45.悪役令嬢は再会する
ドアを開けた先には、ずっと会いたかった人々がいた。
侍女のヘレンに、兄のヴァージル。
そしてシルヴェスター。
不快感を持たれているかもしれないという不安は、皆が立ったままクラウディアの来訪を待ってくれていた姿の前に霧散した。
一番遠くにいたシルヴェスターが、前へ躍り出る。
今すぐにでも抱き付きたい衝動が、一周回って、逆に足をその場に縫い付けた。
視界がぼやけ、鼻の奥がツンとする。
何とか口にした言葉は、愛嬌のないものになってしまった。
「ご助力、ありがとうございます」
「当然のことだ。花は無事に届いたか?」
「はい。最後の花も手元にあります」
ハンカチに包んだ紫色のアキメネスをポケットから取り出す。
弁護人だった女性修道者から、最後に贈られたものだ。
花言葉は、あなたを救う。
新鮮な紫色の花を見た瞬間、これはシルヴェスターからのメッセージだと勘が働いた。
「ディアなら気付いてくれると思った」
「花のおかげで、異端審問中も心折れずにいられました」
どこか距離のある言い方になってしまうのは何故だろう。
もどかしい気持ちに瞳が揺れる。
シルヴェスターは、ただただ優しく見守ってくれていた。
黄金の瞳と焦点が合う。
緩やかに弧を描く光輪を認め、すとん、と腑に落ちるものがあった。
もう、大丈夫。
難しいことを考える必要もない。
今はただ、安らぎに身を委ねてもいいのだと悟る。
接近する気配に抗う気はなかった。
銀糸の一本一本がゆっくりと流れ、シルヴェスターの手が肩に触れようと――したところで、視界の端に映るものを見て、我に返る。
「クラウディア様!」
「ヘレン!」
シルヴェスターの後ろで、ヘレンが大きく腕を開いてくれていた。
迷わず飛び込み、熱い抱擁を交わす。
触れる服の感触が懐かしく、喜びが満ちる。
体温が伝わってきて、本当にヘレンがいるのを実感した。
感極まり、瞳が潤む。
ヘレンのほうも、腕に力を込めていた。
互いの頬が重なり、髪がその縁を撫でていく。
「待て、ここは私だろう?」
「まだ禊ぎ中です」
頬をピクつかせるシルヴェスターに、現実を伝える。
「わたくしだって寂しいですわ」
言いながら、ヘレンの香りを感じ、静かに深呼吸した。
(これでは変態みたいね?)
自分でもそう思いながら、しばしヘレンの柔らかさに埋もれる。
どれぐらいそうしていただろうか。
痺れを切らした男性陣から、二人の世界から出てくるよう声がかかる。
「ここには私もいるのだが?」
「俺もいるぞ」
「はい、見えております」
答えると、シルヴェスターは腕を組んだ。
不服そうだ。
「まだヘレンに浸るのか?」
「はい。ヘレン、もう少しいいかしら?」
「好きなだけどうぞ」
快諾を得たので離れる理由はない。
頭をすりすりしていると、物言いたげにシルヴェスターはヴァージルを見た。
「俺にどうしろと」
「あれは私にするべきだろう?」
「できないだろ。ディーはまだ禊ぎ中だ、聖女祭が終わるまでの辛抱だな」
そこでやっとクラウディアは顔を上げる。
「聖女祭は開催されるのですね?」
「ああ、聖女様の補佐役は続行だ」
「では聖女様は……?」
「異端審問で何があったのか説明を受けた上で、変わらず、という話を先ほど聞いたばかりだ。ディーは、よく頑張った」
労いの言葉に、また視界がぼやけてくる。
ヴァージルの言葉を、シルヴェスターが引き継いだ。
「聖女殿の罪は、今後の活動によって償われることが決まった。そこで正式に教会側から聖女祭の再開について打診があったのだ。私は父上から一任されてこの場にいる故、了承した。また準備をせねばならぬから、早くても開催は秋頃になるだろう」
了承に際し、ハーランド王国側から色々と条件が出されたのは言うまでもない。
聖女祭が延期されてから、二か月ほどが経過していた。
「秋頃ですか? まだ混乱は収まっていないのでしょう?」
一から準備するわけではないとはいえ、期間が短すぎる。
「混乱を終息させるためにも、早期の再開を望まれた。聖女祭を盛り上げることで、ナイジェルの件から目を逸らさせる魂胆だろう」
ナイジェルの異端審問について公にされるとは聞いていない。
けれど教会内部では周知される。
民衆というより、内部の関心をナイジェルへ向けさせたくないようだ。
教会内の空気が、聖女によって良くなっていたところだ。上層部として逆戻りさせたくないのは頷ける。
「ナイジェルは罪に問われるかしら」
ルキとの約束が思いだされた。
異端審問を受けることは聞いている。
だが判決まで見通せない。
「さすがに奴とて、もう逃げられぬ。今回はギーク枢機卿をはじめ、身内からも反感を買ったからな」
「ギーク枢機卿ですか?」
ナイジェルのあと、ハーランド王国に着任した枢機卿である。
長く白い眉毛が特徴的な人だった。
「彼は余生をのんびり過ごすために着任したようなものだ。それが、この騒ぎだからな」
「黒魔術の件で、王都の大聖堂に信徒が押し寄せていることはベゼルから聞きました」
「ああ、王都に限った話ではなく、今では各地の教会が似た状況に追い込まれている」
ギーク枢機卿は、ハーランド王国全土にある教会施設の統括者でもあった。
「ただでさえ難民対応に追われていたところに、この衝撃だ。さすがの御仁も耐えかねた」
人手が足りず、本部から人を派遣してもらうよう願うために、ギーク枢機卿も教会本部へ戻っているという。
ヴァージルが頷く。
「異端審問で、フェルミナが声を上げない場合は、ギーク枢機卿にご助力願う予定だったんだ」
ギーク枢機卿は協力に前向きで、異端審問を傍聴する修道者へ花を持たせられたのも彼の助けによるものだった。
「聖女殿の日記は、私が預かっていた。今は教皇猊下が責任を持って管理してくださっている。詳細を書き留めてくれていて助かったよ」
頭の中に記憶としてあるのと、書き残しているのでは信憑性に違いが出る。
日記の内容がハーランド王国の記録と合致したことが、今回の決め手となった。
シルヴェスターがフェルミナとのことを振り返る。
「ディアの護送後、最初に確認したのは、離島にある修道院から情報が届かなかったことについてだった。連絡が入っていれば、こちらも対処できたからな。調べた結果、離島の修道院のほとんどがフェルミナの味方になり、監視役が報告していなかったことが判明した」
フェルミナが離島を離れる際は、監視役の目を盗んだのだという。
それからのことをフェルミナは知らなかったが、現地に残った修道院たちが監視役を説得した。彼女は聖女になるべきだと。
「やり方はいただけないが、聖女殿の行動によってこれだけの人間が心を動かされたのだ。彼女に何か変化があったのは確かだった」
シルヴェスターはフェルミナと会食を重ねる中で、手応えを感じた。
「上手く導ければ、ナイジェルと決別させられると。話を聞くうちに、ナイジェルがどのようにして彼女を誘導したのかもわかってきた」
「シルは聖女様を上手く導けたのね」
「道筋は示せたと思う。あとは彼女自身が考え、答えを出すしかなかった。助力を求められ、他の者たちとの面談もおこなったよ」
屋敷の使用人から、ヘレン、ルイーゼ、シャーロットとクラウディアを知る人物から、フェルミナは話を聞いたという。
自分の意思で、フェルミナは前へ進んだのだ。
あとはクラウディアも知るとおり。
王都の大聖堂に残った彼女も彼女で、激動の日々を送っていた。
しんみりとした空気が流れる。
それを打ち破ったのはシルヴェスターだった。
「ところで、いつまで抱き合っているつもりだ?」
「わたくしの気が済むまでです」
「まだか?」
「まだです」
ヘレンの許可は出ているので甘える。
ヘレンはよしよしと頭を撫でてくれた。
「そういえばウーゴスの件はどうなりましたか?」
彼は何故、異端審問側の証人として呼ばれなかったのか。
「ウーゴス本人も軽度の中毒症状が見られた。都合良く、香を使っていたのだろう」
「だから召喚されなかったのでしょうか」
「そうだな……または、スラフィム殿下の部下が捜査していたことが、影響したのかもしれぬ。探られているのに気付き、下手にウーゴスと接触できなくなったのではないか?」
「なるほど、考えられますわね」
誰かに見張られているとなれば、慎重にもなる。
そして機会が得られぬまま、ウーゴスは捕縛された。
最後にもう一度だけヘレンの香りを堪能して離れる。
ヘレンもにこにこと満足げだった。
そんな彼女の手首にリンジーブルーを見る。
クラウディアは、自分の手首にもある同じ輝きに触れた。




