25.公爵令息は侍女を労う
クラウディアを乗せた馬車が大聖堂へ向かって出立する。
玄関先で見送るヴァージルは、何とも言えない切なさに胸を締め付けられた。馬車が見えなくなっても、すぐには屋敷へ入れない。
(まるで予行練習をしているようだ)
遠からず、クラウディアの住まいは王城へ替わる。
あとどれだけ屋敷で一緒に過ごせるだろうか。
禊ぎのため、ハグもできないまま見送ったせいか、より感傷的になっていた。
冬の冷たい風が顔を撫でていく。
乱された前髪をかき上げたところで、後ろで佇む存在に気付いた。
「ヘレン、冷えるだろう」
「お気遣いなく」
「いや、感傷に浸っている場合ではなかった。早く中へ入ろう」
ヘレンに限らず、見送りに参加した使用人がそのまま残っていた。
リリスも参加したがったが、残念ながら体調を崩していた。この寒さなら外に出なくて正解だ。
玄関のドアが閉じられ、冷気が遮断されたことで人心地つく。
(タイミングなら今か)
他の使用人と共に辞そうとしたヘレンを呼び止め、玄関ホールにある暖炉の近くへ移動する。
このあと、先に王城で執務にあたっている父親を追い、ヴァージルも出ねばならなかった。
「これを受け取ってほしい」
ポケットから取り出したのは、案内役の任命祝いにとクラウディアへ贈ったものと同じ包みだ。取り違えないよう、リボンだけ色が変えられている。
ヘレンの性格を考えれば断られる予想はついていたので、矢継ぎ早に伝える。
「ディーとお揃いになっている。君が一緒に着ければ、ディーも喜ぶだろう」
妹をだしに使うのはどうかと思うが、気持ちに偽りはなかった。
「採れた石を加工させたところ、見劣りしない二つの品ができあがってな」
自然物ゆえ、本来なら迷わないのだが、今回はどちらが良いと判断がつかなかった。
「並んだ二つの宝石を見て、ディーと君の姿が浮かんだんだ。君たちはずっと一緒にいるだろう? 実は今日、ディーにも持たせていてな」
クラウディアにはヘレンにも日頃の感謝に、プレゼントを贈ることを伝えていた。
元からプレゼントを計画していたわけではない。けれどリンジーブルーの同じ輝きを見た途端、クラウディアと自分ではなく、クラウディアとヘレンに贈るべきだと確信した。
以前、キールに家での疎外感について相談したことがある。今思えば恥ずかしい話だが、不思議と少年には胸の内を話しやすかった。普段はただただ危なっかしい存在にもかかわらず。
ヘレンに相談するよう助言を受けたが、並ぶ宝石を見て、まずは感謝を伝えるべきだと考え直した。
ヘレンが来るまで侍女長のマーサがクラウディアの傍にいたが、母親が生きていた頃から彼女の存在は教育係としての面が強い。
気を許せる同性の相手ができ、クラウディアはさぞ救われただろう。
自分にはできないことサポートを、全てヘレンがしてくれた。
ヴァージルにとっても有り難い存在に変わり、ヘレンの着任当初、彼女を疑っていた心は、もう微塵も残っていない。
「装飾品は身に着けられないが、携えることはできる。君がこの揃いのブレスレットを持ってくれれば、お互い姿が見えなくとも心強いだろうと思った」
二人の絆は、時として自分以上に強いと感じる。
クラウディアにはヘレンが必要だ。ヘレンにはクラウディアが。その手助けになれれば嬉しかった。
ヴァージルの勢いに驚いたのか、ヘレンはしばらく目を見張っていた。
思いだしたように瞬くと、ありがとうございます、と頭を下げる。
「わたしには過ぎるものですが、大切にさせていただきます」
「うむ」
緊張の糸が解け、頬が緩む。
そこではじめて緊張していたことに気付いた。
自分でもただプレゼントを渡すだけなのに、と驚いていると、ヘレンの目尻が赤く染まっているのが目にとまる。
手の届く範囲にいたからだろうか。
人差し指の背で、彼女の目元をなぞった。
「すまない、やはり外が寒かっただろうか」
「い、いいえっ、これは……何でもありません! 失礼いたします!」
頭を下げるなり、ヘレンは慌てた様子でヴァージルの前を辞した。
背を向ける瞬間、まとめられた髪の後れ毛に目を引かれ、細く白い首へと視線が流れる。何とはない光景が、不思議と煌めいて見えて胸が高鳴った。
今まで感じたことのない感覚に、胸を押さえる。
しかし自分の行動を振り返った瞬間、血の気が引いた。
「しまった、同意なく触れて気を悪くさせたか……?」
女性との距離感については、クラウディアから教わっていた。
侍女の中には、ヴァージルの身分を目当てに、あざとく近寄る者もいる。そういった者を遠ざけるためにも、距離を置いて注意していたはずなのに。
いつも冷静なヘレンにしては珍しく、慌ててヴァージルの前を去ったのも、自分が触れてしまったからだろう。
(もしかしたら驚きより、恐怖が勝ったかもしれない)
ヴァージルは上背があった。
朝は騎士たちと一緒に訓練し、体も鍛えている。
極め付けは目元がキツい相貌だ。氷の貴公子と一部で呼ばれているのは、冷えた表情のせいだろう。
一般的に、怖い印象を持たれる自覚はあった。
(次に顔を合わせたら謝ろう)
ヘレンの後ろ姿を頭に浮かべながら、登城の準備のため二階にある自室へ向かった。
◆◆◆◆◆◆
王城へ向かう支度を整え、改めて玄関へ下りる。
すると謝罪したい相手がそこにいて、背中へ向かって声をかけた。
「ヘレ――」
名前を呼ぼうとしたところで、ヘレンが接客中であると気付く。
咄嗟に声を落としたため、邪魔はせずに済んだようだ。
こういうとき、早逝した母親なら気にせず声をかけろと言っただろう。主人が使用人に気を遣う必要はないと。
けれどクラウディアの生活態度を見て、ヴァージルも考えに変化があった。
主人としての格を示さねば、困るのは使用人たち。という母親の教えも理解できるが、人間関係が円滑になるよう柔軟に対応するクラウディアについても見習うところが多かった。
本来は母親の教えを咀嚼し、自分なりにブラッシュアップしていくものなのだろう。
母親はあくまで子どもでもわかるよう、シンプルに説明したに過ぎない。
ただヴァージルが歳を重ね、自分の頭で考えるようになる前に、クラウディアが実践していた。最初は考えが追い付かず、行動を否定したこともある。
(子どもの頃から、ディーは俺より賢かった)
特に今は、個人的に謝罪したい、というのがヘレンへの用事である。
仕事の手を止めさせるのは悪い。
(エバンズ商会のブライアンか)
ヘレン越しに見えた人物を確認する。
クラウディアが懇意にしている商会の者だ。学園で良い友人と巡り会えたらしい。
身分こそ男爵だが、その手腕についてはリンジー公爵家が囲っている商人からも聞いていた。
クラウディアが関わっている商品の売上げ報告に来たのだろう。
自分がいては不必要に緊張を強いるのでは、と見付からないよう柱へ体を寄せる。
(いや、おかしいか?)
家の主人とも言える立場なのに、なぜ隠れる?
ただ二人の和やかな雰囲気を見て、なんとなく存在を主張するのが躊躇われた。
自分の行動に頭をひねっていると、ブライアンの通る声が耳に届く。
「おすすめの料理屋があるんです。ヘレンさんさえ良かったら」
「失礼、仕事外の勧誘は断っている」
体が勝手に動いていた。
今し方、遠慮したばかりだというのに。
ヘレンとブライアンの間に割って入り、ヘレンの壁になる。
突然の登場に、双方からの驚きが伝わってきたが、態度は軟化させられなかった。
じっとブライアンを見下ろす。
一瞬、目を丸くしたブライアンも、負けじと見返してきた。
(ほう、俺を相手に目をそらさないか)
中々ないことだった。
社交界では冷たいと評されるのに比例して、恐れられている。
ヴァージルが持つ身分もあるだろう。近い年頃の中で、ヴァージルの上に立つのは、王太子のシルヴェスターしかいない。
ブライアンは怖いもの知らずというより、ヴァージルの立場を理解し、恐れを抱きながらも気概を見せていた。




