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34.悪役令嬢はもんもんとする

 シルヴェスターはクラウディアの細い手を取ると、自らの胸に置いた。

 手の平越しに伝わってくる鼓動は、紛れもなく速い。


 つられるように見上げた先で、失敗を悟った。


 かち合った黄金の瞳は、夕日のものとは思えない熱を孕んでいて。

 その熱に囚われて、クラウディアも目を閉じる。

 空よりも先に視界が暗くなり、ダメだと思いつつも、重なった唇には甘い痺れが残った。



◆◆◆◆◆◆



 帰宅後、制服姿のままベッドへ飛び込む。

 バタバタとベッドを蹴るクラウディアの姿を、ヘレンが心配げに見守っていた。


(何なの!? わたくし、欲求不満なの!?)


 体の火照りが治まらず、呻く。

 軽く唇を合わせただけなのに――前回よりは長かったけれど。

 シルヴェスターとはそれだけだ。

 口付けのあとは、何となく気まずくなり、屋敷に到着するまで無言を貫いた。

 多分気持ちはシルヴェスターも同じだったと思う。

 改めて顔を合わせるのは、お互い照れくさかった。

 時間が経てば、落ち着くだろうと考えていたのに。

 全身に血が巡るような暑さが辛い。

 いっそ裸になればマシになるかと身を起こしたところで、鏡の端に映る自分の姿が目に入った。


(若い……そうだわ! これは若さのせいね!)


 制服姿だから余計に若く見えた。

 頬を上気させ、瞳を潤ませる姿には色香が漂っていたけれど、娼婦全盛期に比べれば、まだまだ未成熟だ。

 そう、今の自分は、何の経験もない清い体なのだと気付く。


(だから娼婦時代からすれば些細なことでも、体が反応してしまうのね)


 気付かないところで精力が有り余っていたのだろう。

 二度目の口付けも、全て若さで説明がつく。

 年若い男女が密室で良い雰囲気になれば、自然と互いを求めてしまうものだ。

 それこそ理性なんてお構いなしに。

 むしろよくキスだけで留まったものだと、シルヴェスターを賞賛したい。

 そうだ、そうなのだと、火照る体を慰めるよう息を吐く。

 気怠げなクラウディアの色気を目の当たりにしたヘレンは、誤爆にもかかわらず顔を赤らめた。


「あの、クラウディア様、何かありましたか?」


「いいえ、大丈夫よ。……若さって怖いわね」


「発言が不穏ですが!? もしかして殿下に」


 先に帰ったヴァージルから、クラウディアがシルヴェスターに送られることは伝わっていた。

 あらぬ誤解を招いてはいけないと――キスはしたが――慌てて弁解する。


「何もなかったわ。ただわたくしがドキドキしただけよ」


「そうでしたか。今のクラウディア様を前に、殿下はよく辛抱されましたね」


 神妙にヘレンが頷くものだから、思春期の性欲について改めて考えさせられる。


(今後、シルヴェスター様と二人っきりになるのは避けましょう)


 未熟ではあるものの、自分の体は他のご令嬢に比べると、出るところは出て大人びている。

 侍女たちによる定期的なアロママッサージのおかげで、肌もとろけそうなほど柔らかかった。

 それらが他人の性欲を刺激する自覚はある。

 魅力を感じてくれるのは女性冥利に尽きるが、だからといって襲われたいわけじゃない。

 ふう、と一息ついて、ヘレンに顔を向ける。


「気持ちを落ち着かせたいから、お茶を淹れてくれる?」


「薬草茶にいたしましょうか」


「いつものでいいわ。ヘレンが淹れてくれたお茶はおいしくて、それだけで気が休まるから」


「かしこまりました、すぐにお淹れします!」


 主人に褒められた喜びを全身から迸らせながら、ヘレンはお茶の支度をする。

 人生をやり直す前とは関係性が変わってしまったけれど、彼女の笑顔を見られるだけでクラウディアは十分だった。

 痩せこけたかつてのヘレンの顔が頭を過るたび、今の幸せを噛みしめる。

 これ以上は、望みすぎかもしれないと。

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