04.悪役令嬢は知己と歓談する
城門を抜けた先には、中庭が広がっていた。
芝はなく、一面に石畳が敷かれ、礼拝堂の隣に立つ大木が唯一の緑だった。
地面から建物に至るまで同系色の石材が使われおり、物々しい雰囲気が拭えない。
馬車は、中央にある噴水の横を通り過ぎ、住居にあたる主館の玄関先で停まった。
「建物が分かれていますのね」
「王族の住まいというより、要塞の側面が強いようだ」
遠目には一つの塊に見えた王城だが、中に入ってみると主館や礼拝堂、主塔などは独立していた。それらをぐるりと城壁が囲っている。
主館は四階建ての屋敷で、紺碧の三角屋根が空によく映えた。
一棟だけ隣接する別棟がある。
「現在では催しがあるときのみ、王族が滞在すると聞いている」
城塞都市は堅牢だが、利便性に難があった。
本島のほうが外部とやり取りしやすいため、王族がメインの住まいをそちらに移して久しい。
玄関で来訪を告げると、クラウディアたちは一階の広間に通される。
戦時中は会議室として使われる広間だが、現在は来客用のスペースになっていた。
白漆喰の壁に、床材として板が敷かれている。
柱ごとに木造の長机が置かれ、等間隔に九つあった。
広間内の木材は全て暗褐色で、柱から床、長机や椅子に至るまで、長い歳月によって角が取れており、表面は滑らかで艶やかだ。
落ち着いた色合いの空間には、見知った顔が並んでいた。
入ってすぐの長机に集まった面々に、クラウディアは顔を綻ばせる。
「先にお着きでしたのね」
「お久しぶりです。生誕祭以来ですね」
アラカネル連合王国のスラフィムが応える中、向かいの席に座るバーリ王国のラウルがおう、と手を挙げる。隣にはレステーアの姿もあった。
異端審問の都合で、一か月遅れの開催となったクラウディアの誕生日パーティー。
皆、それ以来の再会だ。
着席を勧められ、先にシルヴェスターがジャケットを脱ぎ、珍しくレステーアの隣に腰を下ろす。次いでクラウディアも席に着いた。
ラウルが頬杖をつき、シルヴェスターへ顔を向ける。他に来客の姿がないのもあって、態度は砕けていた。
「お前、わざとそっちに座っただろ」
「近い位置を選んだだけだが?」
一列の並びは、ラウル、レステーア、シルヴェスター、クラウディアの順だ。
必然的にラウルからクラウディアの姿は見づらくなる。
バランスを考えるなら、ラウルと向かい合わせのスラフィムの隣に座ったほうが良いのは誰の目にも明らかだった。
シルヴェスターとラウルの小競り合いには付き合わず、クラウディアはスラフィムに話しかける。
「こちらの気候には慣れましたか?」
「ええ、先に近隣国へ寄港していたのもあって、体調は崩していません。ただ暑さには慣れませんね」
アラカネル連合王国は、ハーランド王国より北に位置し、夏は避暑地として重宝されるくらいだ。
自国とは真逆の気候に、スラフィムは薄手のシャツ姿で、ジャケットは脱いでいた。長い金髪は後ろでまとめられている。
席へ着く前にシルヴェスターがジャケットを脱いだのは、スラフィムと装いを合わせるためだろう。
ラウルとレステーアは気兼ねなく、二人ともゆったりと膨らみのある半袖のシャツを着ている。ラウルに至っては相変わらず褐色の胸元をはだけさせ、鎖骨を見せていた。温暖な自国と変わらない姿なのが察せられる。
そんな彼から、あっと声が上がる。
「そういえば船着き場でリーウェイ殿下に会わなかったか?」
「会ったが?」
「もしかして、まだ船着き場にいるのか?」
どうやらクラウディアたちと会う前に、ラウルとも会っていたらしい。
そのときも馬車を譲ったという。
「このままじゃ、到着がいつになるやら」
クラウディアはラウルたちの後ろに控えている近衛と侍従を見る。彼らもクラウディアたち同様、五人で上陸していた。
一方、スラフィムのほうには教会の騎士と使用人が一人ずつ控えている。二人とも現地で用意されたのが服装で察せられた。
「自分とご一緒できればよかったですね」
スラフィムも単身で来ていたが、一番乗りだったため、到着時、まだリーウェイの姿はなかったとのこと。
「馬車にご同乗いただければの話ですが」
これには誰も答えられなかった。
国際会議の参加者で、スラフィムだけが教会の教義を信仰していない。
信仰の違いをどう受けとめるかは、人それぞれだ。
シルヴェスターがスラフィムに訊ねる。
「招待に際し、何か含みがあったのですか?」
「あえて言及はされませんでしたが、本来なら招かれない立場だと自負しています。ケントロン国は、我が国の海上保険にも入っておりませんから」
アラカネル連合王国と教会の確執は周知の事実である。
なのに、何故スラフィムがこの場に呼ばれたのか。
「自分は牽制のためだと考えています。難攻不落である城塞都市の偉容を見せ付け、これだけ身分の高い人間を集めて、奇をてらった催しができるのは教会の力があるからだ、という具合に。ある種の挑戦状のようなものですね」
「それを受けられた」
「こんな面白そうなパーティー、失礼、間違えました。国際会議に参加できる機会なんて、そうそうありませんから」
わかります、と全員が同調する。
皆、主催者の企画にまんまと釣られていた。
ラウルがにやりと笑う。
「加えてナイジェルの隠し財産があるとなれば、誰でも興味を引かれるよなぁ」
「自分としては素直に頂戴したいところです」
教会が許さないでしょうけど、というスラフィムの言葉に、クラウディアは以前のことが思いだされた。
ナイジェルの駒だった商人ウーゴスの船が、海賊に襲われた件だ。
彼はアラカネル連合王国の海域で船を襲われ、乗組員たちは海軍によって救出された。
魔女の容疑がかけられていたときは目の前のことで精一杯だったが、落ち着いて考えてみると、財宝を積んだウーゴスの船を襲った海賊と、スラフィムが繋がっていないとは言い切れない。
イーダやチェステアといった海賊を配下にしているぐらいだ。
(スラフィム殿下の本命は、ナイジェルの隠し財産にあるのかしら)
ナイジェルに煮え湯を飲まされたことのあるスラフィムにとって、遺産を手に入れられれば意趣返しになる。彼の言うとおり、教会が介入してこなければの話だけれど。
話が一段落したところで客室への案内を受ける。ラウルたちは既に済んでいた。
にもかかわらず、レステーアがついてくる。
「客室の位置関係を知っておきたいんです」
「ラウル殿下と分かれて行動したら、近衛の方が困るのではなくて?」
「いつものことですよ」
青い髪をさらりと流しながら綺麗な笑みを返され、近衛の苦労が窺えた。特に今回は同行者の数が制限されている分、人手は割きたくないだろうに。
客室は主館の三階と四階に用意されていた。
ハーランド王国は、バーリ王国と同じ四階へ。
各階段の踊り場には、教会の騎士が常駐すると説明を受ける。
階段付近は見晴らしがよく、開けた空間には、長椅子とサイドテーブルが置かれ、花瓶が飾られていた。
広い角部屋ごとにグループが振り分けられているようで、一つの階層を四つの団体が使った。
「同じ廊下の並びですね」
シルヴェスターとラウルの部屋は、廊下の端同士だとレステーアが指差す。
角部屋はスイートルームになっており、中にも二つ部屋があった。
シルヴェスターとトリスタンは同室だ。
クラウディアが使う隣の部屋は、間仕切りがなく奥にベッドが二つ並んでいる。
近衛や使用人は隣の別棟になると聞き、クラウディアはヘレンが同室になるよう手配した。
「ご一緒してよろしいんですか?」
「そのほうが助かるわ」
別に珍しい話ではなく、身分の高い人物を侍女にしている場合は、個室を与えることもある。
「ぼくは床で大丈夫です」
「あなたは自室を使いなさい」
ちゃっかり部屋の中にまで付いてきたレステーアを睥睨する。
ヘレンが荷ほどきをしている間、クラウディアは用意されていた主館の見取り図をレステーアと確認した。
浴室は一階にあり、使う順番が大まかに割り振られている。
「トイレが部屋の外なのが不便ですよね」
「他と同じつくりなのね」
城塞内の主要な建物は海側に面しており、トイレは他の建物と同様に城壁から迫り出すようにつくられていた。当然、共用である。
シルヴェスターも言っていたが、要塞の機能に重きを置いているため、快適さは二の次なのだ。
ただ客室がある階の中央には娯楽室が設けられており、時間を持て余さないように工夫はされていた。




