07.悪役令嬢は拠点に着く
ハーランド王国の東岸にある港町ブレナーク。
王家生誕の地グラスターを擁する王家直轄領であり、物流における海上輸送の一大拠点だ。
港には常時、国籍問わず多くの船が出入りしている。
クラウディアがルキと向かったのは、港町から少し離れた場所に建てられた倉庫街だった。
町から徒歩で往来するには遠く、定期便の馬車が出ている。
都市計画の一つとして建設された倉庫街は規格が決められており、倉庫の大きさも道幅も統一されていた。地図を見れば、規則正しく縦横に区画が並んでいるのがわかる。
倉庫は、赤レンガ造りの三角屋根のみ。
通りに入れば同じ景色が続くため、建物の壁面に描かれた大きなシンボルで、人々は倉庫を見分けている。
日が沈むと壁面のシンボルが見えにくくなるため、クラウディアたちは区画番号を頼りに馬を歩かせた。
並んでいる倉庫の一つが、ローズガーデンの拠点として使われていた。
「ここだ」
目当ての倉庫を見付け、玄関先に馬を繋ぐ。
夜は営業時間外だが、警備員を常駐させておくのが基本で、ルキが構成員だけに通じる合い言葉を告げる。
普通に商人の倉庫としても使われているので、これでふるいにかけるのだ。
中に入ってすぐ右手に、二階へ上がる階段がある。
倉庫の角には二階建ての部屋が設けられていた。一階が従業員室で、二階が管理室である。部屋の倉庫内部に面した壁には大きな窓があり、全体が見渡せた。
警備員に扮した構成員に案内され、部屋には入らず、奥へ向かって進む。
所狭しと木箱が詰まれていた。
ほこりっぽさと独特のこもったにおいを感じながら歩く。
すると、ふいに構成員が立ち止まり、木箱を覆っていた布を外した。
木箱にカモフラージュされたドアが現れ、クラウディアは目を丸くする。
「凝ったつくりね」
「面白いアイディアだろ? 来るたびにワクワクするんだよなぁ」
隠された扉というモチーフが、ルキの少年心をくすぐるらしい。
かくいうクラウディアも胸が躍った。
ドアの先は地下への階段になっており、潜った先がローズガーデンの拠点だと説明を受ける。
「わざわざ掘ったの?」
「おう。他の倉庫にはないつくりだぜ。いざってときはドアを壊して、入り口を埋めれば済む」
色々と想定された上での秘密基地だった。
地下の雰囲気は、王都にある拠点とほぼ同じだ。
倉庫と同じ赤レンガが壁材に使われているところに、こだわりを見る。
主に会合用で、普段たむろしているのは別の場所らしい。
「最低限のものしかねぇから、姉御には不便かける」
「急なことだし仕方ないわ」
冬でないだけマシである。
それでも外と比べると、地下室のほうが冷えて感じられた。
素朴な木の椅子に座っていると、構成員が水を持ってきてくれる。
「こんなもんしかなくて、すんません」
「十分よ」
実際、喉が潤っただけで、ほっと一息つけた。
最寄りの教会施設へナイジェルを届けてからは、ずっと馬での移動だった。
旅行者を装い、宿で寝泊まりしていたが、いつ身分がバレて捕まってもおかしくない状況だ。
気が張り続けていた。
やっと体を楽にしたクラウディアを見て、ルキが口を開く。
「あいつを預けるときには、大袈裟に名前を出して騒いでおいた。教会の馬車が事故ったようだってな」
その際、馬車を修理して送り届けた見返りとして、教会の騎士たちが乗っていた馬をもらい受けるあたり、しっかりしている。
「姉御の無事も、構成員から伝わるはずだ」
王家直轄領の大きな街にはローズガーデンが根を張っている。
途中、立ち寄った街で早馬を頼んでいた。
王都へ着けば、構成員からベゼルへ、ベゼルからシルヴェスターへ情報が届く。
護送用の馬車に細工したことは、先立ってルキが連絡しているため、ある程度経緯もわかるだろう。
逆に、ひたすら移動を続けていたクラウディアの方が情報不足だった。
王都の現状がまるでわからない。
どこまでクラウディアが魔女だと伝わっているのか。
(聖女様の言葉だもの、疑うほうが不自然よね……)
クラウディアとフェルミナの確執を知らない民衆は特に。
リンジーブルーをあしらったブレスレットが、木製のグラスに当たる。
ランタンの明かりはあれど、薄暗い室内で、深い青は漆黒に映った。
(領地での計画も、わたくしが台無しにしてしまったわ)
聖女祭の開会式で、さり気なくお披露目されるはずだった、リンジー公爵領の特産品。
その後は、聖女の補佐役であるクラウディアが身に着ける宝石として喧伝されるはずだった。
資産価値を高めることで、財源とする。
これが領地経営の布石となるはずだった。
(なのに補佐役どころか、魔女の汚名を着せられるなんて)
信仰を裏切った者。
人々からの心証は最悪だ。
「信仰心」と言葉にすれば簡単だけれど、目に見えないそれは、善悪と共に心に根付いているものだ。
シルヴェスターたちに限らず、敬虔なエリザベスあたりは、聖女の言葉を重く受けとめてしまうのではないか。
厄介なのは、使用人レベルの動向だ。
一度湧いてしまった疑念を払拭するのは難しく、王都ではクラウディアに関する情報の取り扱いに細心の注意が必要だろう。
やっと一息つけたものの、考えれば考えるだけ視線は落ちてしまう。
そんなクラウディアを見かねたのか、ルキがいつもより明るい声を出す。
「おれは魔女とか気にしねぇけどな。つーか実在すんの? って感じだし。他のやつらも一緒じゃねぇか? いきなりポンッと言われても、現実感ねぇよ」
塞ぎかけていた心に暖かい風が吹く。
励ましてくれるその気持ちが嬉しかった。
「そもそも姉御が言われてる魔女って、どういうやつなんだ?」
「教会の教義に反した異端者に使われる言葉よ。異端者の中でも罪の重い者が『魔女』とされるの」
可否は、教会主導の異端審問による裁判で決する。
正確にいえば、クラウディアは嫌疑をかけられている状態だ。
「んで、姉御は魔女なのか?」
「違うわよ」
逆行してからは、信仰心を持ち続けている。むしろクラウディアがここにいることこそ、きまぐれな神様の奇跡の証明だった。
黒魔術の存在については知っていたものの、実際に触れたのは、パトリックの事件がはじめてである。
「じゃあ違うって主張したらどうなんだ?」
「それも一つの手ではあるわね」
問題は、素直に聞き入れてもらえるか。
ナイジェルは、教会本部で異端審問――魔女裁判――をおこなう準備を進めていたはずだ。
「わたくしが捕まえられたのは、異端審問という教会主導の裁判にかけられるためだったの。そこで異端者ではないと認められればいいのだけど、仕掛けたのはあのナイジェルよ」
ナイジェルの名前を出した途端、けっ、とルキは唇を曲げる。
「勝負はもう決まってんのか。相変わらず胸くそわりぃやつ」
「ひとえに魔女裁判が話題になるのは、容疑者が凶悪な異端者で、極刑になることが多いから。それなりに証拠となるものも用意されているでしょうね」
集められた枢機卿が全員一致で答えを出すことで、判決となる。
その枢機卿たちもナイジェルの息がかかっていることだろう。
「本来の異端審問は、正しい信仰を持っていない者を裁くものよ。万物精霊論を信仰しているアラカネル連合王国の国民などは、最初から対象外」
「容疑が晴れる場合もあるのか?」
「基本的に何の対策もしていない状態で連行されると聞くわ。弁護人は一応付くけど、それも現地の修道者の中から選ばないといけないの」
「最初から不利じゃねぇか!」
容疑者は、策も、味方もない状態で裁判を乗り越えなければならなかった。
ルキの言い様はもっともで、クラウディアは苦笑を返す。
「ただ異端者と認められても、まずは更正を促されるわ。投獄という形は滅多にとられないの」
それこそ容疑者が、魔女でもない限り。
「姉御は投獄される可能性が高いのか」
「火あぶりの刑も視野に入れられているわね」
「はぁっ!?」
犯罪者でもされない極刑に、ルキの声が裏返った。
犯罪者への極刑と言えば、首を吊られるか、切り落とされるかのどちらかだ。
「わたくしもどこまで本当なのかわからないわ」
クラウディアの恐怖心を煽るために言われただけなのかもしれない。
ただ古い時代、そのような刑罰があるにはあった。
生きたまま磔にされて炎で焼かれる絵を、文献で見たことがある。
ないと言い切れないため、気にしないようにしていても、ふとしたときに自分が炎で焼かれる光景が頭に浮かんだ。
(ナイジェルの思うつぼね)
腹立たしいが、まんまと手の平の上で転がされている。
「つーか、教義に反したら裁かれるんじゃ、犯罪者はどうなるんだ?」
ルキのような身分の人間は、倫理観など気にしていたら生きていけない。
修道者は身近にいるし、教えも受けているが、教義を守れるかは別の話だった。
「犯罪者が対象にならないのは、社会のルールの中で改心する可能性があるためよ。とはいえ、かつてはハーランド王国も罪状などを枢機卿に相談していたし、全く教会が関わらないわけでもないわね」
国が裁くか、教会が裁くか。
明確な決まりはなく、国で裁ききれないものを、教会が受け持つ印象だ。
「んで、話は最初に戻るけど、姉御は魔女の嫌疑をかけられてると」




