35.悪役令嬢は責められる
登校すると、学園のエントランスでシルヴェスターに声をかけられた。
後ろでは、トリスタンが柔和な笑みを浮かべている。
「おはよう、クラウディア」
「おはようございます」
それぞれと挨拶を交わす中、驚くことにフェルミナがシルヴェスターの前から辞する。
「友人を待たせていますので、お先に失礼します」
友人? と首を傾げそうになったものの、またあとでね、とクラウディアは走り去る彼女を見送った。
しかし、シルヴェスターに近付く機会があれば、絶対逃そうとしないフェルミナらしくない行動に、青い瞳を細める。
そもそも友人と呼べるような相手はいないはずだ。
デビュタント前に領地送りになっていたフェルミナに、誰かと親交を結ぶ時間はなく、学園に入学してからはこれ幸いと、シルヴェスターの傍を陣取っていた。
婚約者候補でもないフェルミナの図々しさに、他のご令嬢は不満を募らせており、友好が築けるとは思えない。
(どこかのご令息でも手懐けたのかしら?)
トリスタンのように、フェルミナの外面しか知らないご令息は、彼女の可愛らしい見た目に好感を持っていた。
元愛人の娘でも、今は公爵令嬢だ。
リンジー公爵家と誼を通じたい家のご令息には、見逃せない物件でもある。
「私の前だというのに、妹君が気になって仕方ない様子だな」
「み、耳元でお話しにならないでください!」
いつの間に近付いたのか、シルヴェスターの吐息が耳に触れた。
答えながら咄嗟に身をかわせば、ちょうど薄く色付いた唇が映る。
(っ……!)
馬車でのことが思いだされ、意図せず頬に朱が走った。
熱くなった頬に感づかれないよう片手をあて、もう一方は髪で隠す。
けれど絶対、面白がられている気がした。
(もう、これぐらいのことで情けない……! 今の体は初心過ぎるわっ)
それもこれも若いせい、とクラウディアは自分に言い聞かせる。
「……シルヴェスター様もご存じでしょう? あの子、あまり友人と呼べる相手がおりませんの」
「トリスタンなら相手が誰かわからないか?」
「僕がですか?」
よく話してるだろうと言われ、トリスタンは頭を捻る。
シルヴェスターの傍にいるので、フェルミナがトリスタンに話しかける機会も多かった。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、の精神かもしれない。
「話はしますが、ご友人のことは聞いたことがありませんね」
フェルミナの行動に気を付けているクラウディアが知らないぐらいだ。
話題に上がらなければ、トリスタンもわからないだろう。
何をするつもりなのか。
シルヴェスターを置いて走り去ったところを見るに、急ぐ必要があったらしい。
これは教室に入ったら何かありそうね、と予想を立てる。
「トリスタン、私たちは少し遅れて行こうか」
「え、どうしてです?」
「そのほうが楽しめるかもしれないからな」
同じことを考えたのか、シルヴェスターが歩みを止める。
クラウディアも、そのほうが相手の出方を探れそうな気がしたので、案にのった。
二人と別れて、一人で教室へ向かう。
教室でクラウディアを出迎えてくれたのは、フェルミナではなかった。
かといって馴染みのご令嬢でもない。
同じクラスにいるもう一人の婚約者候補。
絹のような金髪に翠色の瞳を持った、侯爵令嬢のルイーゼその人だった。
普段は表面的な交流しかない相手が、扇で口元を隠しながら近付いてくる。
明らかに挨拶だけで終わる雰囲気ではない。
「おはようございます。クラウディア様、聞きましてよ。妹さんの案を横取りしたのですって?」
「おはようございます。ルイーゼ様、横取りとは、穏やかではありませんわね?」
思い当たることがないと首を傾げながら、さり気なくフェルミナを探す。
視界の端にピンクブロンドを見つけ、彼女の正面に座る相手へ意識を向けた。
(なるほど、大人しく自分の話を聞いてくれる相手を見つけたのね)
フェルミナの前にいるのは、気弱なご令嬢だった。
彼女なら一方的に話しかけられても文句を言えず、聞き役に徹するだろう。
そうしてフェルミナは、わざと周囲に聞かせるよう、生徒会室でのことを話したに違いない。
これにルイーゼは、まんまとつられた。
(他人にわたくしを責めさせるなんて……)
直接手を下さないフェルミナの姿勢に、今までにない嫌悪感が募る。
それでも情報元がバレているあたり、杜撰な計画だ。
「お祭りでしたかしら? 人の案で点数を稼ぐなんて、程度が知れてましてよ」
「あらっ、フェルミナさんも同じ案だったの?」
やはりフェルミナの頭にも、祭りの案はあったらしい。
どこまでクラウディアと同じかはわからないが、それなら、と言葉を続ける。
「お兄様に言って、共同案ということにいたしましょう! 同じ考えだったなんて嬉しいわ!」
フェルミナに駆け寄って優しく手を取れば、目に見えて彼女は狼狽した。
しかしクラウディアは気にしない。




