32.悪役令嬢は提案する
それでもすぐに手を挙げられずに、先輩たちの提案を聞く。
ふと、彷徨わせた視線の先で、シルヴェスターと目が合った。
心を見透かされるような黄金の瞳と。
彼ならどうするだろうか。
為政者なら。
そこまで考えると、心は決まった。
挙手し、発言の許可を得る。
「お祭りを開催するのはどうでしょうか?」
手段など選んでいられない。
未来を切り開くために、今のクラウディアはいる。
守りたい人がいた、守りたい自分がいた。
そのためなら、悪女を越えてみせると誓った。
フェルミナに遠慮なんかしている場合じゃない。
クラウディアの提案に、役員たちの視線が集まる。
「降臨祭は国が開催するものです。規模は小さくなりますが、学園内でお祭りを開催、運営することで、内外にわかりやすく生徒会の力をアピールできるのではないでしょうか」
「なるほど、降臨祭へは多くの貴族が出資する。出資した金がどのように動くのか、内訳を知る良い機会になりそうだ」
まずはヴァージルの賛同が得られてほっとする。
だけどまだ生徒会にとっての利点を述べただけだ。
補足が必要だと、言葉を続ける。
「神の降臨を祝うわけではありませんから、便宜的に『文化祭』としましょう。特にわたくしが推したいのは、クラスごとに何をするのか決めさせ、クラス単位でも催しを運営させることです」
これには疑問の声が上がった。
「能力的に厳しいクラスがあるだろう」
言外に、成績が芳しくないクラスについて指摘される。
想定内の質問に、クラウディアはあら、と小首を傾げた。
「ここで求められる能力は、経営など学園の成績では測れないものです。厳しいと決めつけるのは早計ではありませんか?」
実際、下位クラスには、商人上がりの新興貴族がいたりする。
彼らは一つの分野には強いが、学園では広い知識を求められるため採点基準に合わず、低評価を受けている一面があった。
結果的に学園の悪い傾向として、古参貴族ほど上位に、新興貴族ほど下位に集まる。
特に今年はシルヴェスターの周りを固めようと王族派が張り切ったため、その傾向が強い。
娼婦時代に化粧品を買っていた大商会の令息が、下位クラスにいるのを発見したときはクラウディアも驚いた。低評価を受けるには、あまりに惜しい人だったからだ。
文化祭はこういった成績では現れない部分に焦点を当て、優秀な人材を発掘する場にもなる。
「もちろん戸惑われる方が大半だと思います。ですから、まずは生徒会が雛形を作り、その中で運営を任せるのが最善かと考えます」
他にも、クラス単位で動くことで、学園の理念である国内貴族の結びつきの強化も図れると進言する。
細々上がる質問にも、クラウディアは丁寧に答えていった。
質問に一区切りがついたところで、生徒会の面々を見回し、心から微笑む。
「そして何より、みなさんお祭りが楽しいことはご存じでしょう?」
祭りは国民の息抜きの場であり、為政者にとってはガス抜きの手段でもある。
だからといって平民だけが楽しむものじゃない。
貴族だって昼から酒を飲み、音楽を聞いて踊るのだ。
楽しいことを嫌う人はいない。
だから笑顔で提案できる。
クラウディアのキラキラと輝かんばかりの姿に、誰ともなくほう、と息をついた。
シルヴェスターの目も、いつになく優しく細められる。
「最後に楽しみが待っているのはいいな」
「はい! 準備期間は大変でしょうが、当日は気楽に騒げればいいかと」
「ディーの口から騒ぎたい、なんて言葉が出るとは思わなかったぞ」
淑女の見本とまで言われているディーがと、ヴァージルは目を丸くする。
そんな兄の反応に、クラウディアは頬を膨らます。
「あら、わたくしだって、ベッドに飛び込んだりしますのよ?」
公爵令嬢らしからぬ仕草と可愛らしい反論に、生徒会室は和やかな空気に満たされた。
クラウディア自身も笑いながら、フェルミナからの鋭い視線に気付かないふりをする。
フェルミナが発案者だと知ってはいたけれど、提案内容まではクラウディアもわからなかった。
だから今、口にした内容は、全て自分で考えたものだ。
もしかしたらフェルミナのほうが良い案を出せるかもしれないと思ったが、口を挟んでこないところを見るに、自分以上の意見はないのだと判断する。
提案前は尻込みしていたクラウディアも、考えを披露できたことで自信がついていた。
質問されたことに全て答えられたのも大きい。
その後、満場一致で文化祭の開催は決まった。
帰り支度をするクラウディアに、シルヴェスターから声がかけられる。
「今日は送らせてもらえないか」
えっ、と反射的にクラウディアはヴァージルを見る。そんなことが許されるのだろうかと。
視線を受けたヴァージルは苦笑しながら頷いた。
「まぁ送られるぐらい構わないだろう。俺は別件があって、先にフェルミナと帰ることにするから」
ただ二人きりだからといって調子に乗るなよ、とシルヴェスターに釘を刺すのも忘れない。
トリスタンは一緒じゃないのかと、控えている彼へ顔を向ければ、慌てて否定された。
「そんなっ、馬に蹴られて死んでしまいます!」
大体いつも一緒にいるのに? と疑問に思えば、シルヴェスターが乗る馬車には本職の近衛騎士が護衛につくので、トリスタンの出番はないらしい。
ヴァージルのお膳立てもあり、この日クラウディアはシルヴェスターと帰ることになった。




