37.悪役令嬢は若さに悶える
(とりあえず空気は一新されたから、ルイーゼ様と話をつければ大丈夫よね?)
クラウディアがフェルミナから距離を取ると、それに合わせてルイーゼはクラウディアのほうへ近寄ってくる。
お互いに、もう横やりを入れられたくない心の表れだった。
シルヴェスターが動けば、フェルミナはそちらを視線で追う。
その隙に、二人は言葉を交わした。
「クラウディア様は、わたしにも殿下と帰れる機会があるとお思い?」
「婚約者候補の公平性については、シルヴェスター様が一番よくご存じです。機会があれば、お誘いがあるのではなくて?」
ただ同じ生徒会役員であるクラウディアとは違い、ルイーゼが機会を作るのは難しい。
けれどルイーゼは、翠色の瞳に希望を宿した。
ならば自分で機会を作ってみせると、頷く。
「生徒会は毎日あるわけじゃありませんもの」
「そうですわね。……あの、シルヴェスター様の美貌にあてられないようにだけご注意ください」
余計なことだと思いつつも、老婆心が働いた。
年若い男女が二人っきりになるなら、気を付けるに越したことはない。
クラウディア相手にキスだけで留まったシルヴェスターが、ルイーゼを襲うとは考えられないけれど。
「あてられないように……そ、そんなに凄いのですの?」
「何せ密室ですから」
「密室……」
扇を広げて口元を隠しながら、ルイーゼは頬を染める。
その可愛らしい反応に、むしろ今、クラウディアが襲いたくなった。
(いけない、わたくしったら、また欲求不満になっているわ)
恐るべし、十代の精力。まだ余っているのかと、自身に文句をつけたい。
それともキスだけで終わったから、飢えが刺激されたのかしら? と考えながらも、ここでルイーゼとの話は決着する。
こそこそと話す二人に、フェルミナも介入のしようがなかった。
「私の行動で迷惑をかけたみたいだな」
席に着くと、シルヴェスターに声をかけられる。
顔には出さないものの、女同士の戦いを楽しんでもらえているようだ。
シルヴェスターの感情を読むのは難しいけれど、これまでの交流であたりはつけられるようになっていた。
付き合いがヴァージルやトリスタンぐらいになれば、機嫌の善し悪しぐらいは察せられるらしい。
「そう思われるなら、ぜひルイーゼ様もお誘いください」
「機会があればな」
(よし、言質は取りましたわ。ルイーゼ様、頑張ってくださいませ!)
積極的にルイーゼを後押しすることはできないが、心の中で声援ぐらいは送れる。
ルイーゼの乙女らしい姿を見て、親戚の子を見守る心境になっていた。
精神年齢が高い分、どうしても年上目線になってしまう。
この後、フェルミナに言った手前、ヴァージルに共同案の申し入れをしたものの、すげなく却下された。
意見はその場でするべきで、後出しは認められないと言われる。
これは社交界でも同じで、先に口にしたものが功績を得ることを理解するよう、クラウディアも一緒に注意された。
社交界で生きていく上でも大切なことだと、正当な理由で反対されれば頷くしかない。
フェルミナは不満そうだったが、人の目があるところで駄々をこねることはなかった。
しかし噂は広がり、悪意ある方向へ加速していく。
「クラウディアは淑女の仮面を被りながら、影で妹をイジメている」
「これまでも妹の功績を自分のものにしている悪女だ」
奇しくも、「悪女」という単語を耳にしたときは笑いそうになった。
(そうね、わたくしはフェルミナを越える悪女になるのよ)
注意しないといけないのは、噂の広がり方だ。
どうやらフェルミナが広めているわけではなさそうだった。
今までのこともあり、屋敷での彼女の行動は制限されている。
学園でも常にクラウディアの目の届く範囲――シルヴェスターの傍――にいた。
ルイーゼに至っては、姑息な手段を取るとは考えられない。
フェルミナの発言を元に、第三者が根拠もなく広めているのだろうと、クラウディアは推測する。
クラウディアの悪評を広めたい人間は、婚約者候補の他にも、父や兄の政敵など枚挙に暇がない。
根拠のない噂など取るに足らないし、一々気にしてはいられないけれど。
(フェルミナの追い風になりそうなのが厄介よね)
何せフェルミナが周囲に訴えたい通りの内容だ。
姉にイジメられて可哀想なフェルミナ。
クラウディアと面識のある人は信じない噂だが、公爵令嬢の地位は、下級貴族からすれば雲の上の人に近い。
会ったことのない人のほうが断然多い以上、噂が消える見込みはなかった。
「ディー、大丈夫か?」
「これぐらい、何てことありませんわ」
噂はヴァージルの耳にも届き、屋敷へ帰ってからお茶をしようと呼ばれる。
実際気にしていなかったので笑顔で答えた。
「あれがまた余計なことをしているんじゃないか」
「今回の噂については、関わっていないと思いますわ」
「教室でのことが発端だろう? 噂を広めてなくとも、あれにも責任はあるはずだ」
「お父様に報告されます?」
「もう伝えた」
既に報告済みだった。
噂が広がる以前に、教室での態度をヴァージルは問題視していた。
「父上から注意されているだろうが、返事だけは良さそうだからな」
「外面が良いですからね」
フェルミナの本性を知っている人間は限られる。
出自を理由に、古参貴族からは忌避されているものの、基本的に成績は良くて、人当たりも良い。
彼女をよく知らない人間なら、好感を持っても不思議ではなかった。
クラウディアだから、悪いところばかりが目立って見えるのだ。
だからこそ対処が難しい面があった。
「あれの罪を追求するには、まだ足りないか」
「学園でのことですし……」
学園内で悪評が立っても、それがすぐ社交界へ伝播することはない。
所詮はまだ家を継いでいない子どもの所業だからだ。
決定的な何かがない限り、大人たちは静観する。
父親も、確証がなければ動かないだろう。
「失敗しても、挽回の機会があるのはいいがな」
良くも悪くも、学園は学び舎だった。
フェルミナの「失敗」も、彼女が心を入れ替えれば払拭できる。
「だが俺は、ディーの気持ちを優先する。辛いと思ったら、いつでも頼ってくれ」
「はい。お兄様も、わたくしにできることがあったら頼ってくださいね?」
真摯な眼差しを受けて頷く。
見守ってくれている人がいる。
それだけで心強かった。




