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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第七章

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42.商人は公爵令息を窺う

 リンジー公爵家の会議室。

 室内には重厚感のある暗褐色の机と、肘置き付きの革張りの椅子が並ぶ。壁紙は淡いモスグリーンで、全体に大きく松の刺繍が入っている。

 応接室とは違い、限られた者しか入室を許されない部屋だ。

 現在は、次期当主の試験の場でもあった。

 集まった十人全員が、ヴァージルの当主としての器を見極めようとしている。


(良いタイミングで難民問題が持ち上がったもんだ)


 当人たちにとっては災難であるし、物流を担うミゲル商人も楽観視はしていない。

 かといって悲観もしていなかった。

 何せリンジー公爵領は富んでいる。他の領地のほうが心配だった。


(飛び火は勘弁だからな)


 逆三角に整えたヒゲを撫でる。

 聖女を通し、教会が出した声明は、結果的に領民の不安を煽ることになった。

 貧困に喘いでいる者からしたらそうだろう。他領より自領の人間を優先しろと思うのは当然だ。

 税収が少ない領地に、難民は振り分けられていない。

 そこは考えられていて、最も不安視している貧困層と難民は切り離されているのだが、いかんせん人の口に戸は立てられなかった。


 ある意味平等に声明は広がり、必要のない危惧を招いている。

 物流とは、体を流れる血液みたいなものである。

 他領で致命的な滞りが起これば、自領にも影響が出た。

 各々領主が上手く対応すればいいのだが、貴族全員が優秀とはいえない。柔軟な思考を持つ、リンジー公爵のほうが稀だった。


(坊ちゃんはどんなもんかね)


 才覚はある。

 けれど、どうしても妹のクラウディアのほうが目立った。

 初春の聖女祭に向けて、聖女の補佐役に任命されたのもそうだが、商館と通し、アラカネル連合王国から支持を得たのが大きかった。


(まさか船に乗ることになるとは)


 クラウディアの商館への商品の搬入はミゲルが担っている。初搬入時には同行した。

 ハーランド王国とアラカネル連合王国は、互いの港が目視できる距離だ。

 さほど離れていないものの、孫の顔を見てから船に乗ることになるとは、人生何があるかわからないものだ。底が窺えない水面に腰が引けたのは、孫たちには内緒である。

 日常的な業務にはヴァージルも携わっているが、妹ほど功績を挙げたとは言い難かった。

 臣下としては、箔が付いてほしいところである。 


(妹が持ち上げられて、乗り気なのはどうしたものか)


 ヴァージルの溺愛は皆が知るところだった。

 それでも表面上は気概を見せろと言いたい。


(男なら女の前に出るもんだろうが)


 普段は尻に敷かれていても、有事の際には盾となり剣となって戦うのが男である。

 どうも上品さが勝って感じられるのが気になった。

 二十もの目が注視する中、ヴァージルとクラウディアが入室する。クラウディアは勉強を兼ねた補佐のため、発言することはない。

 けれど、やはり華があった。

 姿を見せるだけで、どこからともなく、ほう、と息が漏れる。

 存在を主張せず、伏せ目がちに着席する様子は庇護欲をかき立てられた。


(見蕩れてる場合じゃねぇな)


 今日の議題は、長期的な支援についてである。

 難民に限らず、領民も含めた政策であることは前もって伝えられていた。

 凜々しい眉の下に収まった青い瞳が、集まった面々へ向けられる。

 確固たる意思を宿した紺碧。

 連日の多忙さから、より顔が引き締まって見えた。かといってやつれた感じはなく、精彩を放っている。

 先の慰問でも成功を収めたのは評価している。

 必要もないのに増税について言及したことは、ややマイナスだが、不測の事態に備えていると考えられなくもない。


(弱気に映るが)


 ドンッと構えておくのが大将というものだろう。十分回っているというなら尚更。

 しかし目の前のヴァージルに憂いはなかった。

 堂々とした居住まいは父親と引けを取らない。


(上手く自分をコントロールできているようだ)


 一部から、クラウディアのほうは難民に同情していると聞いていた。

 命からがら逃げてきた者を目の当たりにすれば、誰だって心を痛める。

 だが時に非情と罵られても、優先すべきは自分だった。傭兵時代、死線を何度もくぐり抜けてきたからこそ強く思う。共倒れは愚の骨頂だと。生き残ってこそ、後生に事実を伝えられるのだ。

 心配していたがクラウディアのほうにも陰りはなく、それでこそ、と頷く。

 ヴァージルの口から政策について語られ、会議室にざわめきが広がった。

 ミゲルも声を上げる。


「領民皆保険ですか?」

「そうだ、特例として、難民も含める」


 領民全員参加の公的な医療保険だという。

 他からは増税と違うのか、という問いが飛んだ。


「使用用途が医療に限っている点が、通常の税金とは異なる。ただ領民からすれば増税と違いない。医療税と呼称してもいいが、他の税と懐を同じにするのではなく、基金を設立する」

「財布を分けるわけですな」


 決済を透明化できていれば、国から税の控除を受けられる。

 用途が医療ならば、ほぼ間違いなく認可も下りるだろう。


「保険を義務化することで、運営側のリスクを下げる。健康な者は損だと思うだろうが、よくよく考えれば生活の安定に繋がると理解できるはずだ」


 領民――平民は、貴族のように高等教育を受けていない。

 だからといって何も考えられないわけではなかった。

 教義が浸透し、道徳がある。

 隣近所で助け合い、貯蓄だっておこなっている。ただ個人の裁量によるところが大きいのがネックだった。そして未来を見据えて行動する者は少ない。

 こうしたほうが良いとわかっていても、目の前の誘惑に負けてしまうのが人間だ。

 個人に任せず、一律して強制するのは、領民にとっても助かる話だった。誘惑と戦わずに済むし、不満は行政へ向ければいいのだから。

 先日の領民への慰問で、ヴァージルは増税について言及していた。


(このためだったのか)


 難民支援のための財源は困窮していない。国から支援金が出るからだ。現場ではマンパワーが必要とされるが、日雇いの賃金もまかなえている。

 なぜ、わざわざ領民の印象が悪い増税を持ち出したのか残念に思っていたところだが、評価を上方修正する。

 難民という異例の事態に対し、領民も含めた政策をおこなうといえば理解も得やすい。

 実施までの間に根気よく説明すれば、混乱もないだろう。


(面白くなってきたな)


 幸い、ミゲル自身はケガや病気とは無縁だった。

 だが仕事柄、ケガでリタイアしていく仲間たちを見ていた。金を惜しみ、処置が遅れたせいで命を落とした者も少なくない。


(救われるのか)


 貴賤なく。

 ざわめきが広がったのは、掲げられた政策が、貴族平民問わず医療を受けられる体制を確立する宣言に等しかったからだ。


(おうおうっ、やってくれるじゃねぇか!)


 目頭が熱くなるのを感じた。

 心臓が震え、拳を握る。

 叫びたくなるほどの活力が全身を駆け巡っていた。

 歴史的瞬間に、立ち会っている確信があった。

 絵空事ではなく、地に足をつけた政策であることは用意された資料が物語っている。


「実施は早くても二、三年後になるだろう。それまでに周知と体制を整えたい。基金への初期投資には鉱山資産を投入する」


 鉱山資産は、領地北部で産出されるサファイアを指していた。

 これには貴族である親戚筋の者たちが難色を示した。

 自分たちの利潤が減るのを懸念しているのである。

 そこでヴァージルが、クラウディアへ声をかける。

 クラウディアが手首を上げると、青く光るものがあった。

 サファイアの中でも希少価値の高いリンジーブルーだ。


「聖女祭へも、このブレスレットを着けて参加する」


 修道者がアクセサリーを着けているイメージはないが、補佐役は華美でない限り許されるという。国を代表する女性、という役割から、他国との差別化を計ることが認められていた。


(抜け目ねぇな!)


 親戚筋は皆、家宝としてリンジーブルーを所持していた。

 資産価値が高まると聞いて、喜ばない者はいない。

 またリンジーブルーに限らず、公爵領で採れるサファイア全体の価値が底上げされるのが予想された。手に入らぬなら、せめて近しいものを欲するのが人の性だ。


「政策実施へ向け、医療従事者を育てる学校を設立する」

「学校もですか!?」

「現状ですら人材が不足している上、保険適用に見合う公的な者が必要だ」


 保険には不正受給が付きものだった。

 監査をおこなうにしても、専門知識が必要になる。育成には文官も含まれていた。

 農業面では薬草の栽培にも力を入れたいという。

 途方もない計画に、隣にいるもの同士で目を見合わせた。

 だが誰も否はなかった。

 未来ある話に、胸が熱く燃えていた。


(こんな展開になると誰が想像するよ)


 長期とはいえ金銭支援が関の山だと予想していた。

 まさか領土全体に渡る話になるとは。


(将来的には平民が病院へ通えるようになんのか? 嘘だろ、おい!)


 隣から痛い! と悲鳴が聞こえる。

 無意識のうちに、農業ギルドのおっさんの背中をバシバシ叩いていた。

 謝りながらも、顔がニヤけそうになる。


(こりゃ、まだまだ死ねねぇな!)


 未来へ向かうリンジー公爵領の姿をこの目に収めたかった。

 どうせなら近くで見たいと、年頃の孫がいなかったか考える。


(男ならいるんだがなぁ。男が好きだったりしねぇか?)


 この日を境に、ヴァージル宛ての見合いを求める釣書が一段と増えた。

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