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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第八章

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44.悪役令嬢は生い立ちを聞く

 教会の騎士に連れられて歩いていると、進行役に呼び止められる。


「教皇猊下がお呼びです。お部屋までご同行ください」


 断る理由もなく、クラウディアは進行役のあとに続いた。

 着いたのは、客室ともほど近い応接室だった。

 進行役がドアをノックする。


「失礼致します。クラウディア嬢をお連れしました」


 部屋へ入るなり立ち上がっている教皇の姿が見え、頭を下げる。


「よい、ご足労感謝する。クラウディア嬢も座りなさい」

「はい」


 教皇と背の低いテーブルを挟む形で対面しながら、ソファーに腰掛ける。

 同時に、全身の毛穴が開くような感覚に襲われた。


(教皇猊下が目の前におられるなんて信じられない)


 異端審問では、着席した向きが違うので、真っ直ぐ視界に映ることはなかった。

 優先するべきことに意識が集中していたのもある。

 こうして容姿を観察できる距離にいる事実を、どう受けとめればいいのかわからない。

 教皇は、白髪で顔には深いシワを湛えていた。

 年の頃はギーク枢機卿と同年代だろうか。

 表情は穏やかで、厳しい雰囲気はないものの、滲み出る威圧感があった。

 こちらが緊張するあまり、勝手にそう感じている節はあるが。


「疲れただろう。一人このような山奥に連れて来られて」

「滅相もありません」

「気を遣う必要はない。心身共にこたえたはずだ。今夜はゆっくり休むといい」

「お言葉に感謝いたします」


 そっと教皇が目を伏せる。


「ナイジェルの異端審問は後日執り行う」

「……はい」


 今は自室で見張りを付けていると説明を受けた。

 日記も受け取り、内容を検めているところだという。


「今日は、自分の愚かさと向き合う日である」


 ナイジェルの狡猾さを見抜けなかったことを、教皇は悔いていた。


「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何でも訊きなさい。君にはその権利がある」

「わたくしの異端審問には、元から教皇猊下は列席される予定だったのですか?」

「いいや。ナイジェルは、私が遠方に出かけている間に、異端審問を終わらせるつもりだった」


 教会本部へ帰ってきた教皇は、クラウディアを異端審問にかける準備が進んでいると聞き、面食らうと、そのタイミングに疑問を抱いた。


「私も心のどこかではナイジェルに不信感があったのかもしれぬ」


 本来なら、異端審問に教皇は列席しない。


「私が参加を告げてもナイジェルは涼しい顔をしていた。しかし聖女の話では、そのあと焦りが窺えたという。結果は、知ってのとおりだ」


 もしかしたらナイジェルは、人によって取り繕う度合いを変えていたのかもしれない。


(フェルミナなら多少荒くても、何もできないと高をくくっていたのね。どこまで人をバカにすれば気が済むのかしら)


 ふう、と教皇は一息つき、水で喉を潤した。

 入室したときより、老けて見えるのは気のせいだろうか。


「これは年寄りの戯言だと思って、聞き流してほしい」


 そう言って、教皇はナイジェルの生い立ちについて話し出した。


「病になった人に触れると感染する病気だった。領主は病を広げないため、村の封鎖を決めた。中には一見罹患していない者もいたが、取り合わなかった」


 領主は少数の犠牲で、多数を助けるほうを選んだ。

 当時司祭だった教皇は、領主と共に祈り、領主の嘆きと向き合った。


「感染の脅威がなくなったと判断されたあと、犠牲になった村民のために祈ってほしいと頼まれ、私は村を訪れた。……痛ましい現場だった。私が行ったときには、もう遺体は回収されていたが、絶望した村人たちの痕跡があちらこちらに残っていた」


 教皇は現場の詳細は語らなかった。

 クラウディアに聞かせるものでないと判断したのかもしれないし、言葉にするのも辛いのかもしれない。


「ナイジェルはそんな村で見付けた子だった。私が見付けたのだ。毛布にくるまり、両耳を塞ぎながら丸くなって衰弱しているあの子を」


 遠い目をしながら教皇は続ける。


「生き残りがいたことで場は騒然となった。すぐさま騎士が引き離そうとしたが、私はあの子を抱いた。この子が罹患しているならば、これが私の運命だと、彼を抱いて村に残ることにした」


 水と食糧だけは届けてもらったという。


「数日、数週間、一か月と経ち、ナイジェルも体を動かせるようになった。罹患なしと判断が下され、私はナイジェルを修道院に引き取った」


 成長し、外へ出られるようになっても、ナイジェルは修道者で有り続けた。

 修道院で育ったからといって、皆が皆、修道者になるわけではない。中には、職を得て離れる者もいる。


「ナイジェルは一か所に留まるよりも、各地を渡り歩くことを好み。共同生活を送った期間は、さほど長くない。行く先々で病が蔓延する村があると、彼は真っ先に救助へ向かった。死を待つしかない者には寄り添い続けた。今もそれは変わらぬ」

「病にかかったことはないのですか?」

「不思議と、ない。彼の献身に、これもきまぐれな神の思し召しかと思っていたのだが……。薬にも熱心に関わっていた。病を治す方法はこれしかないと。その過程で、あの香ができたのだろう」


 なんとなく教皇も事実を受け入れるのに、時間がかかっているのだと察する。

 クラウディアに語ることで、少しずつ現実を受けとめようとしているのだ。


「まさかナイジェルが魔女だとは信じたくないが、目を背けることもできぬ。きまぐれな神は、社会の秩序を人に任せられた。その期待に、信徒は応えなければならぬ」


 伏せた目を上げた教皇の瞳には、確固たる意思が宿っていた。

 教会を統括する、為政者の顔だ。


「間違いは正せると君が証明してくれた。しばらくは騒ぎになるだろうが、おかげで信徒たちも前を向けるだろう。都合の良い話だと罵られても文句はいえぬ。ただ感謝だけは受け取ってもらいたい」

「はい。わたくしの行動が皆様の一助になるならば、これほど嬉しいことはありません」


 教皇との対談が終わり、見送りのために席を立つ。

 教皇は部屋を出ると、斜め前にある部屋を指し示した。


「あちらにクラウディア嬢のことを首を長くして待っている者たちがいる。すぐに行ってやりなさい」


 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 言葉を咀嚼し、息を呑む。


(まさか、来てくれているの!?)


 別れの挨拶を済ませると、教皇の言葉に従い、クラウディアは斜め前の部屋のドアを叩いた。

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