41.聖女は証言する
クラウディアが護送されていると知ったナイジェルは、それは楽しそうに笑った。
(わたしも知らない笑顔……)
長い時間、共にいたというのに。
ノリス司祭になるのを止めたナイジェル枢機卿も、調子は変わったものの、師としてあり続けてくれた。
けれど執着は、自分よりクラウディアに向いている。
馬車で蛇行しながら山を登り、中腹にある大聖堂に着く。
何度来ても、大聖堂の巨大さに圧倒される。
さながら人間を見下ろす巨人が座っているようだった。
それでいて深呼吸すれば、澄んだ空気に全身が浄化される。
(お姉様はさぞ心細いでしょうね)
味方のいない教会本部で、ただ一人過ごすのだから。
日に日に広がっていく悪評は、クラウディアの耳にも届いていたはずだ。
そしてナイジェルが言っていたとおり、異端審問を受けに赴くことになった。
教会主導でおこなわれる異端審問に、他国は横やりを入れられない。
容疑者は証人を呼ぶことも許されず、現地の修道院の中から弁護人だけを選べる。
審問中、意見は述べられるものの、誰がまともに喋られるというのか。
容疑をかけられ、異端審問に召喚された時点で、罪は確定したようなものだった。
光を照り返す大理石の廊下を進み、枢機卿の部屋と並んで用意された聖女の部屋を目指す。
部屋に入るなり、ほっと一息つく自分に驚いた。
ノリス司祭に対し、心労を感じたことはなかったというのに。
(ナイジェル枢機卿は苦手……変ね、同じ人よ?)
自分に問いかけても、答えは返って来なかった。
◆◆◆◆◆◆
クラウディアが大聖堂へ到着し、遂に異端審問が開かれることとなった。
風向きが変わったのは、教皇が遠方の視察から戻られ、異端審問への参加を決定されてからだ。
「大丈夫でしょうか?」
「何を心配しているのだね? 判決を下すのは、私を含めた枢機卿だ。教皇猊下は成り行きを見守られるだけだよ」
カッカッカッ、と音を立てて歩くナイジェルは、余裕をなくしたように映った。
(本当に大丈夫なの?)
今一度、心の中で問いかける。
異端審問当日、フェルミナはナイジェルの背中を追いかけるしかなかった。
着席し、見えた光景が信じられない。
容疑者の席に座るクラウディアは、肩を落とすどころか、弁護人の修道者と並んで毅然と前を見据えていた。
(ここにいる時点で、罪が確定したようなものなのよ?)
自分は断罪されないと盲信しているのだろうか。
けれど、遠目に見てもクラウディアの青い瞳は澄んでいた。
緩やかなクセのある黒髪を背中に流し、凜とした姿は学生時代によく見たものだ。
今も昔も変わらない姿に、体が震えた。
自分で自分の手を握り、腹の底から湧き出る恐れをやり過ごす。
どれだけ異端審問官に責められても、クラウディアは確固とした意思を崩さなかった。
キラキラと舞う何かが映る。
(直接、光に照らされているわけじゃないのに)
窓から差し込む日差しが、クラウディアを祝福しているように見えた。
「わたくしは胸にある『畏敬』を正しく理解しております。だからこそ憤らずにはいられません。何故、わたくしが異端審問に、魔女裁判にかけられねばならないのか!」
自分の信仰について堂々と語る姿が、どこかシルヴェスターと重なった。
彼も常に芯のある言葉で語りかけてくる。
(お姉様は、公爵令嬢を言い訳にしなかったのね)
かつて愚かだった自分は、身分を盾に学ぼうとしなかった。
それが尾を引き、今では経験不足から未熟さが目立つ。
クラウディアは、しっかりと地に足を着けていた。
「わたくしには神への信仰があり、祈ることができました。あるのは生まれ持った唯一の信仰だけ。他が入る余地などないのです」
だから言葉にも説得力がある。
(信仰は、生まれたときからあるもの)
フェルミナも無意識のうちに頷いてしまう。
きまぐれな神様に対する畏敬の念を、いつから持っていたかと問われれば、正にそれが答えに思えた。
礼拝に通う前から、きまぐれな神様への祈り方を教わる前から、漠然とそれはあったのだ。
(お姉様は、自分の信じる道を歩いているのね)
フェルミナが聖女の道を歩くように。
シルヴェスターが為政者の道を歩くように。
個々に進む方向があるのだと、ここにきて理解する。
それが役割として現れるのだ。
一瞬、黒髪の隙間から、青い瞳と目が合った気がした。
思い過ごしかもしれない。
けれど、頭を過る光景があった。
(いつだって変わらない瞳)
出会ったときから、そうだった。
クラウディアから敵意を向けられたのは、フェルミナが悪漢を仕向けたときだけ。
(わたしは一体、彼女の何を見ていたのかしら)
本当に今更だと自嘲が漏れそうになる。
(……わたしは、わたしがやるべきことをするだけよ)
クラウディアの主張が終わり、進行役が枢機卿たちに意見はないか尋ねる。
ナイジェルの息がかかった枢機卿たちは顔を見合わせるばかりだった。
(使えない人たち)
だけど、心が揺らいでるのを見て、クラウディアの強さを再確認する。
孤立無援であっても彼女は自分だけの力で立ち、敵ともいえる枢機卿たちに、このまま判決を下していいのか疑念を抱かせていた。
静まり返った中で、すうっとフェルミナは息を吸い込んだ。
「わたしから、よろしいでしょうか」
「聖女様、どうぞ」
進行役の言葉を受け、席から立ち上がる。
そしてクラウディアの右隣へ移動した。
「今からわたしはクラウディア嬢の弁護人に立候補します。弁護人に関する規定は一つ、現地の修道者から選ぶこと。弁護人が二人以上いてはダメだという決まりはありません」
どよめきが、空気を震わす。
さすがのクラウディアもこれには驚いたようだった。
「クラウディア嬢、わたしを弁護人に選んでいただけますか?」
「選びます」
即答だった。
迷いのなさに笑いそうになる。
(先に断罪したのはわたしなのに、信じるっていうの?)
異端審問官が異議を申し立てる。
けれど教皇の一声で、しん、と場は静まり返った。
「構わぬ」
これ以上ない答えを得て、フェルミナは教皇へ一礼した。




