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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第八章

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12.護衛は主人の美貌に震える

 子どもの頃から腕っ節には自信があった。

 いつしか力で相手を負かす快感に酔いしれ、道を踏み外していった。

 犯罪者ギルド「ローズガーデン」の前組織「ドラグーン」に所属したのも、ここならもっと自分のしたいことができると思ったからだ。

 傍若無人な自分には、その道しか残されていなかったと気付いたのは、もっとあとになってからだった。


 どんなに腕っ節が強くても、しょせんは下っ端。

 裏社会の枠組みを、怖さを教えられてからは、身の程をわきまえるようになった。長い物には巻かれろってやつだ。

 けれどやはり力を振るうのが好きで、荒事には率先して参加した。

 武功が立ちはじめると、上役に顔を覚えられて、生きやすくなった。

 なおも荒事に躊躇がないので、戦闘狂とも呼ばれるようになった。

 影で「戦うことしか能がない」と言われているのも知っている。だが、そういうやつは、決まって自分には拳で勝てないのだ。

 単なる負け惜しみと思いつつ、自分でも自覚があった。

 頭を使うのは苦手で、上役がやってる金勘定なんて到底無理だ。

 拳を振るっているほうが楽。

 そう思っていたのに、視察に訪れたトップのベゼルだけは違う意見だった。


 本部は王都にあり、他の支部へは定期的に視察が入る。

 スキンヘッドで強面のベゼルがその場にいるだけで、周囲は緊張感に包まれた。

 いつもは大きい顔をしている支部長でさえ、恐縮する相手。

 ベゼルを前にした支部長は、普段の自分を見ているようだった。

 あるとき、頭を下げた姿勢を保っていると、ふいに声をかけられた。


「ハーマン、お前には考えられる頭がある。だから強いんだ」


 意味がわからないまま、うっす! とだけ答えた。

 支部長から自分の武功を聞いた感想だと察したのは、ベゼルが視察を終えてからだ。

 到底、考える力があるとは思えない。

 一大勢力に数えられても、結局は犯罪組織。ドラグーンにも浮き沈みがあり、決定的に打ちのめされた時期があった。

 今まで以上に危険な現場へ放り込まれ、命を落とす人間が増えたのは、本部だけに限らず港町の支部でも見られた。


「兄貴がいなかったら、オレも死んでたッス」


 その頃の話になると、必ず言われる。

 荒事に好んで参加するものの、死にたかったわけじゃない。どれほどボロボロで惨めでも、生にしがみついたのが結果的に良かったらしい。

 自分としては、ただがむしゃらに生きていただけだった。


 組織の名前が「ローズガーデン」に変わったあとも、やることは一緒だ。

 女がトップになったらしいが、現場を統括するのは引き続きベゼルで、下々にとっては関係のない変化だった。

 周囲に笑顔が戻ったのを見て、沈んだ分、浮いてきたのだろうと思っていた。

 そして新体制が築かれる中で、自分に一つ役職が付いた。


 警護隊長。


 新しくできた部門の現場を任されたのだ。

 死地から弟分たちを連れ帰ったのが評価された。


「お前には考えられる頭がある」


 再会したベゼルは、以前と同じことを口にする。


「ただ拳を振り回してるだけで生き残れるほど、戦場は簡単じゃない。お前はちゃんと状況を把握し、最適解を導き出せる。だからこうしてまた言葉を交わせるんだ」


 よくやった、と肩を叩かれたとき、無性に泣きたくなった。

 戦うことしか能がない、その言葉が深く胸に刻まれていた。

 自分ですら見限っていた才を、認めてもらえた気がした。


(この人についていこう)


 そう固く誓った。

 現場から離れて部下を指揮することが増えても、苦じゃなかった。

 いつしか力で相手を負かす快感は薄まり、仕事をやり遂げることで充足を得るようになっていた。


(人をぶん殴ると、スカッとするけどよ)


 相変わらず荒事は厭わない。体もずっと鍛えていた。

 それでも心の有り様が変わったのは、ベゼルのおかげだ。

 彼から名指しで仕事を振られれば、二つ返事で答える。

 今回は久しぶりの直接護衛だった。



◆◆◆◆◆◆



 早朝、倉庫街の拠点で落ち合う。

 地下室までは入らず、一階の従業員室でベゼルと会った。まだ始業前で人気はない。

 一番驚いたのは、組織幹部のルキもいたことだ。神出鬼没で顔も定かでなかったが、名前だけは聞き及んでいた。

 対峙した風格を見れば、本能がその人だと察する。


(やべぇ、勝てる気がしねぇ)


 パッと見は細身で、内勤が得意そうだが、隙がまるでなかった。

 体の動きからも、細身なのは鍛えられて贅肉がないからだと知れる。

 がっつり前線に出るタイプの人間だ。

 顔が整っているだけに、睨まれると怖い。

 ベゼルはある意味、易しかった。見るからに怖い人だと子どもでもわかるので、心の準備ができるのだ。

 しかしルキは、油断させておいて、心臓を握りつぶしにくる質の悪さがあった。


(オレがいる意味あんのか?)


 疑問が浮かぶけれど、察せられるものもある。

 ベゼルと同様に、自分も見るからに怖い人だからだ。

 人より高い身長に、筋肉に覆われたごつい体。

 町を歩けば、人が避けていく。

 なにげに見た目の作用は大きい。

 それによく見れば、ルキは護衛というより侍従の装いで、相手を騙しにかかっている。自分が同行することで、より効果を発するだろう。


(護衛対象は、絡み手まで使うほどの大物ってことか)


 ルキが一緒にいる時点で、常人でないのは確かだ。

 体が大きい構成員は他にもいるが、警護隊長の自分にお呼びがかかった点を踏まえても、さもありなん。

 今後の予定、移動ルートを聞かされ、対象を待つ。


「言うまでもないが、態度に気を付けろ」


 ベゼルが椅子から立ち上がり、ルキが対象を連れて来る。

 最初に、パールピンクの裾が揺れるのを見た。

 次いで白百合の香りが広がり、一気に視界が華やぐ。


「お待たせしたわね」


 頭を殴られ、昏倒する。そんな自分を幻視した。

 それだけ強烈なインパクトを持つ女が、目の前に現れたのだ。

 白く長い髪をふわりとなびかせ、挨拶を受ける。

 扇情的な唇が弧を描いていた。口元にあるホクロが艶めかしい。

 白魚のような手を伝い、豊満な胸へ視線を動かしかけて、止める。

 ルキの笑顔の奥に殺気を感じた。

 その後、馬車に乗っている間も、港を歩いている間も、自分は道端にある小石だと言い聞かせた。華やかな二人と並べば、実際そうだった。

 もちろん周囲への警戒は怠らない。

 あまりにも護衛対象にぶしつけな視線が届くときは遮る壁にもなった。


「まぁ、ありがとう」


 鈴のような声で感謝を述べられれば、胸が熱くなる。

 ベゼルを筆頭に、ルキや自分にも物怖じしない人物。

 ルキが姉御と慕う姿は、本物だった。

 見目が美しい女は、探せばいる。けれどそんな単純なことじゃないのだ。

 不思議と惹き付けられるものが、護衛対象にはあった。


(わかんねぇ。こんな人がいるんだな)


 笑顔を向けられるだけで、浮き足だってしまう人が。

 日差しを受け、白く輝いて見える様など、大きく花弁を開いた白百合そっくりだ。

 極め付けは、少年たちへ向けた微笑みだった。


「一丁前に照れてんじゃねぇよ」


(無茶を言う)


 少年たちの心境が手に取るようにわかった。

 いい大人の自分が横で見ていても、ドギマギしてしまうのだから。

 長い前髪の間から見える唇は、それだけで背徳感を覚える。

 まだ経験の浅い少年にとっては、刺激が強すぎた。

 けれど、その奥にある慈愛を彼らも感じ取っていた。だからすぐに悩みを打ち明けてきたのだ。

 商人を襲おうと鬼気迫っていたのが嘘のように、年相応の顔に戻っている。


(なんか、すげぇ人だ)


 ベゼルとルキが敬うわけである。

 一人、組織関係者で顔を知らない女について浮かんだが、深くは考えないでおく。

 必要ならば、正体が明かされている。

 この世界、知らないほうがいいことも多い。


(オレは任された仕事をするだけだ)


 護衛対象の決定に、異論どころか、口出しする権利はない。

 けれど、ルキが少年たちとじゃれる姿は微笑ましかったし、父親を慕う彼らの一助になれるなら本望だった。

 正道から道を踏み外した自分。

 世間様に誇れるとは思っていないし、結局は荒事に関わることでしか生きていけない。

 それでも昔とは違うと、断言できた。

 ドラグーンを経て、ローズガーデンの構成員として立場がある今、心に余裕ができ、考え方は確実に変わってきている。


(そうだ、昔は余裕がなかった)


 裏社会といえば恐れられる対象だが、裏を返せば、社会的弱者の集まりだった。

 イキっていなければ、力を誇示していなければ、たちまち捨て置かれるだけの存在。

 すぐにでも切り捨てられる存在。

 自業自得の部分も大いにあるが、常に不安が傍にあった。不安が焦りを呼び、衝動的にさせる。刹那的な生き方でいいと、投げやりになる。

 構成員同士のケンカも絶えなかった。

 いつからか、気付けば表を堂々と歩けるようになっていた。一般人を護衛するにあたり、警ら隊と情報交換することだってある。

 変化を感じているのは、構成員全体に言えることだ。

 どこが潮境だったのかは、わかりきっていた。

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