42.聖女は意を決する
進行役へ目を向ける。
「弁護人として、発言の許可を求めます」
「どうぞ、発言してください」
この場にいる全ての視線がフェルミナに集中していた。
あまりの威圧感に、心が折れそうになるのを、奥歯を噛んで耐える。
(お姉様がやり遂げたんだから、わたしにだってできるわ)
善きおこないをする。
シルヴェスターとの会食を重ねる中で、学びがあった。自分の甘さを知った。
そして決めたのだ、これからは自分の信念に沿って動くと。
「異端審問官は、手っ取り早くクラウディア嬢を悪者にするために、黒魔術を利用しているに過ぎません。わたしも最初はクラウディア嬢が、黒魔術に傾倒したと信じてしまっておりました」
一方向だけの情報に惑わされたのだと告げる。
(シルヴェスター殿下の言っていたことは正しかった)
物事の一面だけを見せる人間には注意するよう、忠告を受け、気を付けるようにしていた。その条件に当てはまったのが、ノリス司祭――ナイジェル枢機卿だった。
「母親の死をきっかけに訪れたクラウディア嬢の変化。それが本人の努力によるものだとは周囲も認めています。第三者が勝手に盛り上がる噂などではなく、実際に励む姿を見た方々がいるんです」
リンジー公爵家の使用人たち。
彼らを否定することは、即ち、彼らも全員異端者ということになってしまう。
たとえ証人を呼べなくても、明らかに道理に反するのではないか。
「パトリック氏とクラウディア嬢には接点が少なく、パトリック氏が単独で黒魔術の儀式をおこなっていたことは、エリザベス夫人やその他にも証人がいます。異端審問官はパトリック氏が改心されたとおっしゃいますが、療養中の彼に責任能力はあるでしょうか?」
思いのほか、すらすらと話せるものだ。
(これも大聖堂で信徒の対応していたケガの功名かしら)
ナイジェルと教会本部へ向かう前、フェルミナはシルヴェスターを頼った。
いつでも相談に乗るという言葉に甘えたのだ。
シルヴェスターは快諾し、クラウディアと縁がある人から直に話を聞ける場を設けてくれた。
久しぶりに顔を合わせる、屋敷の使用人たち。
クラウディアの専属侍女であるヘレン。
学友であるルイーゼ・サヴィル侯爵令嬢。
貴族派のシャーロット・ロジャー伯爵令嬢が、クラウディアをお姉様と呼んで慕う姿には、僅かに眉根が寄った。
(お姉様の妹はわたしよ)
思わずそう口に出してしまいそうになるほど、血の繋がりもないのに、シャーロットはクラウディアをお姉様と呼び続けた。
双方からの情報を得て、フェルミナは自分で考え、答えを出した。
その過程で、公にされていない情報をシルヴェスターと互いに共有したりもした。
しでかしたことの大きさに、ずっと胃がすくんでいる。
(わたしは償わなくちゃ)
ふー、と息を吐き、覚悟を決める。
クラウディアのときと違い、異端審問官が口を挟まないのは、どう切り替えされるか予想がつかないからだろうか。
「現在、ハーランド王国全土に波及している社会的混乱は、わたしが引き起こしたものです」
先ほどとは比べものにならない大きなどよめきが起こり、その風圧でフェルミナは倒れそうになる。
(まだダメ。最後までやりきるの)
発言したところで声が届くか怪しいものの、口を開く。
そのとき、また教皇が喧騒を制してくれた。
フェルミナの勇気を認め、後押しされている気がして、涙が溢れそうになる。
「異端審問官がおっしゃったとおり、わたしは暴動のあった現場を視察しました。語るにも辛い現実がそこにはありました……っ」
感情が高ぶり、声が震えてしまう。
嗚咽を堪えながら、言葉を紡ぐ。
「全てクラウディア嬢の仕業だと思い込まされました。そこに座っておられるナイジェル枢機卿によって」
怖くて高座のほうは見られない。
「まんまといいように利用されたのです。そして、わたしの間違った思い込みによる発言が呼び水となり、各地に混乱を広めてしまいました」
どこかで暴動が起きたとして、クラウディアによる煽動という証拠はない。
責任を逃れたい領主が、別の理由で起こった暴動も、クラウディアのせいだと言っても許されるような流れをつくってしまった。
ほら、やっぱりクラウディアは魔女なのだと、聖女が認めるから。
「更には難民と領民で軋轢があった場所では、聖女任命式での挨拶で、わたしが発した難民は守るべきという発言も、現場の対応を遅らせる原因となっていました」
正義感から出た発言だった。
けれど聖女の発言力の強さをわかっていなかった。
現場の人間にとっては、一方的な通達に近かったのだ。
「わたしは世間に必要のない混乱を招きました。罪を償わなければならないのは、クラウディア嬢ではなく、わたしです」
一度言葉を区切り、この証言から自分の償いがはじまるのだと、目に力を込める。
「ナイジェル枢機卿に案内された複数にわたる現場について、わたしは悲惨な状況を細かいことでも忘れてはならないと、日記に綴りました。そこでハーランド王国協力の下、判明した事実があります」
先に疑問を持ったのは、シルヴェスターだ。
お茶会で、クラウディアの悪行を伝えるべく、視察場所について語ったのがきっかけだった。内容に、ハーランド王国が把握している情報と日付のズレがあったのだ。
シルヴェスターは事実確認に奔走し、領主をはじめ公的な記録の裏付けを取った。
――日付のズレ。
フェルミナは、どの暴動場所についても、いち早く視察に赴いていた。
領主が記録を残す前に。
何故、このような齟齬が生まれたのか。シルヴェスターから衝撃的な事実を知らされたフェルミナは、公的な書類と日記を照らし合わせた。
「日記には、日時や場所の特徴も記しています。途中立ち寄った宿なども、シルヴェスター殿下が突き止めてくださり、移動ルートが割り出せました。わたしは、ノリス司祭に扮したナイジェル枢機卿と、暴動発生に合わせて移動していたんです」
記録の齟齬はここで生まれた。
文官が記したのは、第三者が公に「暴動が起きた」と観測した日であり、暴動発生の時点ではなく、規模が大きくなったあとのことだったのである。
(領主によって対応中だと聞かされていたのが全部嘘だったなんて)
それほど早く領主が把握していれば、事態は悪化しなかったかもしれない。
むしろあのとき救助できていたら、暴動から難民を救えた可能性を察して、フェルミナは愕然とした。
馬車ではカーテンが下ろされ、ナイジェルが見せたい景色だけを、見せられた。
恐れず馬車から降り、難民から直接話を聞けば、まだ混乱は小規模で収拾が付けられるとわかったかもしれないのだ。
胃が竦む。
(これは目の前の問題から逃げた、わたしの罪よ)
償わなければならない。
ナイジェルに加担してしまったのは自分の落ち度だ。
ふと、修道者として、善人として、行動の指針にしていた赤毛のシスターが思い浮かんだ。
(あの子なら、その場に留まったかしら)
なんとなく、彼女なら次の視察には赴かず、救助が必要な場に残った気がする。ナイジェルが止めるだろうが、自分以上に扱いにくいのは確かだろう。
(結局、表面を取り繕っただけで、わたしの根本の愚かさは変わってなかった)
だから簡単に騙されるのだ。
シルヴェスターに忠告されるまで、考えようともしていなかった。
離島の修道院で、あれだけ思考の大切さを実感したというのに。
静かに深呼吸し、言葉を紡ぐ。
「いかに教会が難民の避難先を把握していても、現地で起こったことをすぐに知る術はありません。情報の伝達速度は、他と変わらないのですから」
随行している修道者も混乱の最中だ。
公的に記録された日時こそ、他者が事態を知れたときなのである。
「何故、そこで暴動が起きているとナイジェル枢機卿は知っていたんでしょう? これに対する答えは、一つです」
極度の緊張で今にも卒倒しそうだが、両手で拳を握って耐える。
「ナイジェル枢機卿、彼こそが、非人道的なお香を使い、暴動を招いた真犯人だからです! クラウディア嬢は魔女ではありません。異端審問によって裁かれるべき魔女は、ナイジェル枢機卿です!」
かつてノリス司祭から、男性でも魔女と呼ぶことを教わった。
まさかそれを本人に突きつけることになるとは、誰が想像しえただろう。
異端審問官も、進行役も目を丸くしていた。
水を打ったように静まり返っているのは、驚きのあまり誰も声を出せないからか。
低く、落ち着いた声が、フェルミナに問う。
「一度口から出した発言を取り消せぬ。聖女よ、間違いはないのだね?」
「教皇猊下、聖女の地位にかけて、間違いありません」
もう剥奪されるだろうけれど。
進行役が使いものになりそうにないため、教皇が場を仕切る。
「新たな容疑者を検めるため、一時閉廷とする」
枢機卿たちが出ていくのに従い、フェルミナもこの場をあとにする。
クラウディアとは目を合わせられなかった。
(思い残すことはないわ)
善きおこないとすると、誰かの介在なく、自分で決めたのだ。
折角得られた地位を棒に振るなんて、自分でもバカバカしいけれど。
(わたしは、わたしのままでいい)
シルヴェスターの言葉に救われ、支えになった。
――最初はつくられた舞台だった。
けれどメモには、少年を庇う方法までは記載されていなかった。
身を挺して守ったのは、自分の判断だ。
その行動を、周りが認めてくれた。
善きおこないさえ続けていれば、誰にも責められることはないと知った。
(でも、だからこそ自分で問い続けなければならないのよね)
真実、善きおこないであるのか。
島を出たあと、赤毛のシスターや他のシスターたちが、監視役を説得してくれたことをシルヴェスターから聞かされた。だからフェルミナが島を離れたことを掴むのに、時間を要したとも。
責めるわけではなく、君が行動した結果だと褒められた。
そんな彼女たちを、自分は嘲笑していた。
(誰よりも味方だったのに……!)
堪えていた涙が溢れ、頬を伝う。
嗚咽が漏れて、手で口を押さえた。
赤毛のシスターの邪気のない笑顔が頭に浮かぶ。行動の指針になってくれた人。
(わたしは、一人じゃなかった!)
遂には、その場で蹲る。
ほどなくして声がかけられた。
「聖女様、教皇猊下がお呼びです」




