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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第七章

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38.現場監督は背中を押される

 予想通り、難民の到着に合わせて現場は慌ただしくなった。

 到着後は言うまでもない。

 人の往来で、乾いた空気が砂埃を上げ続けた。

 難民の護衛をしていたパルテ王国人から引き継ぎを受ける際は驚いた。

 隊長が女性だったからだ。


 老若男女問わず国民全員が戦士という理念は知っていた。けれど実際、目にするのははじめてだった。

 パルテ王国は、ハーランド王国の南西に位置する。

 国の北部側に位置するリンジー公爵領まで足を運ぶパルテ王国人はいなかった。

 隊長はとても頼もしかった。

 自分の部下にも女性はいる。けれど難民相手の難しい案件ということで、選抜しなかった。体力勝負の面もあり、男手のほうが必要だと考えたからだ。

 きびきびと部下に支持を出す隊長の姿に、失敗だったかと悟る。

 せめて要望を聞いてから判断しても良かったのではないか。


(とはいえ、育った環境が違う)


 物心ついたときから体を鍛えているパルテ王国の女性と同じには考えられない。

 ハーランド王国において、力仕事は男がするものだった。


(しかし文官にそれほど体力差があるものか……ううむ、今後の課題だな)


 難民の護衛を務めたパルテ王国人は、このまま紛争地帯へ戻り、更なる一般市民の保護を続けるという。頭が下がる思いだった。

 一番厳しい場所を他人に任せているのだから。そう感謝を述べると、隊長の女性は目を丸くした。


「ハーランド王国では、そういう考え方をするのか。適材適所だ。前線へ出る戦士にとって、後方支援の有無は生死を分ける。潤沢な物資があるとわかれば、士気も上がるものだ」


 そう言って、バシバシ背中を叩かれた。

 つんのめりながら、なんとか頷く。


「苦労して送り届けた難民が、安全に暮らせるなら何よりだ。ここは良い。見える建物全て――仮設住宅だったか? が自分たちの住む場所だとわかった瞬間、皆、驚き、喜んでいた。我々の努力も報われる」


 最後に傭兵が必要なら、いつでも求人してくれと営業をかけられた。

 難民の数が多いため、警ら隊ではこと足りないのを見透かされたのだろう。プロの目から見てもそうなのだと、追加補充を決める。前もってミゲル商人の伝手で傭兵による増員はしていたが、まだ足りないようだった。


「予算が合えば、ぜひ」

「我々戦士は一騎当千だ。他の傭兵たちもよく知っている。上官に配置するだけでも、運用がしやすくなるぞ」


 ひとえに傭兵と言っても、質はピンキリだった。悪ければ、単なる荒くれ者という始末だ。

 パルテ王国の戦士が上に立つと、その荒くれ者相手にも規律ができるという。


「力の正しい使い方を我々は熟知しているからな!」


 ふんっ、と腕を曲げて力こぶを見せ付けられる。自分など一発でやられそうだった。


「頼もしい限りだ。検討させてもらうよ」

「噂ではダートン長官がこの国に来ていたらしいが……もし上のほうで話がつけられるなら名前を使わせてもらうといい。わたしでも長官の名前が出ると肝が冷える」

「ふむ、覚えておこう」


 屈強な隊長をも怖がらせる人物とはいかに。

 どこまで意見を上げられるかわからないが、メモをしておく。領主代行から手紙をいただいたとはいえ、自分は子爵に仕える一文官に過ぎなかった。

 カラリと良い笑顔を残して隊長は辞した。


 続いて、スミットと名乗る男性の修道者と会う。紛争地帯から難民と一緒に来た修道者であり、リンジー公爵領へ割り振られた難民のとりまとめ役でもあった。

 こちらへ到着した修道者は彼一人で、現地で一緒に生活していた修道者は、別の難民団体へ寄り添っている。

 歳は四十代、自分と同世代だが茶褐色の頭には白髪が目立つ。

 それでいて体格は良く、日に焼けた肌は肉体労働が似合いそうだった。


(文官の私とは正反対の見た目だ)


 持ち前の快活さで移動中は病人やケガ人を診るために、馬車に乗っていたという。

 当人は元気そうだが、目の下のクマなど、ところどころに疲れが出ていて、ただただ頭が下がる思いだった。


「スミット様も、大変な苦労をされましたね」

「自分の苦労など些事に過ぎませんよ。こうして無事に避難できた聖女様の思し召しに、感謝するばかりです」

「不足がありましたら、何なりとお申し付けください。できる限り対応します」


 如才なく笑みを浮かべながら、スミットの言葉にどこか引っかかりを覚える。

 しかし正体を掴めないまま、話は進んだ。


「皆、試練を乗り越えられた強い方たちですが、郷愁から言葉が固くなってもお許しください」

「もちろんです。心労は大きいでしょう」


 帰れる保証がないまま、故郷を離れる辛さはいかほどのものか。

 自分は修道者ですが、とスミットは薄く笑む。


「お恥ずかしながら、自分とて祖国との断絶を感じずにはいられません。仕方のないことだと、頭ではわかっているのですが」


 不安定な情勢下であっても、生まれ育った場所だった。

 不満はあれど、生活できていた。

 戦火さえ近付かなければ、こうして逃げる必要もなかったのだ。

 自嘲に返す言葉が見付からない。


「すみません、困らせる意図はありませんでした。自分としても聖女様に倣い、これまで以上に皆さんへ対し、サポートを惜しまない所存です」


 結局、上手く励ませないままスミットとの面会は終わった。

 不甲斐ないが、時間を取らせるのも気が引けた。


(彼も疲れている。早く休ませるべきだ)


 何せ難民をたった一人で率いてきたのだから。その負担は計り知れない。

 難民の列を確認すると途方に暮れそうになるも、スミットを見習い、気合いを入れ直す。

 世帯ごとに住まいを分けるため、聞き取りは欠かせなかった。

 仮設住宅も足りず、しばらくは違う世帯でも同居を余儀なくされる。間に合わない人々は、今日も馬車で過ごすことになるだろう。


 混沌があった。


 せめて今夜は全員が足を伸ばせて眠れるよう走り回り、管理事務所に戻ったときには、とっぷり日が暮れていた。

 部下に労われながら、仮眠を取る。


(昼食を食べ損ねた)


 難民への炊き出しも兼ねて、現場の職員たちへも昼食と夕食が提供されているのだが、立ち寄っている暇がなかった。

 現場が慌ただしくなるとわかっているので、ここ数日は妻へも来訪を控えるように言ってあった。

 家が恋しい。

 難民たちはもっとだ。けれど、あえて感傷は切り離す。

 自分はただ目の前の問題を解決するだけの人形になる。今はそれが求められていた。

 数日後、ようやく妻を呼べるようになり、久しぶりの再会に抱擁を交わす。


「片手でも食べられるようサンドイッチにしたわ」

「助かるよ」


 子どもたちの様子を聞き、人心地ついていると、聖女の話になった。

 スミットと会ったときの言葉が脳内で再生される。


「仕事が忙しくて、こういった話は耳に届いてないでしょう? 先日、聖女様の認定式がおこなわれたのよ」

「さすがにそれは知っている。一大ニュースだからね」

「じゃあ聖女様のお言葉も?」

「何かあったのか?」

「余裕ある者が難民を助けるべきだとおっしゃったの」

「ふむ、もっともだな?」

「ええ、困っている人は見過ごせませんからね」


 妻の声音には含みがあった。


「一部で、では難民以外はどうなるのかと声が上がってるのよ。わたしに訊ねてくる人がいるくらいにはね」


 そのように悪くとる者がいるのかと顎を撫でる。

 しかし考える傍から、あっ、と声が漏れた。自分も人のことを言えないのではないか。

 修道者の言葉に引っかかったのは、聖女に自分の努力を全て横取りされたように感じたからだ。現場の人間が頑張ったから今があるのだと言いたかった。


(不信心な……)


 連日の忙しさで心の余裕がなくなっているのだろうか。

 訝しむ妻に、何でもないと首を振る。


「我らが領主様は平民にも親身になってくださる。何事もなく暮らせているのが、その証拠だ。聖女様のお言葉を受けて、急に領民を蔑ろにしたりはしないよ」

「ええ、でも選別されて来る農業研修の方々とは違うでしょう? 紛争地帯の人だから野蛮だという人もいて」

「ああ、なるほど。疑心の種は既にあったのだな」


 領主代行の手紙に書かれていたことは、職員をはじめ現場の者には共有していた。

 けれど自分の声は、外にまで届かない。逆に、外の声が自分に届いていなかったように。

 妻から聞かされて、はじめて、予想以上に不安が広がっているのだと知った。


「大丈夫だ。今は難民でも、普通に生活を送っていた方々だよ。現地から修道者様もついている。気になることがあるなら、折を見てお話を伺えばいい」

「そうよね、修道者様もいらっしゃるのよね」


 それだけで妻の気分は晴れたようだった。わざわざ話を聞くまでもないと頷く。

 教義の大切さを痛感した瞬間だった。

 相手も自分と同じように善悪を判断できるだけで、心が安らぐのだ。


「ご近所さんも安心させてやってくれ」

「任せて頂戴。こんな簡単なことなのに、いやね、わたしったら。もっとあなたを見習わなくっちゃ」

「十分してくれているよ。僕の声は、ご近所には届かないからね」


 届くのは職場に限った話である。

 伝達力で言えば妻のほうが上かもしれない。

 自分の言葉に同意して妻は笑った。


(けれど、それにも限りがある)


 所詮は個人だった。

 現場で働く身としては、自分のあずかり知らぬところで騒動が起きないことを祈るほかない。

 その後、クラウディアとヴァージルによる領民への慰問が、難民を管理する現場監督の耳にも入ってきた。近々難民へ向けてもおこなわれると。


(やはり、わかってくださっている)


 難民を不安視する声が届いたのだろう。対応の早さには感謝しかなかった。

 また現場の準備が整うのを待って、足を伸ばしてくださるのにも助かった。おかけで余計な混乱を招かずに済む。

 難民へは聖女の言葉が良い方向へ働いていた。細々とした衝突はあるものの、大事には至っていない。自分たちを保護してくれる相手だと、難民側もわかっているからだ。


(予想はしていたが、農業研修とは勝手が違うな)


 アラカネル連合王国の人々とは違い、紛争地帯の難民は目が澱んでいた。

 将来を見通せないと、人はああなるのかと身につまされる。

 寄り添い合う人々が、黒い塊に見えた。

 時々聞こえる子どもの声が、彼らも人間だとわからせてくれる。

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