談して待たせるか」
「名案ですわね。シルはどこで噴水の機構をお知りになったのです?」
「子供心に興味を持って調べたことがある。そのときのものと、中庭のものの形状がちょうど同じだったのだ」
縦に三層空間をつくり、一層目から三層目へ水を落下させ、三層目の空気を二層目へ送る。そこで生じた空気圧によって二層目の水が一層目へ送り出されるという仕組みだった。
「この水力装置では二層目の水がなくなったら噴水は止まる。継続させるには、水の追加が必要だ」
技術的には問題ないと近衛のコスタスが請け負う。
「城塞には雨水を濾過して使う井戸が複数存在しています。地下もそれなりに開発されていますから、既にある空間と繋げれば難しくないでしょう」
採鉱師であるコスタスの先祖は、正に城塞がある岩山で採鉱をおこなっていた。
築城にも何代にもわたり貢献したという。
弟子に受け継がれたとはいえ、直系の口伝が失われたのは寂しい話だった。
「コスタスは島に戻る予定はありませんの?」
「ありません。ここは、過去の遺物が残るだけの島ですから。自分は、未来ある人々をお守りすることに生涯をかけたいのです」
マリタが家業を継げなかったことで、腹が決まったという。
「マリタの家は、採鉱師などの職人を統括する立場でした。彼女は才能に溢れ、同年代の誰よりも技術を持っていた。石の切り出しも自分より上手かったほどです。けれど女性だという理由だけで、家を弟子に譲るしかありませんでした」
ケントロン国に限らず、女性が家を継ぐのは難しい。
ハーランド王国では調香師のマリリンなど起業している女性もいるが、誰でも簡単にできることではなかった。
ただマリタの選択には納得しているという。
「昔から正義感が強かったんです。自分は泳ぎが苦手だったんですが、よく練習にも付き合ってくれました」
二人の仲が良かったことは、会話から察せられた。
「子どもの頃のお二人を想像すると微笑ましいですわ」
「同い年で、家も近かったので、あの頃は一緒にいるのが普通でした。お互い秘密を打ち明ける程度には信頼関係がありました。修道者の道を進むと聞いたときは、一番に応援したぐらいです」
話ながらコスタスが遠くを見る。
「世代が変わっても、昔から同じことの繰り返しで、この島には変化が生まれません。薄情者だと思われるでしょうが、自分にはハーランド王国が眩しく映りました」
「おかげで私は優秀な人材を手に入れられた」
シルヴェスターの言葉に、コスタスは恐縮です、と頭を下げる。
王太子の護衛を任されるほどだ。コスタスにとって近衛は天職だった。
「さて、そろそろいいか」
話が一区切りついたところで、シルヴェスターがリーウェイを呼ぶ。
リーウェイは、ちょうどグラスを二杯空けたところだった。




