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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第七章

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45.難民は未来に希望を抱く

 文化交流が終わり、職業訓練がはじまった。

 土地柄、農業が盛んなのもあり、自分は農作業を選択した。

 文化交流で友人になった領民の女性から勧められたのも大きい。今では彼女と一緒に農作業をし、給料を貰っている。

 その折り、保険制度の話を耳にするようになった。


 休日、洗濯物を干していると仮設住宅近くで現場監督を見付けた。子どもたちには見える範囲にいるよう言い含めて、呼び止める。

 彼とは奥さんを通じて顔見知りになっていた。文化交流、様々である。

 クラウディアから言われた、自分が条件さえ整えば社交的になって前を向ける人間であるのを実感したものだ。場を提供されたおかげで、領民の知り合いがたくさんできた。

 一時期は難民施設に常駐していた現場監督だけれど、最近ではたまに様子を見に来るぐらいになっている。彼の自宅と元々の仕事先は都市部にあり、ここへは馬車を使わないと来られない。

 偶然会えたのは運が良かった。


(反対にスミット様は見かけるようになったけど)


 スミットも仮設住宅を利用しているので、自分から赴かなくとも目に付く機会が増えた。

 最近は、ぼうっとしている姿が多く、少し心配だ。目の下のクマも相変わらずだった。

 声をかけても大丈夫と返されるばかりで、修道者に対し、ネリができることは何もなかった。

 気を取り直して、現場監督に集中する。

 難しい話は頭が追いつかないけれど、難民にも触れられていると知ったら、確認せずにはいられない。どこでも情報収集の上手い人間が得をする。


「ああ、まだ先の話だけど、実施に向けて動いている。仮設住宅を建てていた、たくさんの日雇い労働者がいただろう? その半分は今、学校をつくっているよ」

「学校?」


 なぜ保険の話で学校が出てくるのか。

 首を傾げると、現場監督は関係ない話だったと謝った。色んな仕事をしているので、一つの話題に、他のものも付けて喋ってしまうらしい。


「妻にもよく指摘されるんだ。そうだ、保険の話だったね。領民と特例で難民も、皆で保険をかけて、皆で安くお医者様に診てもらおうっていう制度をつくっている最中なんだ」


 保険の仕組みを教えてもらうと、村で女性たちが集めていたお茶代と似ていた。

 皆で少しずつお金を持ち寄って、その日のお茶代にする。お茶代の金額は決まっていて、必ず余りが出るので、余った分を貯めて、困ったことがあったときに放出するのだ。

 若い頃はお茶代も貯めたら良いと思ったけれど、皆でお茶を飲む時間も大切だった。連帯感が生まれるし、年長者から聞く経験則には助けられた。

 実は今でも仕事の休みが合ったらやっている。


「お金って、たくさんいりますか?」

「大体、収入の一割から二割ってところかなぁ。ただし、収入が少ない人には割引がある。このあたりは支援との兼ね合いだ」

「なるほど……」


 結構な痛手だ。

 けれど子どもたちの病気やケガを診てもらえるなら有り難い。

 薬が効くのは体験済みだった。痛み止めを飲んだら、全く痛みがなくなった衝撃は今でも思いだせる。

 祖国のまじないには即効性がなかった。

 リンジー公爵領では、まじないが効かないと知ったときはショックだったけれど、修道者から住む土地で効果が変わるのだと教わった。


「お医者さんには難民も診てもらえるんですか?」

「もちろん! 皆だよ、皆。これって凄いことなんだ。口で言っても伝わりにくいのが残念だよ」


 ヴァージルとクラウディアの考えだと聞いて頷く。


「それなら、きっと凄いことですね」


 現場監督の視線が胸元へ落ちる。

 鞄用のチャームを自分はネックレスにしていた。

 青と黒を瞳に収めて、現場監督の目元が緩んだ。効果は絶大だ。


「君はクラウディア様推しだったか。この政策のおかげで、お偉い年寄り連中まで浮き足立っているよ。リンジー公爵領の未来が楽しみで仕方ないんだ」

「クラウディア様は凄い人ですから」


 再び大きく頷く。

 兄のヴァージルが次期領主で、クラウディアは王家へ嫁ぐと聞いた。ゆくゆくは国で一番偉い女性になると聞いて、納得したものだ。既に聖女の補佐役にも任命されているという。

 彼らのすることに間違いはないだろうと、節約できるところを計算していく。


「いつからはじまるんですか?」

「早くて二、三年先だね」

「えっ」


 気の長い話に、頭がついていかない。


「大きな政策だから準備に時間がかかるんだ」

「えっ、でも、難民も入ってるんですよね?」

「入っているよ?」

「もう難民はいなくなってるんじゃ?」


 そう言うと、現場監督は口を開けて笑った。


「あはは、そうかもしれないね。領民になっている人もいるだろうし。その頃には、帰りたい人が帰れるようになっていれば良いね」


 領民になっている人、帰りたい人、という言葉を上手く消化できない。

 自分にとって、都合良く聞こえた。

 帰りたくなければ、帰らなくて良いのだと。そんなことはあり得ないのに。

 ちらりと現場監督を見る。

 彼は質問を待ってくれていた。自分が話についていけていないのを察したようだ。

 どうしてわかるのかと訊ねれば、眉間を指さされる。


「深いシワを寄せて難しい顔をしていたら、誰だってわかるよ」

「ああっ、気付きませんでした」


 ゴシゴシと眉間を擦る。


「あの……誰にも言わないでほしいんです。わたしが勝手に考えていることだから」

「うん、口は堅いから安心して」

「祖国が落ち着いても、ここに残る方法ってあるんでしょうか? その、危ない方法じゃなくて」


 今度は現場監督が考える番だった。

 顎に拳を置いて、見るからに考える姿勢を取る。先ほどの自分も同じだったのだろう。


(やっぱり無理よね)


 方法があるなら、すぐに答えが出るはずだ。

 なんて欲張りで、恩知らずだと思われてるんじゃないだろうか。


(言わなきゃ良かった)


 現場監督なら正しい方法があれば知っているだろうと、つい残りたい気持ちが勝り、訊ねてしまった。

 彼らにしてみれば、一刻も早くいなくなってほしいだろうに。


(わたしってバカだ)


 頭を抱えたくなる。どうしてもっとよく考えずに口にしてしまったのか。

 今からでも謝ったら許してもらえるだろうか。


「その、ごめんなさい」

「ん? ああ、いや、方法がないわけじゃないんだ。何だか僕と君で食い違いがありそうで 、原因を考えていたんだよ。また悪いクセが出てしまったね」

「方法があるんですか!?」

「あるよ。今みたいに残りたいと言えばいい」


 正確には、そのときが来たら、手続きしてもらうよと続けられる。

 帰りたい人は帰って、残りたい人は残ればいいと。

 そんな夢みたいな話があるのだろうか?


「多分、『難民』っていう言葉が悪いんじゃないかな。やむを得ず祖国を出なければいけなかったという点で、間違いではないんだけど。僕たちは『移民』として認識しているんだよ」

「移民……」

「移り住むために来た人、だね。実は領民の間でも難民受け入れに対して不安があったんだ。なぜかって、君たちが一時的ではなく、長期的にいる人たちだから。話が通じるか心配だったんだ。今は文化交流のおかげで解消されているけどね」

「じゃあ最初から……」


 最初から、自分たちは残って良かったのだ。

 犯罪者でない限り、強制送還されることはないと知れて、安堵で涙が溢れる。


「どうやら僕たちは、まだまだ話し合いが足りないみたいだ。君の気持ちを知れて良かったよ。近々、会合を開こう」


 そこで改めて保険についても説明してくれるという。

 数年後に実施されると聞いて、気の長い話だと思った。

 それは、これからも一緒に暮らしていこうという宣言でもあったのだ。


(やっぱり、凄い人……)


 現場監督の言うとおり、リンジー公爵領には未来があった。

 政策が、領民だけでなく、難民の背中も押してくれる。

 気兼ねせず、明日も生きていいのだと言われた気がした。


「どうご恩に報いたらいいのか……」

「人に親切にすることだね」


 クラウディアの言葉が蘇る。

 もし気が引けるなら、困っている人を助けてほしいと言われた。


「案外、難しいんだよ。第一に、自分に余裕がないとできないから。感謝を求めてするものでもないしね」

「でも皆さんしてくださってますよね」

「いや、僕たちが君たちに求めるものは多いよ? 感謝してほしいし、君たちの平和な暮らしが、領地の発展に繋がるんだ。だから支援し、自立を促す。商売人が言うところの投資だね」


 現場監督は裏があると言いたいのだろうが、自分たちにとっては得でしかない。


「困っている人を助けられるように頑張ります!」

「くれぐれも無理はしないで。助けてって言っている人だけでいいよ。手に負えないと思ったら、すぐに僕たちに相談すること。大きな問題を解決するのは、僕たちの仕事だから」

「わかりました」


 意気揚々と、自宅になっている仮設住宅へ帰る。

 世帯人数ごとに家の大きさは変わるけれど、つくりは大体同じだ。

 玄関を入ってすぐに、炊事ができる土間があり、一段床が上がってリビング、寝室と続く間取りだった。奥に向かって長方形になっているのが特徴だ。

 家族世帯は一件ずつ建物が離れているけれど、一人住まいの家は壁が隣とくっ付いていた。長屋といわれるつくりらしい。

 難民施設がある広場と隣接する一帯は、すっかり住宅街へと変貌していた。

 ただ同じ形の家屋がたくさん複製されているので、一見すると、どこが自分の家かわからない。

 けれど今は、玄関前で子どもたちが遊んでいた。いつの間にか、近所の子も増えている。

 洗濯物を干しに戻ると、気付くことがあった。


「結局、普通に暮らしてたら良いと言われただけだわ」


 要求されたのは、祖国の村にいた頃からしてきたことだ。

 何も変わらない日常が求められている。

 また泣きそうになった。

 普通でいいのだ。

 住む場所が変わったからといって、新しい自分になる必要はない。

 今まで通り、子どもたちと毎日を生きればいい。

 それが許されている。

 肩の荷が下り、救われる、というのを体感する。

 感謝で胸がいっぱいになった。

 でも、すぐにできることはなくて、手を組んだ。

 祈りが届きますように。

 これだけは、心一つあれば十分だった。

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