33.悪役令嬢は夕焼けに見蕩れる
校舎を出て、空を見上げる。
朱と金が混じった夕焼けは、艶やかに夜を誘っていた。
見蕩れてしまいそうになる色合いに後ろ髪を引かれながら、シルヴェスターに促されて王家の馬車へ乗り込む。
その雰囲気を察せられたのか、迷惑だったか、と尋ねられた。
「いいえ、あまりに夕焼けが綺麗だったもので」
言いながら茜色に染まる窓へ顔を向ける。
早くも空は表情を変えており、この分だと暗くなるのも早そうだ。
シルヴェスターは、そんなクラウディアの横顔を何も言わずに眺めた。
ガタン、と馬車が音を立てて動き出しても、しばらく沈黙が続く。
「今日の君は美しいな」
「あら、わたくしはいつだって美しいですわ」
「ふっ、違いない。生徒会室での君も、空を眺める君も、もちろん普段の君にも、私は魅了されっぱなしだ」
「……身にあまるお言葉です」
軽口を返したのにもかかわらず、なおも賛辞を重ねられて恥ずかしくなる。
いつになくしっとりとした声音に、どうしたのだろうと対面に座るシルヴェスターへ顔を向けた。
そして――息を飲む。
茜色の日差しに彩られたシルヴェスターこそ、何よりも美しかったから。
空と同じ色になる銀髪に、朱が入る黄金の瞳は、正しく見蕩れそうになった夕焼けそのもので。
神々しさすら感じられる美貌に、時を忘れる。
(お兄様で目は肥えているはずなのに……)
ヴァージルも、トリスタンもそれぞれ整った顔立ちをしている。
兄にさえ圧倒されるときがあるけれど、シルヴェスターは群を抜いていた。
呆けそうになる自分を叱咤し、視線を引き剥がす。
「今日は、どうして誘ってくださったのですか?」
「君と話がしたくてな。折角一緒にいるのに、学園の中だとお互い本音を出せないだろう?」
確かに、と同意する。
クラウディアは公爵令嬢兼、婚約者候補として。
シルヴェスターは王太子殿下として、人前では姿勢が崩せない。
学園ではシルヴェスターの反応を見るのを、早々に諦めたぐらいだ。
「お気持ちは嬉しいですが、他の方から嫉妬されてしまいますわ」
「今更だろう? 私や君が、嫉妬を受けないほうがおかしい」
地位が高くなればなるほど、妬み嫉みは受けやすかった。
いくらクラウディアが淑女の見本と言われても、必ず敵に回る人間はいる。
「噂や悪意を一々気にしていたら、身がもたないぞ」
シルヴェスターが言えば、説得力があった。
誰よりも悪意に晒されている人がゆえに。
「だからシルヴェスター様は楽しまれるのですか?」
「そうだ。神経をすり減らすより楽しんだほうが、精神的にはずっといい」
ヴァージルが言っていた通り、これがシルヴェスターの処世術なのだろう。
反応を楽しまれている身の上としては、性格が悪いのも否めないけれど。
「面白がって、寝首をかかれないようご注意くださいませ」
「私を誰だと思っている? 危険とわかるものに近付くほど愚かではないさ」
一応シルヴェスターなりに関わる基準があるらしい。
考えてみれば王城で暮らす身の上だ。
余計な心配だったかと、目を伏せる。
その目尻にシルヴェスターの指先が触れ、クラウディアは体を固まらせた。
触れた指先は、目尻から顎へと伝い、顔を上げるよう促される。
「下を向くな。君には私を見ていて欲しい」
「ずっと見ていたら首が痛くなってしまいますわ」
「ならば肩を貸そうか?」
「お戯れを」
しかし有言実行とばかりにシルヴェスターは腰を上げ、クラウディアの隣へ滑り込んだ。
揺れがある中での移動に、クラウディアは悲鳴に近い声を上げる。
「せめて馬車が停まったときにしてください!」
「このぐらい大丈夫だ。ほら、肩を貸してやれるぞ」
「お兄様から調子に乗らないよう言われてませんでしたか?」
「クラウディアが内緒にしてくれればいいだろう? たまには間近で君を見たい」
どこまで本気なのか悩むところだけれど、この至近距離では別のことが気になって表情を見ていられなかった。
腕といい、足といい、隣り合った体が触れていて。
制服越しでも筋肉の硬い感触が伝わってきて、鼓動が早くなる。
自分でも動揺する理由がわからない。
男性の体とは、飽きるほど付き合ってきたというのに。
「……シルヴェスター様、これでは余計に顔が上げづらいですわ」
「今日は意識してくれるのか?」
もしかして、以前のキスを根に持たれているのだろうか。
記憶を掘り起こせば、シルヴェスターは男の矜持が傷付くとも言っていた。
「あのときはっ、驚き過ぎて、逆に反応できなかっただけです!」
「その割りには、冷静に指摘されたが」
「心臓はずっと壊れそうでした!」
そこまで言うと、やっと納得してくれたのか、頷く気配が伝わってくる。
相変わらずクラウディアは顔を上げられない。
「今も?」
「今もです」
頬が熱くなっているのは、夕日のせいだと思いたかった。
どこか必死なクラウディアの様子に、シルヴェスターから笑いが漏れる。
「君と社会制度について話すのも面白いが、こういうのもいいな」
「からかっているほうは、楽しいでしょうね!」
「私だって、今にも心臓が壊れそうだぞ?」




