41.悪役令嬢は予想を裏切られる
シルヴェスターと二人で会う方法は、案外すぐに浮かんだ。
もちろん護衛は数に入れないし、密室もクラウディアのほうで却下する。
その名も、『城下視察中に偶然会っちゃいました作戦』。
ネーミングは適当である。
生徒会室で、王城でもシルヴェスターが執務にあたっているのを聞いて思いついた。
王族はよく慰安目的で、孤児院などを視察したり、地方へ赴いたりする。
王太子であるシルヴェスターが、現状地方へ赴くことはないけれど、それでも王都の孤児院を視察していることは、クラウディアの耳にも届いていた。
王家は国民の声に耳を傾けるため、安全が確保された上での視察を奨励している。
それに便乗する形だ。
お忍びで視察するシルヴェスターに、街へ出かけていたクラウディアが偶然出会うという筋書きだった。
手紙で連絡するなり、すぐスケジュールに城下視察を組み込んだシルヴェスターは、相当心労が溜まっていたのだろう。
あまり間を置くことなく、当日を迎えた。
(わたくしをからかって癒やされたいなんて……お兄様にも加減するよう言ったほうがいいかしら?)
王城でも、学園でも仕事をするとなれば、疲れないほうがおかしい。
支度の中、思案するクラウディアの横で、ヘレンが拳を握る。
「いつにも増して気合いが入りますね!」
「いつも通りでいいのよ? じゃないと視察を知った上で、特別な支度をしたってバレてしまうわ」
街へは護衛の他にヘレンも同行するので、シルヴェスターと会うことも伝えてあった。
人目がある分、余った精力が暴走することもないだろう。
澄んだ空をイメージした水色のワンピースに、つばの広い白色の帽子を被る。
クラウディアにしては珍しい淡い色合いだ。
しかしそれが黒髪を際立たせ、長い髪が体のラインを強調した。
最近ではクラウディアの意図を侍女たちが汲んでくれるので、全て任せている。
(シルヴェスター様は、どんな格好をされるのかしら)
お忍びなので、いつも通りではないはずだ。
けれどクラウディアすら見惚れてしまう美貌を、簡単に隠せるとは思えない。
(街中で仮面は、かえって目立つわよね?)
街、といっても正確には貴族しか入れない貴族街だ。
各通りには警備兵が常駐し、不審なものがいれば職質を受ける。
そのおかげで公爵令嬢であっても、侍女と護衛が一人ずついれば事足りた。
支度が終われば出発だ。
大通りを馬車で進み、指定されたブティックを目指す。
到着すると、奥の部屋へと通された。
貴族街の小売店には、上級貴族用の部屋が設けられていることが多く、人目を避けたり、時間をかけて商品を選びたいときに重宝する。
「やぁ、待っていたぞ」
「シルヴェスター様……」
挨拶も忘れ、クラウディアは目の前の光景に愕然とした。
待ち合わせ場所に指定されたブティックは、クラウディアも利用したことがあり、奥の内装も知っている。
(ここって婦人服や小物を取り扱うお店よね?)
部屋に用意された、記憶にはない大理石の長机を見て混乱する。
机の上にはお菓子や軽食が並び、三段重ねのケーキスタンドが用意されていた。
視線を横へ移せば、色とりどりのケーキが並ぶショーケースまであり、カフェさながらである。
中でも一番気になるのは、普段と変わらない姿で、二人掛けのソファに悠然と座っているその人だった。
ただ護身のためか剣を携えている。
剣の柄には、王家の紋章が輝いていた。
「お忍びの概念が覆されますわね……」
見知った美貌を晒し、微笑むシルヴェスターは変装など一切していなかった。
「濃い色の装いも印象的だが、淡い色も似合うな」
「ありがとうございます。シルヴェスター様も、いつもと変わらず素敵ですわ」
「ならばよかった。とりあえず座ったらどうだ?」
といわれても、腰を下ろせそうな場所は、シルヴェスターの隣しかない。
本来なら一人掛け用の椅子もあったはずだが、何故か撤去されていた。
戸惑うクラウディアに、シルヴェスターが隣をぽんぽんと叩く。
他に選択肢はないらしい。
帽子を外し、できるだけ距離を置いて座れば、もっと近くに、と重ねて言われる。
足が触れ合うようになって、ようやくシルヴェスターは満足した。
(おかしいわ。こうならないように視察を提案しましたのに)
ヘレンや護衛は室内に残っているものの、空気を読んで壁際へと移動し、存在感を消している。
しかも密着具合でいえば、馬車の再来だった。
シルヴェスターの息遣いが聞こえてきそうな距離に、体が動かなくなる一方で、心臓だけが忙しない。
ふいに腰へ腕が回されれば、ひゃっと声が漏れて、慌てて両手で口を塞ぐ。
(どこの生娘の反応よ!? ……そういえば、わたくしまだ正真正銘の生娘だったわ)
異性に不慣れな今の体が憎い。
シルヴェスターとはダンスもしたというのに。
胸が密着したこともあれば、腰に腕を回されたこともある。
はじめてではないのだからと気を静めようとするけれど、体は熱を持つ一方で焦りが募った。
「……これは予想外だったな」
溜息混じりの声に、シルヴェスターを仰ぎ見る。
どうやら腕を回したほうの彼も動揺しているようで、片手で顔を覆っていた。
「生殺しにもほどがある」
漏れ聞こえた声に、自滅を察する。
きっとからかうつもりが、若さのせいで性欲が顔を出してしまったのだろう。
これを解決する方法は一つしかない。
「シルヴェスター様、お放しください」




